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- Youngju Kim
- @fjvbn20031
- はじめに — 剣を持つ者の良心
- 正戦論の二本の柱 — 開始と遂行
- 歴史の場面 — 思想はいかに育ったか
- 二つの反論 — 平和主義と現実主義
- もっとも難しい試金石
- 現代の国際法 — 直感が制度になるまで
- 戦争が終わった後で — 勝利より難しい平和
- 包囲された都市の中で — ある場面の倫理
- 戦争法はいかに書かれたか — リーバー法典の誕生
- トロッコの前の指揮官 — 二重結果を考え直す
- 命令と良心の間で — 兵士個人の責任
- 戦闘員と呼べるのか — 少年兵という悲劇
- 金で買う戦争 — 傭兵と民間軍事会社
- 遠くから押す引き金 — ドローンと遠隔戦争
- 新しい争点を一つの表にまとめると
- 規則を守った者の傷 — 戦争が残す良心の重み
- 拒む権利、拒む義務 — 良心的兵役拒否
- 量れぬものを量る — 比例性の難題
- 勝てない戦いは不正か — 成功の見込みの逆説
- 正戦論は本当に戦争を減らしたのか
- ちょっと考えてみましょう — ミニクイズ
- 剣を使わずに締めつける — 経済制裁の倫理
- 硝煙なき戦争 — サイバー空間という新しいグレーゾーン
- 勝利の翌朝 — 戦争の終わらせ方をめぐる思考実験
- おわりに — 答えではなく問いのための道具
- さらに考えてみる材料
- 私たちの日常に染み込んだ正戦論の言葉
- 参考資料
はじめに — 剣を持つ者の良心
紀元前416年、アテネの艦隊が小さな島メロスの沖に錨を下ろしました。メロスは大国アテネに屈することを拒んだ中立国でした。アテネの使節はメロスの指導者たちにこう率直に告げます。正義を論じる余裕があるのは力が対等なときだけであり、強者はなしうることをなし、弱者は耐えるべきことを耐えるのみだ、と。歴史家トゥキディデスが記したこの「メロス対話」は、戦争に倫理の入る余地があるのかという問いを、もっとも冷ややかに突きつけた場面として残っています。
メロスは降伏せず、結局、成人男性はすべて処刑され、女性と子どもは奴隷とされました。力こそ正義だという論理が勝利したように見えます。それでも、なぜ私たちは二千年を経てなおこの場面を居心地悪く感じるのでしょうか。何かが間違っているという直感、戦争にも越えてはならない一線があるという感覚は、どこから来るのでしょう。
本稿は、まさにその直感を体系的な思想へと練り上げてきた「正戦論(just war theory)」の歴史をたどります。正戦論は二つの極の間に位置します。一方には、戦争はいかなる場合にも正当化されえないとする平和主義があり、他方には、戦争に道徳は適用されず、あるのは国益と力だけだとする現実主義があります。正戦論は、戦争はときに避けがたいが、だからといって何でも許されるわけではない、と説きます。この厄介な中間地帯に立つ場所はあるのでしょうか。ともに考えてみましょう。
正戦論の二本の柱 — 開始と遂行
正戦論を理解する最良の方法は、二つの問いを切り分けることです。
第一に、この戦争を始めることは正しいのか。これをラテン語で「ユス・アド・ベルム(jus ad bellum)」、すなわち「戦争に至る正義」と呼びます。戦争を始める権利に関する基準です。
第二に、この戦争をどう戦うのか。これを「ユス・イン・ベロ(jus in bello)」、すなわち「戦争中の正義」と呼びます。いったん戦争が始まったとき、その中で守るべき規則です。
この二つの問いを分けることには、単なる分類以上の意味があります。正当な理由で始めた戦争でも残虐に戦えば不正となりうるし、逆に開始が疑わしい戦争でも、その中の兵士一人ひとりは規則を守りうるからです。開始の正義と遂行の正義は別個に評価されます。
伝統的に、ユス・アド・ベルムは次のような条件を求めます。
[戦争を始める正義 — jus ad bellum]
1. 正当な大義(just cause): 防衛、侵略の撃退など正当な理由があるか
2. 正当な権威(legitimate authority): 合法的な統治主体が決定したか
3. 正しい意図(right intention): 平和の回復が目的か、略奪や憎悪ではないか
4. 最後の手段(last resort): 他のあらゆる平和的方法が尽くされたか
5. 成功の見込み(probability of success): 無意味な犠牲を防げるか
6. 比例性(proportionality): 戦争の利益がその害を上回るか
そしてユス・イン・ベロは、戦争が始まった後に適用される規則です。
[戦争中の正義 — jus in bello]
1. 区別(distinction): 戦闘員と非戦闘員(民間人)を区別して攻撃するか
2. 比例性(proportionality): 軍事的利益に比べて過大な被害を与えないか
3. 必要性(necessity): 目的の達成に真に必要な手段だけを用いるか
この一覧は抽象的に見えますが、実は私たちが戦争のニュースを見ながら本能的に投げかける問いそのものです。「本当にそうするしかなかったのか」「民間人を狙ったのではないか」「勝てる戦いなのか」。正戦論は、これらの直感を二千年かけて磨き上げてきた思索の結晶なのです。
歴史の場面 — 思想はいかに育ったか
アウグスティヌス — 悲しみとともに抜く剣
正戦論の種は、キリスト教だけから芽生えたのではありません。アウグスティヌスに先立つ古代ローマの思想家キケロは、すでに戦争には正当な手続きと大義がなければならないと考えていました。正当な理由なく始められた戦争は不正であり、戦争は平和を取り戻すためのものであるべきで、いったん交わした約束は敵に対しても守るべきだ、という考えが彼にはありました。ローマは戦争を宣言する際に一定の格式を整え、それは戦争がいつでもみだりに始めてよいものではないという感覚を、制度の形で宿していました。すなわち「正しい戦争」という発想は、宗教と哲学、法と慣習という複数の流れが合わさって流れる川だったのです。
この点を覚えておくと、正戦論がいずれか一つの宗教や文明の専有物ではないという事実が鮮明になります。力と正義の緊張、そして「みだりに剣を取ってはならない」という感覚は、人類のさまざまな伝統で繰り返し現れました。ただ、その散らばった直感をもっとも体系的に練り上げ、後世に伝えたのが西洋の正戦論の伝統だった、というだけのことです。
正戦論の根を本格的にたどるには、四世紀末の北アフリカへ赴かねばなりません。キリスト教思想家アウグスティヌス(354〜430)は、厄介な問題の前に立っていました。初期キリスト教は強い平和主義の伝統を持っていました。右の頬を打たれたら左の頬を差し出せという教えは、暴力の全面的な拒否のように響きました。ところが今やキリスト教はローマ帝国の宗教となり、帝国は辺境で絶えず侵略にさらされていました。隣人が虐殺されるのを手をこまねいて見ているのが、はたして愛なのか。
アウグスティヌスは微妙な答えを示します。無辜の隣人を守るための戦争は、愛の一形態でありうる、というのです。ただし彼は戦争を決して讃えませんでした。彼にとって正しい戦争とは、喜ぶべきことではなく「悲しみとともに遂行する義務」でした。剣を取るとしても、心には憎悪ではなく平和への希求がなければならない、と。正しい意図という条件が、ここに芽生えました。
この「悲しみとともに抜く剣」という発想は、単なる感傷ではありません。それは戦争を正当化しながら、同時にその正当化に限界を引く二重の装置です。もし戦争が喜ぶべきことなら、より多くの戦争を拒む理由はありません。しかし戦争が結局は悲しいことなら、私たちはそれを最小限に抑え、できるかぎり早く終えようと努めることになります。心の態度を条件としたアウグスティヌスの洞察は、その後千年以上にわたって正戦論が、戦争を認めながらも絶えず警戒するという奇妙な緊張を抱える出発点となりました。
アクィナス — 三つの条件の整理
13世紀、トマス・アクィナス(1225〜1274)は散らばっていた考えを体系へとまとめました。主著『神学大全』で彼は、正しい戦争の三条件を明快に示します。正当な権威、正当な大義、そして正しい意図です。
アクィナスの整理は単純に見えますが、重要な転換点でした。戦争の正当性を、個人の怒りや君主の野心ではなく「検討可能な基準」へと移したからです。誰もがこの三つを問い質せるようになりました。戦争はもはや神意や運命の領域ではなく、理性で吟味しうる倫理的判断の対象となったのです。
ここには深い含意が隠れています。ある基準を「検討可能なもの」にするとは、すなわちその基準で権力者を裁けるようになる、という意味です。君主が「これは正しい戦争だ」と宣言しても、人々は今やその宣言を三つの物差しに照らして問い直せます。大義は正当か。意図は純粋か。権威は合法か。アクィナスは意図しなかったかもしれませんが、彼の整理は戦争の正当性を権力の独占から引きずり下ろし、公的な理性の広場に据えたのです。正戦論が今日まで批判と討論の言葉として生きている理由も、まさにこの出発点にあります。
ビトリアとグロティウス — 国際法の種
16世紀、スペインの神学者フランシスコ・デ・ビトリアは、新大陸の征服という現実の前に衝撃的な問いを投げかけました。先住民がキリスト教を信じないというだけの理由で、彼らを征服するのは正当なのか。彼の答えは断固たるものでした。否、というのです。ビトリアは、先住民もまた自らの土地と財産に対する権利を持つ人間であり、信仰の違いが戦争の大義になりえないと主張しました。これはすべての人間に適用される普遍的権利という発想へとつながります。
ビトリアの勇気を軽く見てはなりません。彼は自国が征服の甘い汁を吸い込んでいた時代に、まさにその征服の正当性を正面から疑いました。もっとも利を得る立場から、その利の道徳性を問うことは、いつの世も難しいものです。それでもビトリアは、正戦論の基準を自分の陣営にも同じように突きつけました。この自己批判の精神こそ、正戦論を単なる自己正当化の道具と分かつ決定的な違いです。正戦論が意味を持つには、それは敵だけでなく自分自身にも等しく向けられねばなりません。
17世紀、オランダの法学者フーゴー・グロティウス(1583〜1645)は、宗教的な土台からさらに一歩進みました。三十年戦争の惨状を目撃した彼は、『戦争と平和の法』において、宗教の異なる国々の間でも通用しうる、理性に基づく戦争の規則を探りました。グロティウスはしばしば国際法の父と呼ばれます。正戦論が神学から法学へと渡る橋を架けたのです。
この転換の意味は決して小さくありません。戦争の規則が特定の宗教の教義に縛られているかぎり、それは同じ信仰を共有する者の間でしか通じませんでした。しかしその規則を人間の理性に根づかせれば、信仰も文化も異なる国々の間でも通用する普遍的な言語になります。グロティウスは、宗教によってずたずたに引き裂かれたヨーロッパを見ながら、逆説的に宗教を超えた共通の土台を探そうとしました。もっとも信仰ゆえに残酷だった戦争が、信仰を超えた戦争法の必要を呼び覚ましたのです。正戦論の歴史が常に悲劇を糧として育ってきたことを、グロティウスの仕事は改めて示しています。
二つの反論 — 平和主義と現実主義
正戦論を正しく理解するには、それを両側から挟む二つの立場に耳を傾けねばなりません。どちらも真剣に受け止めるべき洞察を含んでいます。
平和主義 — 剣は結局また剣を呼ぶ
平和主義者は問います。「正しい戦争」という言葉そのものが矛盾ではないか、と。戦争は本質的に大量の殺傷であり、どれほど大義が立派でも無辜の死を正当化することはできない、というのです。さらに、正戦論の基準はあまりに容易に悪用されると指摘します。歴史上ほとんどすべての侵略者が、自らの戦争を「防衛」かつ「正義」だと主張してきたからです。正戦論は戦争を抑えるどころか、戦争に道徳的な大義を貸し与える包装紙になってしまう、という批判です。
平和主義にも濃淡があります。あらゆる暴力を拒む絶対的平和主義もあれば、戦争の代償がほぼ常にその利益を上回るとする経験的・実用的平和主義もあります。後者は正戦論の言葉を借りつつ、「成功の見込み」と「比例性」の条件を非常に厳格に適用すれば、正当化される戦争は事実上ほとんどない、と主張します。
現実主義 — 道徳は戦場に入れない
正反対の側に現実主義があります。メロス対話でアテネが見せた、まさにその論理です。現実主義者は、国際社会に上位の審判者は存在せず、国家は生存のために行動するのみだと見ます。道徳を戦争に適用するのは素朴であるばかりか危険でさえあると言います。道徳的なためらいが決定的な瞬間の敗北を招き、その敗北がより大きな悲劇を生みうるからです。
現実主義にも汲むべき点があります。高邁な大義を掲げた介入が、現実にはより大きな混乱を招いた例が少なくないこと、そして意図と結果は異なるという冷徹な指摘です。ただし極端な現実主義は、「ならば何でも許されるのか」という問いの前でたじろぎます。捕虜の虐待も、民間人の虐殺も、国益にかなえば構わないのか。たいていの人はここで本能的に立ち止まります。
[三つの立場の比較]
正戦論 平和主義 現実主義
戦争の道徳性 条件付き正当化 原則的拒否 道徳適用不可
中心的価値 正義・節制 生命・非暴力 生存・国益
強み 直感の反映・節制 一貫性・平和志向 現実直視
弱み 悪用の危険 無防備の懸念 無制限の暴力
表に整理すると違いが鮮明になります。どの立場も完全無欠ではありません。だからこそ、この論争は今なお生きているのです。
第三の道はないのか
興味深いのは、多くの思想家がこの三つの立場を刀で断つように分けられないと見ていることです。ある平和主義者は暴力を拒みながらも不正に立ち向かう積極的な抵抗を叫び、その非暴力の力がときに軍隊よりも大きな変化を導きました。暴力を用いないことが、そのまま不正を黙認することではないという事実を、彼らは行動で示したのです。一方、慎重な現実主義者の中には、道徳を完全に投げ捨てない者もいます。彼らは国益を重んじつつ、節度のない暴力が結局は自国の評判と安全さえも蝕むという点を冷静に計算します。この場合、道徳的な節制は高邁な理想ではなく賢明な戦略となります。
このように三つの立場は、実際には互いに染み込み合っています。正戦論は平和主義から「みだりに殺すな」という良心を、現実主義から「結果を直視せよ」という冷徹さを借りてきます。ひょっとすると正戦論の魅力は、この二つの洞察を一つの場所に留めておこうとする点にあるのかもしれません。それは平和を渇望しつつ無力に陥らず、現実を認めつつ冷笑に屈しまいとする危うい綱渡りです。その綱の上で均衡を保つことは決して容易ではありませんが、まさにその難しさこそ、この思索が真剣に悩んだ痕跡だと言えます。
もっとも難しい試金石
理論は整然としていますが、現実はその理論を絶え間なく試します。正戦論がもっとも苦しくなる地点を見てみましょう。
民間人という境界線
ユス・イン・ベロの核心である「区別」の原則は、戦闘員と民間人を分けます。ところが現代戦では、この線はしだいに曖昧になります。軍需工場で働く労働者は戦闘員か民間人か。ゲリラが民間人の間に紛れたらどう区別するのか。「二重結果の原理」という古い概念がここで持ち出されます。軍事目標を狙った攻撃で意図せぬ民間被害が生じるのは、その被害が目的でなく比例性を守るならば許されうる、という論理です。しかし「意図しなかった」という言葉でどこまで免責されるのかは、依然として激しい論争の的です。
とりわけ現代の戦争は、この境界線をいっそう複雑にします。通信網、発電所、道路といった基盤施設は、軍隊も民間人も使います。こうした「二重用途」の標的を攻撃することは、軍事的には正当に見えても、その破壊が結局は病院の電気を断ち、飲料水の供給を麻痺させ、無数の民間人の暮らしを脅かしかねません。直接の爆撃よりも、こうした間接的で累積する被害のほうが深く長く続くこともあります。区別の原則は、単に「誰を狙うのか」だけでなく、「その攻撃が結局は誰の暮らしを崩すのか」までを問うよう、私たちを導きます。現代戦で民間人という境界線がこれほど厄介である理由が、ここにあります。
核兵器という断崖
核兵器は正戦論にもっとも過酷な問いを突きつけます。核兵器はその本性上、区別が不可能であり、比例性を守ることも困難です。都市一つを丸ごと消し去る兵器に「区別」や「比例」を適用できるでしょうか。それゆえ多くの倫理学者は、核兵器の実際の使用を正戦論の枠で正当化するのは極めて難しいと見ます。一方、冷戦期の「相互確証破壊」の論理は逆説的に、決して使えない兵器を持っているという事実そのものが戦争を抑止したと主張します。抑止のための保有と実際の使用は倫理的に異なる問題なのか、脅し自体がすでに不道徳なのかをめぐって見解は分かれます。
この地点で正戦論は、もっとも困惑する逆説と向き合います。もし核兵器を実際に使うことがほぼ常に不道徳なら、使わない兵器を使うと脅すことは道徳的でありうるでしょうか。ある人々は、その脅しが本気でなければ抑止は働かないという点で、不道徳な行為を実行する覚悟そのものがすでに不道徳だと見ます。また別の人々は、その脅しのおかげで実際の戦争が起こらなかったのなら、結果としてそれがより多くの生命を救ったのではないかと問い返します。意図の倫理と結果の倫理が、これほど鋭く衝突する場面はめったにありません。結局、核兵器は正戦論に対して、一度も起きなかった事柄についての道徳的判断を求めているのです。
テロリズムと非対称戦
テロリズムは意図的に民間人を標的とする点で、ユス・イン・ベロの区別の原則を正面から侵します。たいていの倫理的伝統はこれを強く非難します。ところが、より難しい問いが続きます。テロに立ち向かう国家の対応はどこまで正当か。テロリストが民間人の間に隠れるとき、彼らを排除するための作戦で生じる民間被害は誰の責任なのか。非対称戦は、正戦論が想定した「国家対国家」の整然とした構図を崩します。
ここには厄介な倫理的な罠が潜んでいます。弱い側が正規軍と正面から立ち向かえないとき、彼らはしばしば民間人の間に紛れて戦います。いわゆる「人間の盾」の問題です。もし一方がわざと民間人を盾にするなら、それによって生じる被害の責任は引き金を引いた側にあるのでしょうか、それとも民間人を危険にさらした側にあるのでしょうか。正戦論は両方に責任を問います。民間人を盾にすることは明白な違反ですが、だからといって攻撃する側が比例性と慎重さの義務から免れるわけではない、というのです。相手の違反が、自分の無制限を正当化することはありません。この原則は、非対称戦においてもっとも頻繁に、もっとも悲劇的に試されます。
より深い次元で、テロリズムは「大義の正しさが手段の正しさを保証しない」という正戦論の核心を改めて呼び覚まします。抑圧される側がどれほど切迫した大義を持っていても、意図的に無辜の民間人を狙った瞬間、その行為は正当性を失います。ユス・アド・ベルムとユス・イン・ベロを分かつ正戦論の古い知恵が、ここで再び輝きます。開始の大義がどれほど切実でも、遂行の残虐さは別に裁かれるからです。
先制と予防の罠
もっとも微妙なグレーゾーンの一つが、「先に撃つこと」の正当性です。ここで二つの概念を区別せねばなりません。敵が剣を抜いて今まさに襲いかかる瞬間、それを先に防ぐ「先制(preemption)」と、いつか脅威になるかもしれないという漠然とした懸念から前もって撃つ「予防戦争(prevention)」は、まったく異なります。
たいていの伝統は、差し迫った明白な脅威に対する先制は、正当防衛の延長として認められる余地があると見ます。一方、予防戦争は非常に疑わしく扱います。「いつか」という言葉は、ほぼあらゆる侵略を正当化しうる魔法の言葉だからです。脅威がどれほど差し迫っているか、情報がどれほど確かかを見極めることが肝心ですが、現実にはその判断は不確実で、政治的圧力に脆弱です。歴史は「先制」の名で始まりながら、実は「予防」に近かった戦争の教訓に満ちています。
この問題の根には、情報の不確実性という根本的な限界があります。脅威が本当に差し迫っていたかは事後にようやく明らかになりますが、決断はその前に下さねばなりません。さらに、脅威を判断する側はしばしば脅威を誇張する動機を持ちます。恐怖は常に実際より危険を大きく見せ、政治的な利害はその恐怖を煽りやすい。だから先制と予防を分けることは、単に概念の問題ではなく、誰がどんな証拠でその判断を下したのかを最後まで問い質すべき責任の問題でもあります。正戦論はここで「先に撃つこと」を全面的に禁じも、みだりに許しもせず、もっとも厳格な検証の物差しを突きつけます。
人道的介入というジレンマ
もう一つの難しい問題は、「他国」の内側で起きる大規模な残虐行為に、外部が介入することは正当か、ということです。一方には主権尊重の原則があります。他国の内政にみだりに首を突っ込んではならない、というものです。他方には、人間として目を背けられない惨状があります。虐殺が起きているのに、国境を口実に手をこまねいているのは、はたして正しいのか。
ここで「保護する責任」という比較的新しい概念が登場します。一国が自国民を保護できない、あるいはむしろ虐殺するとき、国際社会には介入する責任がある、という発想です。しかしこの原則は、大国が自国の利益を「人道主義」で包装する口実になりうるという懸念と、常に隣り合わせです。良い意図が良い結果を保証しないという現実主義者の警告が、ここでもっとも重く響きます。介入する責任と介入しない慎重さの間で、正戦論はもう一度試されます。
ここにはさらに困惑する非対称があります。介入して生じた被害は誰もがはっきり見て非難しますが、介入せず放置された虐殺は、しばしば責任の主を見つけられないまま忘れられます。行動した者はその結果として裁かれ、目を背けた者は沈黙の中に隠れることができるのです。だから人道的介入の倫理は、「やれば非難、やらねば忘却」という残酷な構造に閉じ込められています。正戦論はそのどちらにも安易な免罪符を与えません。それは介入の動機と手段と結果をすべて問い質すと同時に、目を背けることもまた一つの選択であり、その選択にも責任が伴うという事実を忘れるな、と語ります。
現代の国際法 — 直感が制度になるまで
興味深いことに、二千年にわたるこの哲学的論争は、20世紀に入って具体的な国際法として結実しました。ジュネーヴ条約は、戦争捕虜と民間人の保護を明文化しました。これはユス・イン・ベロの直感が条約として固まったものです。国連憲章は武力行使を原則として禁じつつ、自衛権と安全保障理事会の承認という例外を置きます。これはユス・アド・ベルムの「正当な大義」と「正当な権威」を国際規範へと移したものと見ることができます。
もちろん、法と現実の間には常に隔たりがあります。大国が規則を破っても強制する適当な手段がないという現実主義者の指摘は、なお有効です。それでもなお、かつて哲学者の思索にとどまっていた基準が、人類が合意した規範の言葉として定着したという事実は、それ自体が意味深いものです。メロスの使節が「強者はなしうることをなす」と言ったとき、少なくとも今日の私たちは、その言葉に「しかし、してはならないこともある」と応じる言葉を持っているのです。
近年は「戦争後の正義(jus post bellum)」という第三の次元も論じられています。戦争を終えた後の処理、すなわち占領、再建、戦犯の処罰、和解をいかに正しく行うかという問題です。戦争の締めくくりを誤れば次の戦争の種になる、という歴史の教訓が、この議論を支えています。
戦争が終わった後で — 勝利より難しい平和
戦争の倫理を問うとき、私たちはしばしば「開始」と「遂行」に目を向けます。しかし正戦論のもっとも新しい地平は、戦争が終わった後に広がります。銃声がやんだ瞬間が、そのまま正義の完成ではないからです。むしろもっとも難しい倫理的課題は、まさにそのときに始まります。
歴史は、誤って終わった戦争がいかに次の戦争をはらむかを、繰り返し示してきました。勝者が敗者に残酷な屈辱と耐えがたい負担を負わせれば、その恨みは次の世代の復讐心へと育ちます。逆に勝った側が敗れた側を崩れたまま放置すれば、その空白は混乱とさらなる暴力で満たされます。戦争を終えることは、戦争を始めることと同じだけ、いやそれ以上に深い知恵を求めます。
戦争後の正義は、いくつかの厄介な問いを抱えます。責任ある者をいかに罰しつつ、集団全体への報復に転じさせないか。崩れた社会の秩序と生計を、誰が、どう立て直すのか。加害者と被害者が同じ土地で再び生きねばならないとき、真実を明らかにすることと赦すことの均衡はどこにあるのか。占領はいつまで、どんな権限で行われれば正当か。これらの問いには、すっきりした公式はありません。ただ明らかなのは、正義ある平和とは単なる戦争の不在ではなく、積極的に築いていくべき何かだ、という点です。
この新しい次元が正戦論に加わったことは意味深いものです。それは戦争の倫理が、単に暴力を制限することにとどまらず、その暴力が残した廃墟の上に再び人間らしい秩序を築くところまで進まねばならない、と語るからです。ひょっとすると本当に正しい戦争とは、よく始められ、よく遂行されるだけでなく、よく締めくくられる戦争なのでしょう。
包囲された都市の中で — ある場面の倫理
抽象的な原則をしばし下ろし、人類が幾度となく繰り返してきた一つの場面の中へ入ってみましょう。それは「包囲」です。古代から近代に至るまで、城壁に囲まれた都市を飢えさせて降伏を引き出すことは、戦争のもっともありふれた形の一つでした。そしてこの包囲という場面ほど、正戦論のあらゆる原則が一度に衝突する舞台もめったにありません。
想像してみましょう。ある軍隊が敵の要塞都市を取り囲みました。城内には武装した兵士がいますが、それよりはるかに多くの老人と女性と子どもが一緒に閉じ込められています。包囲軍は補給路を断ちます。時が経てば食糧は底をつき、最初に倒れるのは戦わない人々です。ここで区別の原則は残酷な逆説に突き当たります。包囲は直接刃を振るわないのに、その効果はもっとも弱い非戦闘員に最初に、最も深く及びます。軍事目標を狙うという大義の下で、実際に飢えて死ぬのは子どもたちです。
城壁の内側の指揮官にも試練が訪れます。彼は降伏して非戦闘員を救うのか、それとも最後まで抵抗して名誉と大義を守るのか。彼が耐えるほど、城内の苦しみは深まります。一方、包囲する側の指揮官は問います。飢えという武器は正当か。民間人を避難させる通路を開くべきか、それともそれが敵の抵抗を助けることになるのか。降伏した都市をどう処理するのか。メロスの悲劇が、まさにこの最後の問いへのもっとも暗い答えだったことを、私たちは思い出します。
この一つの場面の中に、正戦論のほとんどすべての問いが凝縮されています。区別と比例性、必要性と人道主義、そして降伏と慈悲の問題まで。だから戦争法の歴史において、包囲と封鎖をどう規律するかは、常にもっとも厄介な主題でした。飢えを戦争の武器とすることをどこまで許すかをめぐって人類は長く格闘し、現代の国際人道法は、非戦闘員を飢餓へ追い込む行為にますます厳しい制限を設ける方向へと発展してきました。一つの場面の惨さが、結局は規則を生んだのです。
戦争法はいかに書かれたか — リーバー法典の誕生
抽象的な倫理が具体的な規則へと固まる過程を、もっとも鮮明に示す場面があります。19世紀半ば、アメリカは激しい内戦の只中にありました。同じ言語を話し、同じ憲法の下に暮らしていた人々が互いに銃口を向ける状況で、前線の指揮官たちは絶えず厄介な問いに突き当たりました。降伏した敵兵をどう扱うべきか。敵の補給路にある民間の村を焼いてよいのか。捕虜を人質にしてよいのか。伝統や慣習はありましたが、明文化された基準はありませんでした。
このときドイツ出身の法学者フランシス・リーバーが、軍の依頼を受けて戦争遂行に関する行動指針を一冊の文書に整理しました。しばしば「リーバー法典」と呼ばれるこの指針は、軍隊が戦場で守るべき規則を条項の形で明示した、最初の近代的な試みと評価されます。その中には、不必要な残虐行為の禁止、捕虜の人道的な扱い、民間人とその財産の保護といった原則が盛り込まれました。興味深いのは、この法典が軍事的必要性を否定しなかった点です。それは軍隊が戦争に勝つことを妨げようとせずに、勝利のためであっても越えてはならない線を引こうとしました。まさにこの均衡の感覚が、正戦論の精神と触れ合っています。
リーバー法典の真の意義は、それが一国の軍隊のための指針にとどまらなかった点にあります。この文書はやがて他国の軍事規範に影響を与え、その後の国際的な戦争法条約が作られる際の一つの手本となりました。一人の机の上で整理された条項が、結局は人類共通の規範へと育ったのです。倫理的な直感がいかに紙の上の規則となり、その規則が再び国境を越えて広がっていくかを、これほど鮮明に示す例もまれです。
ほぼ同じ頃、ヨーロッパでは別の流れが芽生えていました。ある戦闘の凄惨な現場をたまたま目撃した一人の事業家が、負傷兵が何の手当ても受けられぬまま野原に放置されて死んでいく光景に衝撃を受けました。彼は敵味方を問わず負傷者を世話する中立の救護組織と、それを保証する国際協約が必要だと訴えました。この訴えはやがて負傷兵保護のための最初の国際協約へとつながり、今日私たちが知る人道的な救護活動とジュネーヴ条約の出発点となりました。
この二つの流れ、すなわち軍隊内部の行動指針と、負傷者保護のための国際協約は、異なる道から出発しながら同じ方向を向いていました。戦争の只中でも人間を人間として扱う最低限の線を守ろう、ということです。19世紀後半は、まさにこの直感が爆発的に制度化された時期でした。興味深いことに、これらの動きはすべて戦争をなくそうとしたのではなく、戦争が起きても獣の業にならないよう、人間の痕跡を残そうとした試みでした。正戦論が長く抱いてきた「節制」の精神が、ついに紙と印の形で世に根づき始めたのです。
トロッコの前の指揮官 — 二重結果を考え直す
先ほど少し登場した「二重結果の原理」は、正戦論においてもっとも精緻でありながら、もっとも論争的な道具です。これを馴染みのある思考実験になぞらえると、その微妙さがいっそう鮮明になります。
倫理学の授業でよく登場する「トロッコ問題」を思い起こしてみましょう。暴走するトロッコが五人に向かって走り、あなたが線路を切り替えれば一人が代わりに死にます。多くの人は線路を切り替える方を選びます。ところが変形された問題では、一人を橋の上から突き落としてトロッコを止めねばなりません。結果は同じく一人の死で五人を救うことなのに、今度はたいていの人がためらいます。何が違うのでしょうか。最初の場合、その一人の死は私の行為の「予見された副次的結果」ですが、二番目の場合、その人の死は五人を救うための「手段」そのものなのです。
二重結果の原理は、まさにこの区別の上に立っています。軍事目標を破壊しようとする爆撃で民間人が死ぬことと、敵を屈服させるためにわざと民間人を殺して恐怖を広めることは、結果が似て見えても倫理的にはまったく異なる、というのです。前者では民間人の死は意図されない副次的被害であり、後者ではそれが目的を遂げるための道具です。
[二重結果の四つの条件]
1. 行為そのものが善であるか、少なくとも中立であること
2. 悪い結果が、良い結果を得るための手段でないこと
3. 悪い結果を意図せず、ただ予見するにとどまること
4. 良い結果が、悪い結果を正当化しうるほど十分に大きいこと(比例性)
もちろんこの原理には強い反論も伴います。「意図しなかった」という言葉は、あまりに容易に言い訳になります。民間被害が十分に予見されたのに作戦を強行した指揮官が「それは意図ではなかった」と言うなら、私たちはその弁解をどこまで受け入れるべきでしょうか。批判者は、意図と予見の境界が実際の戦場では曖昧であり、この原理が責任を回避する道具に堕しうると指摘します。それでも二重結果は生き残っています。それが私たちの直感的に感じる道徳的な違い、すなわち「殺そうとした死」と「防げなかった死」の違いを言葉で捉えてくれるからです。
命令と良心の間で — 兵士個人の責任
戦争の倫理を問うとき、私たちはしばしば国家や指揮部を思い浮かべます。しかし実際に引き金を引くのは、一人ひとりの兵士です。ここに正戦論のもっとも人間的な問いが立ちのぼります。不当な命令を受けた兵士はどうすべきか。そしてその兵士は、自らが行ったことにどこまで責任を負うべきか。
伝統的な正戦論には「兵士の道徳的平等」という興味深い発想があります。戦争を始めたのが正義の側であれ不正の側であれ、いったん戦場に立った兵士たちは同じ規則の下に置かれる、というものです。侵略軍の兵士だからといって防衛軍の兵士より容易に殺してよいわけではなく、両方とも区別と比例の原則を等しく守らねばなりません。この発想は、戦争の開始に対する責任(ユス・アド・ベルム)と、戦争の遂行に対する責任(ユス・イン・ベロ)を分けることから生まれます。大義の是非はたいてい兵士ではなく政治指導者の領分だからです。
しかしこの平等論は激しい反論に突き当たります。一部の哲学者は、不正な戦争に加担した兵士が、正しい防衛者と本当に「道徳的に対等」でありうるのかと問います。強盗を助ける者と強盗に立ち向かう者を同じ天秤に乗せられるでしょうか。この論争はいまだ決着がつかず、現代の戦争倫理でもっとも熱い争点の一つとして残っています。
さらに難しいのは「上官の命令」という盾です。「私は命令に従っただけだ」という抗弁は、歴史上の数多くの残虐行為の言い訳として登場しました。今日の国際法と軍事倫理の大きな流れは、明白に違法で非人道的な命令については、服従が免責の根拠になりえないと見ます。兵士には命令に従う義務だけでなく、明白に犯罪的な命令を拒む義務まである、というのです。しかし戦場の恐怖と軍隊の階層の中で、一個人が命令を拒むことがいかに難しいかを思えば、この原則は理想と現実の間で常に張りつめた緊張を抱えています。
戦闘員と呼べるのか — 少年兵という悲劇
区別の原則は、戦闘員と非戦闘員を分けることから出発します。ところがその「戦闘員」がまだ幼い子どもだったら、どうすべきでしょうか。世界各地の紛争で、子どもたちが武器を手にして前線に追い立てられることは、正戦論の範疇を根底から揺さぶる悲劇です。
少年兵は、二つの矛盾した顔を同時に持ちます。一方で彼らは手に銃を持った脅威であり、向かいの兵士にとっては生命を脅かす戦闘員です。他方で彼らは、大人に利用され、強制的に連れてこられた被害者です。敵の少年兵に引き金を引かねばならない兵士が感じる葛藤は、どんな倫理理論でもすっきりとは解けません。彼を脅威として制圧すべきか、それとも被害者として保護すべきか。区別の原則が想定した「責任ある成人戦闘員」という前提が、ここで崩れます。
たいていの国際規範は、子どもを戦闘に動員する行為そのものを重大な犯罪と規定します。責任は何よりも、子どもを戦場へ追いやった大人たち、そしてそれを組織した勢力にあります。しかし、いったん戦場で出会った兵士個人には、依然として解きがたいジレンマが残ります。少年兵の存在は、戦争が単に大人の仕事ではなく、その暴力のもっとも深い傷がもっとも弱い者に刻まれるという事実を、残酷に思い起こさせます。正戦論の整然とした範疇がもっとも無力になる地点が、まさにここなのです。
金で買う戦争 — 傭兵と民間軍事会社
戦争は長く国家の仕事と見なされてきました。正戦論の「正当な権威」という条件も、その前提の上に立っています。ところが戦争を遂行する主体が国家ではなく、金を受け取って戦う私的な集団だったら、どうなるでしょうか。
傭兵の歴史は、戦争の歴史と同じくらい古いものです。ルネサンス期イタリアの都市国家は、自ら軍隊を育てる代わりに傭兵隊長に戦争を委ねることがありました。しかし金で雇われた軍隊には、根深い問題が伴いました。彼らには守るべき故郷も、死んでもよいという大義もありませんでした。報酬が途切れれば背を向け、ときには雇い主を脅すことさえありました。忠誠が信念ではなく契約に縛られているとき、戦争の倫理はどこに足を置けばよいのでしょうか。
現代に入って、この問題は「民間軍事会社」という新しい形で戻ってきました。警備、補給、訓練、情報といった軍事的機能のかなりの部分が、私企業に委託されることが増えました。これは難しい問いを生みます。私企業の社員が戦場で武力を行使するとき、彼は戦闘員か民間人か。彼が規則を破ったとき、責任はその個人にあるのか、雇った企業にあるのか、それとも企業を雇った国家にあるのか。軍服を着た兵士なら明確だった責任の鎖が、契約書の陰でぼやけます。
この問題が正戦論に突きつける挑戦は根本的です。戦争の正当性を問うあらゆる基準は、「誰がその戦争の責任を負うのか」を前提とします。ところが戦争がますます市場の取引のように行われるなら、責任の主体そのものが散ってしまいます。正当な権威という古い条件が、新しい時代にもう一度、試しの台に乗せられるのです。
遠くから押す引き金 — ドローンと遠隔戦争
戦争の姿は、技術とともに絶えず変わってきました。なかでも無人航空機、すなわちドローンの登場は、戦争倫理に新しい問いを一度に投げかけました。数千キロ離れた安全な管制室で画面を見ながら標的を打撃する戦争は、正戦論が想定した風景とはかなり異なります。
まず肯定的な側面を見ましょう。遠隔操縦は自国の兵士を危険にさらさず、精密誘導技術は原則としてより正確な打撃、すなわちより良い「区別」を可能にすると主張されます。無差別爆撃に比べれば、民間被害を減らす潜在力があるというのです。正戦論の言葉で言えば、ドローンは比例性と区別の原則をよりよく守りうる道具にもなりえます。
しかし正反対の懸念も強力です。第一に、戦争の敷居が低くなるという問題です。自国兵士の犠牲のない戦争は政治的負担が少なく、武力行使をあまりに容易に選ばせかねません。「最後の手段」という条件が弱まるのです。第二に、距離の問題です。画面の向こうの標的を押すことが、良心の重さを軽くしはしないか。戦争がゲームのように感じられるとき、その抽象化された距離が道徳的感覚を鈍らせはしないか。第三に、責任の問題です。情報判断の誤りで無辜の人が犠牲になったとき、その責任は操縦士にあるのか、命令権者にあるのか、情報を提供した側にあるのか。
ドローンは結局、古い原則を新しい環境で問い直させます。区別、比例性、必要性という基準そのものは変わっていません。ただ、その基準を適用する人と行為の間の距離が、かつてないほど遠くなっただけです。そしてその距離こそ、技術が戦争倫理に投げかけるもっとも深い問いなのかもしれません。
新しい争点を一つの表にまとめると
ここまで見てきた現代の厄介な事例は、それぞれ異なる姿をしていますが、静かに見つめると、すべて正戦論の古い原則が新しい現実とぶつかる場だという共通点があります。これを一目で整理すると、各争点がどの原則を試すのかが鮮明になります。
[現代の争点と揺らぐ原則]
争点 主に試される原則 核心の問い
民間人の境界 区別・比例性 誰が戦闘員で誰がそうでないか
核兵器 区別・比例性 都市を消す兵器を正当化できるか
テロリズム 区別・正当な権威 民間人標的化にどう対応するか
少年兵 区別 被害者かつ脅威の存在をどう扱うか
傭兵と民間企業 正当な権威・責任 戦争の責任は誰が負うのか
ドローンと遠隔戦 最後の手段・比例性・責任 距離が良心を鈍らせるか
先制と予防 正当な大義・最後の手段 脅威はどれほど差し迫るべきか
人道的介入 正当な権威・正しい意図 主権と人間保護のどちらが先か
この表が語るのは、時代がどれほど新しい形の戦争を生み出しても、私たちが投げかける根本の問いは驚くほど変わっていない、という事実です。武器と戦場の姿は変わっても、「誰を傷つけるのか」と「本当にそうせねばならないのか」という二つの問いは、いつもその中心にあります。正戦論の原則が二千年を生き延びた理由が、ここにあります。それは特定の戦争ではなく、戦争という現象そのものへの問いだからです。
規則を守った者の傷 — 戦争が残す良心の重み
正戦論のあらゆる原則を完璧に守った兵士がいるとしましょう。彼は民間人を傷つけず、比例性を破らず、ただ正当な命令だけに従いました。ならば彼は何の荷も負わずに家へ帰れるでしょうか。現実はそうでないことを語ります。規則を守った兵士でさえ、自らが行ったことや、見て経験したことの重みを生涯抱えて生きることが少なくありません。
これは正戦論がうっかり見落としやすい真実を呼び覚まします。倫理的な基準はある行為が「許されるか」を見極めてくれますが、許された行為だからといって、それが心に何の痕跡も残さないわけではありません。人を傷つけることは、たとえそれが正当な防衛であっても、人間の良心に何かを刻みます。ある倫理学者はこれを、正当な行為の後に残る道徳的残余と呼びます。正しいことをしたとしても、その事が悲劇だったという事実そのものは消えない、というのです。
この観点は正戦論に一層の深みを加えます。それは戦争が「正当でさえあれば清い」という手軽な慰めを拒みます。アウグスティヌスが正しい戦争すら「悲しみとともに遂行する義務」と呼んだその心が、千六百年を経て、戦争の傷を抱えて帰ってきた兵士たちの沈黙の中で再び木霊するのです。正しい戦争が可能だとしても、それは決して喜ぶべきことではないという気づき。ひょっとするとこれこそ、正戦論が最後まで忘れてはならない最後の真実なのかもしれません。
拒む権利、拒む義務 — 良心的兵役拒否
命令と良心の間の緊張は、もう一つの古い問いへとつながります。一個人が特定の戦争を不正だと判断したとき、彼はその戦争に参加することを拒めるでしょうか。そしてその拒否は正当なのか、それとも単なる義務の放棄なのか。
ここには二筋の良心的な拒否があります。一つは、あらゆる戦争を、あらゆる暴力を拒む絶対的平和主義者の立場です。彼は、自らの信念上どんな戦争にも参加できないと言います。多くの社会はこうした信念を尊重し、武器を取る代わりに別の仕方で共同体に寄与する道を開いてきました。もう一つはより厄介な場合です。「選択的」な拒否、すなわち戦争一般は受け入れつつ「この戦争」だけは不正だと判断して拒む立場です。
選択的拒否は正戦論の論理と直結します。正戦論がある戦争は正しく、ある戦争は不正だと分けるなら、一個人が自らの良心に従って不正な戦争を拒むことは、むしろその論理の自然な帰結のように見えます。しかし現実の難しさも明白です。もしすべての兵士がそれぞれ戦争の正当性を判断して参加の可否を決めるなら、軍隊という組織と国家の防衛はどう維持できるのでしょうか。さらに、個人が戦争の正当性に関するすべての情報を正確に判断できる保証もありません。
この緊張には手軽な解決がありません。ただ、この問いが投げかける深い洞察があります。正戦論が戦争の正当性を「検討可能な基準」にしたなら、その検討の主体は政治指導者だけでなく、結局は剣を取る一人ひとりでしかありえない、ということです。良心的拒否の可能性は、戦争の責任が上から下へ流れるだけでなく、下から上へ向かっても問われうることを思い起こさせます。そしてまさにその可能性が、不当な命令に対する最後の歯止めとして残っているのです。
量れぬものを量る — 比例性の難題
正戦論を支えるもっとも重要な柱の一つが「比例性」です。戦争の利益がその害を上回らねばならず、軍事的利得に比べて過大な被害を与えてはならないというこの原則は、直感的にきわめて説得力があります。ところがいざ適用しようとすると、すぐに困難に突き当たります。いったい何を天秤の両側に乗せればよいのでしょうか。
一方には軍事的利益があります。橋を一つ断てば敵の補給が数日遅れる、といった計算です。他方には、それによる人命の被害があります。ところがこの二つは、そもそも同じ単位で量れるものではありません。「敵の進撃を三日遅らせること」と「民間人十人の命」を、どうやって同じ天秤に乗せるのでしょうか。しかも戦場で指揮官は、完全な情報も十分な時間も持ちません。彼は不確実な情報と切迫した時間の中で、量れぬものを量らねばならない立場に置かれます。
だから比例性は、正確な計算というより慎重な判断に近いのです。明らかに過大なものをふるい落とすには有用ですが、微妙な境界では常に解釈の余地を残します。まさにこの曖昧さが比例性原則の弱点であり、同時に強みです。弱点である理由は、それが悪用される余地を与えるからであり、強みである理由は、それが機械的な公式ではなく、人間の責任ある判断を求めるからです。正戦論は結局、計算機が人に取って代わるのを許しません。量れぬものをそれでも量ろうとする良心、その重い責任を誰かが背負わねばならないという要求。ひょっとするとそれこそが、比例性原則が私たちに本当に教えることなのでしょう。
勝てない戦いは不正か — 成功の見込みの逆説
ユス・アド・ベルムの条件のうち、もっとも論争的なものの一つが「成功の見込み」です。勝つ見込みのほとんどない戦争は、無意味な犠牲だけを生むので正当でない、というものです。一見、合理的に聞こえます。敗北が確実な戦いに人々を追い込むのは、残酷なことだからです。
しかしこの条件は、すぐに居心地の悪い逆説を露わにします。もし成功の見込みを厳格に適用するなら、圧倒的に強い侵略者に立ち向かう弱小国の抵抗は、「勝てないから不正だ」という結論に至りかねません。言い換えれば、弱者は抵抗する権利すらなく、ただ屈服せねばならない、ということになります。これはメロスでアテネが言ったことに危ういほど近づきます。強者はなしうることをなし、弱者は耐えるべきことを耐えよ、というあの論理です。
だから多くの思想家は、成功の見込みを狭い軍事的勝利だけに解釈してはならないと見ます。ある抵抗は、目の前の勝利をもたらさなくても、不正に決して同意しなかったという事実を証言し、後世に精神的な財産を残します。また、ある抵抗は即座の敗北の向こうで、国際社会の介入や世論の変化といったより広い「成功」へとつながることもあります。成功とは何かという問いそのものが、再び開かれるのです。結局この条件は、無謀な犠牲を戒めよという知恵と、弱者の抵抗する権利を踏みにじるなというもう一つの知恵の間で、繊細な均衡を求めます。正戦論のどの条件も単純なチェックリストではないという点が、ここで再び明らかになります。
正戦論は本当に戦争を減らしたのか
ここまでたどってきた読者なら、自然と一つの懐疑が浮かぶでしょう。二千年にわたってこれほど精緻な思索を積み上げたのに、当の世界で戦争は減ったのか。この問いには正直に答えねばなりません。正戦論が戦争をなくせなかったことは、明白な事実です。人類の歴史で戦争が止んだことはほとんどなく、もっとも精緻な倫理理論を持つ時代にも、もっとも凄惨な戦争が起きました。
ならば正戦論は無力な理想にすぎないのでしょうか。そう断じるのは難しいことです。正戦論の効果は、戦争を「なくす」ところにではなく、戦争を「制約する」ところに求めるべきだからです。捕虜をみだりに殺させないこと、降伏した者に慈悲をかけさせること、民間人を標的とすることを恥ずべき犯罪と烙印すること。こうした制約は目につきにくいものですが、それが守られた分だけ、数えきれない命が救われました。防げなかった悲劇はニュースになりますが、あらかじめ防いだ悲劇は記録すら残りません。
同時に、批判者たちの警告も重く刻まねばなりません。正戦論の言葉が侵略を正当化する包装紙として使われた例は確かにあり、大国が規則を破っても強制する力がない場合も多くありました。どんな道具も、良い手では節制の装置となり、悪い手では偽装の道具となります。正戦論も例外ではありません。だからこの思索は、一度完成すれば終わる正解ではなく、各時代が改めて鍛え、見張り、守っていくべき生きた伝統です。その絶え間ない緊張の中に立っていること自体が、ひょっとすると正戦論が生きている証なのかもしれません。
ちょっと考えてみましょう — ミニクイズ
自分で判断してみると、正戦論の厄介さを体感できます。答えが一つに定まらないことこそが肝心です。
- 問1: 侵略を受けた国が反撃しつつ、敵国の武器工場を爆撃し、近くの民間人の一部が死亡しました。この攻撃はユス・イン・ベロのどの原理で評価されるでしょうか。そしてその評価は「意図」と「比例性」によってどう分かれるでしょうか。
- 問2: ある国が「我々は先制防衛をしたのだ」と言って隣国を先に攻撃しました。正戦論のどの条件が、この主張の真偽を検証するのに動員できるでしょうか。
- 問3: 平和主義者と現実主義者がともに「正戦論は危険だ」と言います。ところがその理由は正反対です。それぞれ何を憂えているのでしょうか。
しばし自分なりの答えを思い描いてみてください。下に手がかりを記しておきます。
手がかり1: 「区別」と「二重結果の原理」が核心です。工場は軍事目標なので攻撃自体は正当化される余地がありますが、民間被害が軍事的利益に比べて過大なら比例性の違反となります。意図が工場だったか民間人だったかが評価を分けます。
手がかり2: 「正当な大義」(実際に差し迫った脅威があったか)、「最後の手段」(外交が尽くされたか)、「正しい意図」(防衛が本当の目的か)が検証の物差しになります。ほぼすべての侵略者が防衛を主張するという点が落とし穴です。
手がかり3: 平和主義者は、正戦論が戦争に道徳的大義を貸して戦争を煽ると憂えます。現実主義者は、正戦論の道徳的制約が決定的な瞬間に足を引っ張り敗北を招くと憂えます。同じ結論、正反対の理由です。
もう少し難しい問いも解いてみましょう。先に見た新しい争点が、いかに正戦論の原則と噛み合うかを思い描いてみてください。
- 問4: ある兵士が敵の少年兵と向き合いました。その子は明らかに武器を持っていますが、同時に強制的に連れてこられた被害者でもあります。この状況で「区別」の原則は、なぜすっきりと働かないのでしょうか。
- 問5: 遠く離れた管制室からドローンで標的を打撃する戦争が、逆説的に「最後の手段」の条件を弱めうるという懸念があります。なぜでしょうか。
- 問6: ある指揮官が明白に非人道的な命令を受けました。「上官の命令に従っただけだ」という抗弁が、なぜ免責の根拠になりにくいのか、正戦論と国際法の観点から説明してみてください。
手がかり4: 区別の原則は「責任ある成人戦闘員」を前提とします。少年兵は脅威であると同時に被害者という二つの顔を持つため、脅威として制圧すべき対象か、被害者として保護すべき対象かが衝突します。責任は何よりも、子どもを戦場へ追いやった大人たちにあります。
手がかり5: 自国兵士の犠牲がなければ、戦争の政治的負担が減ります。その結果、武力行使をより容易に選ぶようになり、他の平和的手段を十分に試す前に武力に頼る危険が高まります。これが「最後の手段」の条件を弱めます。
手がかり6: 明白に違法で非人道的な命令については、服従が免責の根拠になりえないというのが現代の国際法と軍事倫理の大きな流れです。兵士には命令に従う義務だけでなく、明白に犯罪的な命令を拒む義務もあると見るからです。
剣を使わずに締めつける — 経済制裁の倫理
ある国が許しがたい振る舞いをするとき、武力だけが答えではありません。しばしば国際社会がまず手に取るのは「経済制裁」です。資産の凍結、貿易の停止、金融経路の遮断。一見、これは人道的な代替手段に見えます。爆弾は落ちず、兵士は死なず、一発も撃たずに圧力をかけられるからです。それゆえ多くの人は制裁を、「最後の手段」の精神にかなう平和的な手段と見なします。剣を抜く前に、それに至らないあらゆる措置を試すべきだ、というわけです。
ところが制裁は、最初に見えるよりもはるかに残酷な顔を隠しています。経済が締めつけられると、最初に打撃を受けるのは、決定を下した権力者であることはまれです。それは普通の人々、すなわち薬を手に入れられなくなった病人、まともな食事にありつけない子ども、暮らしの日常的な必需品から切り離された弱者です。権力を握る指導部はしばしばほとんど無傷で制裁をやり過ごす一方、その負担は、過ちにもっとも関わりの薄い人々の上に最も重くのしかかります。区別の原則が、ここで新しい装いをまとって戻ってきます。刃を振るわない武器が、結局はもっとも無防備な者に最初に及ぶのです。
だからこそ一部の倫理学者は、制裁を戦争とまったく同じ基準で量るべきだと求めます。大義は正当か。求める目的に比べて被害は比例的か。責任ある者と無辜の者は区別されているか。社会全体を無差別に締めつける包括的な制裁は、その効果において、先に見た包囲に危ういほど近づきかねません。これこそ、国際社会が「標的を絞った制裁」へと向かってきた理由です。住民全体ではなく、特定の個人や団体を狙い撃ちにする措置です。学び取られた厳しい教訓は、戦争を避けるための手段でさえ、不用意に振るえば無数の非戦闘員を苦しみへと追いやりうる、ということでした。血を流さない武器が、そのまま痛みのない武器ではないという真実を、制裁は冷ややかに教えてくれます。
硝煙なき戦争 — サイバー空間という新しいグレーゾーン
もっとも新しい戦場には、もはや地形すらありません。コンピュータ網を通じて他国の電力網、金融システム、病院のネットワークを麻痺させる攻撃、すなわちサイバー戦争は、正戦論がまったく想定しなかった一連の問いを突きつけます。爆発もなく、目に見える死体もないのに、病院が停電して患者が危険にさらされるとき、これを戦争行為と呼ぶべきでしょうか、そうでないのでしょうか。何が戦争にあたるのかという境界そのものが、揺らぎ始めます。
サイバー攻撃は、確立された原則をいくつもの点で同時に揺さぶります。第一に、帰属の問題です。ミサイルが飛べばその発射元はおおむね明白ですが、サイバー攻撃は出所を隠したり、他者の仕業に見せかけたりできます。攻撃者を特定すらできなければ、自衛権は誰に対して、どう行使すればよいのでしょうか。第二に、戦闘員と民間人の線がいっそう薄れます。サイバー空間で標的となる基盤、すなわち電力、金融、通信の多くは民間の暮らしに直結しているため、それへの攻撃は一度に無数の普通の人々へ広がりかねません。第三に、比例性の問題です。直接の流血をもたらさない攻撃は、どれほどの規模の物理的報復を被害者に許すのでしょうか。サイバー攻撃に通常の爆撃で応じてよいのでしょうか。
これらのグレーゾーンは、意図的に公然たる戦争の敷居の下に潜んでいます。敵は、本格的な軍事的反応を引き起こす一線のすぐ下にとどまりながら、実害を加えるのです。計算された曖昧さです。ここで正戦論は、まったく新しい舞台で、もっとも古い課題に直面します。すなわち、なしうることとなしえぬことの線を、改めて引くことです。興味深いことに、国際社会が手探りで向かっている答えは、古い原則の放棄ではなく、その拡張です。区別、比例性、必要性。これらの基準は、サイバー空間でも変わらず適用されます。武器の姿は見違えるほど変わったのに、「誰を傷つけるのか」「本当にそうせねばならないのか」という問いは、いつもの場所にそのまま残っています。もっとも未来的な戦場が、もっとも古い問いに律されているという事実は、正戦論の核心にある静かな不変性なのかもしれません。
勝利の翌朝 — 戦争の終わらせ方をめぐる思考実験
もう一つ思考実験を試してみましょう。今度は戦争の開始ではなく、その終わりをめぐる実験です。正当な防衛戦争を戦い抜き、いま勝利を収めた軍隊を想像してみてください。侵略者は撃退され、その首都は無防備にさらされ、勝者は望むままにどんな条件でも押しつけられる力を握っています。銃声はやみました。さて、ここでより難しい問いが訪れます。正義ある平和とは、実際どんな姿をしているのでしょうか。
勝者が徹底した屈辱の道を選んだとしましょう。敗れた国を丸裸にし、戦争を望んだことなどない普通の人々に耐えがたい賠償の負担を負わせ、一つの世代全体に罪人の烙印を押します。短期的には、これは正義が果たされたように感じられるかもしれません。しかし歴史はここで警告をささやきます。耐えがたい恨みを生む平和は、その屈辱の土壌に、次の戦争の種をまきます。その負担の下で育った子どもたちは、いつか復讐の名のもとに武器を取るかもしれません。度を越して押しつけた勝利は、ひそかに自らを台無しにしうるのです。
では逆の場合を考えてみましょう。勝者が、その代償に疲れ果て、ただ立ち去ってしまう。古い秩序を倒したきり、その廃墟を放り出すのです。ここにもまた危険が待ち構えています。権威も生計の手立ても失って崩れた社会は空白となり、空白は混乱で、軍閥で、さらなる暴力で満たされます。戦争に勝ったきりその後始末を怠ることは、傷口を開いたまま放置することにほかなりません。この二つの失敗、すなわち屈辱を与える平和と放棄する平和の間に、正義ある決着の、狭く険しい道が横たわっています。
ではその狭い道は、何を求めるのでしょうか。それは、責任ある者を裁きつつ、その罪を民族全体になすりつけないことを求めます。それは、絶望が次の紛争へと凝り固まらぬよう、敗れた社会が再び立ち上がるのを助けることを求めます。それは、真実を明らかにしつつ、その解明が、かつての敵が同じ土地を分かち合える未来の余地を残すことを求めます。これらのどれ一つとして、すっきりした公式には収まらず、その均衡は一つひとつの場合に応じて改めて取られねばなりません。まさにこれこそ、戦争後の正義(jus post bellum)が正戦論のもっとも若く、もっとも厳しい最前線の一つとなった理由です。この思考実験は、私たちに醒めた洞察を残します。戦争は、その開始において正しく、その遂行において正しくとも、終わらせ方を誤れば、なお正義の試練に落第しうるのです。ひょっとすると正しい戦争の真の尺度は、いかに勝つかではなく、その翌朝に何を築くかにあるのかもしれません。
おわりに — 答えではなく問いのための道具
正戦論は戦争を正当化する道具ではありません。むしろ戦争を難しくする道具に近いのです。六つ、三つの条件をすべて通過することは決して容易ではなく、その厄介さ自体が、みだりに剣を抜かせない仕掛けだからです。
もちろん正戦論は完成した正解ではありません。平和主義者の言うようにその基準は悪用されうるし、現実主義者の言うように強制する力なしには無力でありうる。ひょっとすると正戦論の本当の価値は、結論を与えるところにはないのかもしれません。それは、私たちが戦争を前にして投げかけるべき正しい問いの一覧を手渡してくれます。本当に必要なのか。他に道はないのか。誰を傷つけることになるのか。どう締めくくるのか。
この問いの一覧は、取るに足りないものに見えるかもしれません。しかし歴史を振り返れば、人類が犯したもっとも大きな悲劇の多くは、これらの問いを投げかけなかったために、あるいはあまりに容易に答えてしまったために起こりました。問いをやめないこと、手軽な答えに満足しないこと。ひょっとするとそれだけで、正戦論はその役目を果たしているのかもしれません。
私たちはこの文章で、メロスの冷たい対話から始まり、アウグスティヌスの悲しい剣とアクィナスの三条件を経て、核兵器とドローンと少年兵という現代の袋小路まで、ともに歩んできました。その長い旅で一つだけ変わらなかったことがあります。人間は戦争を前にしても、ついに是非を問うことをやめなかった、という事実です。武器が弓からミサイルへ変わり、戦場が野原から画面の中へ移っていく間も、「これは本当に正当なのか」という問いだけは消えませんでした。
メロスの悲劇が二千年を経てなお私たちを居心地悪くさせる理由は、人間が結局「力こそ正義」という言葉に満足しきれないからでしょう。その居心地の悪さこそが正戦論の生まれた場所であり、ひょっとすると人間性の最後の砦なのかもしれません。正戦論は私たちにすっきりした答えを与えません。しかしそれは、私たちがあまりに容易に答えてしまわないよう食い止めてくれます。ひょっとするとそのためらい、その逡巡こそが、戦争というもっとも暗い人間の営みに残された一握りの光なのかもしれません。あなたはどう考えますか。正しい戦争ははたしてありうるのか、それとも永遠に近づきえない理想にすぎないのでしょうか。そして、たとえそれが永遠に届きえない理想だとしても、その理想へ手を伸ばすことには、なお意味があるのではないでしょうか。
さらに考えてみる材料
- もしすべての国が正戦論を真剣に受け止めたら、戦争は減るのでしょうか、それとも誰もが自らの戦争を「正しい」と包装するようになるのでしょうか。
- 人工知能と自律兵器の時代に、「区別」と「比例性」の責任は誰が負うべきでしょうか。アルゴリズムが標的を定める戦争で、倫理はどう機能すべきでしょうか。
- 戦争を防ぐもっとも効果的な道は、より精緻な倫理理論でしょうか、それとも戦争を無意味にする制度と経済的相互依存でしょうか。
- 不正な戦争に動員された兵士と、正しい防衛に立った兵士を、本当に「道徳的に対等」と見られるでしょうか。開始の責任と遂行の責任は、どこまで分けられるのでしょうか。
- 戦争がますます民間企業と遠隔技術に委託されるなら、「誰が責任を負うのか」という問いはどう答えられるべきでしょうか。責任の主体が散った戦争を、私たちは依然として倫理的に評価できるでしょうか。
- 正義ある平和とは、単に戦争のない状態でしょうか、それとも積極的に築いていくべき何かでしょうか。ならば、その平和を築く責任は誰にあるのでしょうか。
- 圧倒的に強い敵に立ち向かう弱小国の抵抗は、勝つ見込みがないという理由だけで不正になるのでしょうか。「成功」とは、いったい何を意味するのでしょうか。
- 血を流さない経済制裁やサイバー攻撃のように、武力に至らない圧力の手段にも、戦争と同じ倫理の物差しを当てるべきでしょうか。それとも、それらは別の基準で測られるべきなのでしょうか。
私たちの日常に染み込んだ正戦論の言葉
これらの議論すべてが、戦場から遠く離れた私たちと何の関わりがあるのか、と思うかもしれません。しかし正戦論が練り上げてきた思考の枠組みは、思いのほか私たちの日常に深く染み込んでいます。私たちはある対立をめぐって「それはやりすぎだ」と言うとき比例性を思い起こし、「それでも、それは一線を越えた」と言うとき区別の感覚を働かせます。「話し合いで解決できたのに、なぜすぐ戦ったのか」という叱責には、最後の手段の論理が込められています。
正戦論の六つ、三つの条件は、実は巨大な国家間戦争だけに適用される抽象的な規則ではありません。それは力がぶつかるあらゆる場で「それでも越えてはならない線」を問う、普遍的な思考の文法です。正当な理由があるのか。他の方法はなかったのか。本当に必要なだけにとどめたか。無辜の者を巻き込まなかったか。どう締めくくるのか。これらの問いは、戦場だけでなく、私たちが向き合う大小の対立の前でも同じように有効です。
だから正戦論を学ぶことは、単に遠い昔の戦争倫理を学ぶことではありません。それは力と正義がぶつかるときどう思考すべきかを学ぶことであり、結局は人間としてどう節制するかを学ぶことでもあります。二千年前のメロスの浜辺で始まったその居心地の悪い問いが、今日の私たちのもっとも些細な争いにまでつながっているという事実は、だから妙な慰めを与えてくれます。私たちは依然として、力だけでは満足できない存在なのです。
参考資料
- Stanford Encyclopedia of Philosophy, "War": https://plato.stanford.edu/entries/war/
- Stanford Encyclopedia of Philosophy, "Pacifism": https://plato.stanford.edu/entries/pacifism/
- Stanford Encyclopedia of Philosophy, "Terrorism": https://plato.stanford.edu/entries/terrorism/
- Stanford Encyclopedia of Philosophy, "Saint Thomas Aquinas": https://plato.stanford.edu/entries/aquinas/
- Encyclopaedia Britannica, "Just war theory": https://www.britannica.com/topic/just-war
- Encyclopaedia Britannica, "Hugo Grotius": https://www.britannica.com/biography/Hugo-Grotius
- Encyclopaedia Britannica, "Lieber Code": https://www.britannica.com/topic/Lieber-Code
- Internet Encyclopedia of Philosophy, "Just War Theory": https://iep.utm.edu/justwar/
- International Committee of the Red Cross, "The Geneva Conventions": https://www.icrc.org/en/doc/war-and-law/treaties-customary-law/geneva-conventions/
- History.com, "Geneva Convention": https://www.history.com/topics/world-war-ii/geneva-convention