Skip to content
Published on

歴史フィクション短編:地図を描く人

Authors

空白

リスボンの路地の奥深く、魚の生臭さとタールの匂いが入り混じった通りの果てに、マティアスの仕事場があった。

そこは昼間でも暗かった。窓がひとつしかなく、その窓さえ海のほうではなく、狭い中庭に向かって開いていたからだ。マティアスはそのことをいつも残念に思っていた。海を描く人間の部屋から海が見えないというのは、どこか運命の戯れのようだった。

部屋の中には羊皮紙とインクの匂いが染みついていた。壁には完成した地図と未完成の地図とが乱雑に掛けられ、棚には航海日誌や古い海図、そして遠い土地から来た小さな品々が置かれていた。誰かが贈ってくれた珊瑚のかけら、ある航海士が置いていった羅針盤、名も知らぬ木で削った小さな船。それらはマティアスが行ったことのない世界のかけらだった。彼は仕事に行き詰まると、それらの品を手に取ってみることがあった。まるでそれらを通じて、自分の届かなかった遠い海岸の空気を、束の間でも感じ取れるかのように。

とりわけあの小さな木の船は、マティアスが大切にしている品だった。ある老いた航海士が死ぬ前に彼へ遺したものだった。「わしが行った海をすべて描いてくれて、ありがとう」航海士はそう言いながらその船を手渡した。「あんたのおかげで、わしの見たものが紙の上に残ったよ。わしが死んでも、それらはそこにあるだろう」マティアスはそのとき初めて、自分の仕事がただ線を引くことではないのだと悟った。彼は人々の記憶を守る人間だった。消えてしまいそうなものを、紙の上に繋ぎとめておく人間。

作業台の上には羊皮紙が広げられていた。縁は、彼が幾百度となく整えてきた海岸線で埋め尽くされていた。見慣れた岬、見慣れた湾、見慣れた河口。誰かが行って帰ってきて教えてくれたもの、書物に記されたもの、老いた航海士たちが盃を傾けながら漏らした話。そのすべてが、細い褐色の線となって紙の上に降り積もっていった。

マティアスの手は遅かった。彼は決して急ぐということを知らなかった。一本の線を引く前に、彼はその線がどこから来たのかを問うた。誰がその地を見たのか。その人は一度見たのか、幾度も見たのか。ほかの者も同じものを見たのか。話と話が食い違うときには、彼はどちらもむやみに信じず、その食い違いそのものを紙の片隅に小さく書きとめておいた。だから彼の地図はゆっくりとしか育たなかったが、育っただけは確かなものだった。

埠頭の航海士たちは、彼をからかって冗談を投げかけたものだった。「マティアスの地図は狭い。だがマティアスの地図に従えば、少なくとも岩にぶつかって死ぬことはない」それは冗談ではあったが、賛辞でもあった。遅く、狭い地図。しかし偽りのない地図。

しかし紙のまんなかは空白だった。

マティアスは毎日その空白を見つめていた。ほかの地図製作者たちは、そこに何でも描き込んだ。ある者は巨大な魚を、ある者は風を吹く天使の顔を、またある者はラテン語の銘を書き入れた。「ここに獅子あり」と。知らないものを知らないと記す代わりに、彼らは空白を装飾で覆った。

マティアスはそうしなかった。彼は空白を空白のままにしておいた。

「なぜそのまま空けておくのだ」あるとき、隣の路地の老いた製作者ドミンゴスが尋ねた。「客は埋め尽くされた地図を好むのに。空いていれば怠け者だと思われるぞ」

「空いているほうが、偽りよりは正直ですよ」マティアスは答えた。「自分の知らないことを知っていると記せば、その地図を信じた誰かが道に迷います。いっそ空けておけば、少なくともそこが未知の地であることは分かるでしょう」

ドミンゴスは鼻で笑った。「正直が飯を食わせてくれたかね」

マティアスは答えなかった。だが心の中では分かっていた。その空白こそが、彼を夜ごと眠らせぬものであり、同時に彼を生かしているものでもあるという事実を。

見習い時代

マティアスが初めて筆を握ったのは十二歳のときだった。

彼はもともと航海士になりたかった。埠頭で育った子どもたちが皆そうであるように、彼も発っていく船を見て育った。帆がふくらみ、綱が張りつめ、人々が手を振る光景。その向こうに何があるのか分からないという事実が、彼を堪えがたいほどに胸躍らせた。

しかし彼は海に弱かった。小さな舟に乗っただけでも腹がひっくり返り、波が少し高くなるだけで甲板にうつ伏せになって呻いた。ある老いた船長が彼を見て舌打ちした。「坊主、お前は海を愛しているが、海はお前を愛しちゃいないようだな」

その言葉は幼いマティアスに深い傷となった。愛するものに拒まれることほど、苦いことはないのだから。

彼を引き取ったのは、老いた地図製作者エンヒクだった。エンヒクは片目が見えず手が震える老人だったが、その仕事場には世界のすべての海岸が集まっていた。マティアスが初めてその部屋に足を踏み入れたとき、彼は息が止まるかと思った。壁という壁に掛けられた地図の上で、彼が決して行くことのできない場所が、静かに輝いていた。

「海に出られなくてもかまわない」エンヒクは言った。「地図を描く者は甲板の上ではなく、紙の上を航海するのだから。そして紙の上では、船酔いをしないものだ」

その言葉にマティアスは涙がこぼれそうになった。海が自分を拒んだのだと思っていたのに、海に届く別の道があったのだ。甲板ではなく紙。足ではなく手。じかに見るのではなく、見た者の話を書き取ること。それは栄えある道ではなかったが、マティアスにとっては十分に神秘的な道だった。

マティアスはその日から、紙の上を航海する術を学んだ。

エンヒクは厳しかった。彼はマティアスが一本の線を引き間違えるたびに、震える手でそれを指し示した。「この線は何を根拠にしている。誰がそこへ行って帰ってきた。その者を信じられるのか。お前は一度も行ったことのない場所を描くのだ。ならば少なくとも、自分が何を根拠に引いているかは知らねばならぬ」

「根拠が分からないときは」幼いマティアスは尋ねた。

エンヒクはしばらく沈黙してから答えた。「そういうときは、引くな。知らぬものを知ったふりをした瞬間、お前は地図製作者ではなく嘘つきになる。世界でもっとも危険な嘘は、地図の上の嘘だ。それを信じて船が発つのだから」

マティアスはその言葉を生涯忘れなかった。エンヒクがこの世を去ったあとも、あの震える指が指し示していた空白を、彼はいつも覚えていた。彼が空白を空白のままにしておくのは、怠けではなく、師との約束のようなものだった。

エンヒクが死ぬ前、最後にマティアスへ遺した言葉があった。老人は震える手でマティアスの手を握り、こう言った。「わしが生涯悔いていることがひとつある。若い頃、ある客の催促に負けて、見てもいない島をくっきりと描いたことがあった。その島は存在しなかった。だがわしの線はあまりに明瞭で、人々はそれを信じた。何隻の船がその島を求めてさまよったか、わしは知らぬ。ただ夜ごと、その船たちが夢に出てくる。マティアス、お前の線が誰かを殺すこともあると忘れるな。紙の上の一点が、海の上では一人の命になるのだ」

それが師の遺言だった。マティアスはその言葉を胸に刻んだ。そしてその日以来、彼は一度たりとも、見ていないものをくっきりと描くことはなかった。

訪問者

その日の午後、戸を叩く音がした。

戸を開けると、陽の光の中に一人の男が立っていた。身なりは端正だが贅沢ではなく、手には革で包んだ巻物を持っていた。顔は陽に焼けていた。海の者の顔だった。

「マティアス先生でいらっしゃるか」男が尋ねた。

「さようですが」

「あんたの描いた地図を見た。南の航路のことだ」男は中へ入りながら言った。「ほかの者とは違っていた。ほかの者はもっともらしく埋めていたが、あんたの地図には空白があった。わたしはその空白ゆえに、あんたを訪ねてきたのだ」

マティアスは怪訝に思った。「空白は欠点と見なされるものですが。客はたいていそれを見て引き返します」

「わたしは客ではなく航海士だ」男は言った。「航海士は知っている。紙の上の偽りが海の上でどんな事を引き起こすかを。埋め尽くされた地図に、わたしは一度ならず殺されかけた。だからわたしは、空白を正直に空けておいたあんたを信じることにした。自分の知らぬことを知らぬと言える者なら、自分の知ることは正直に語るだろうから」

マティアスはその言葉が気に入った。空白を欠点ではなく正直さと読み取ってくれた人は初めてだった。彼は男をあらためて見た。陽に焼けた顔の中で、長く海を見た者だけが持つ深い目が、彼を見つめ返していた。

マティアスは椅子を勧めた。「空白ゆえに人を訪ねる方は初めてです」

「わたしは空白を埋めようとする者だからな」男は微笑んだ。そして革の巻物を解いた。

その中には、荒く描かれた海岸線があった。マティアスが一度も見たことのない形だった。手で急いで描いたように線は震え、ところどころ水に滲んだ跡があった。しかしマティアスの目は、その震える線を辿って止まった。それは誰の書物にも、誰の話にもない海岸だった。

彼の指先がかすかに震えた。生涯、他人の記憶を書き取ってきたが、これほど見知らぬ海岸を前にしたのは初めてだった。

マティアスはその絵を灯火の近くへ持っていった。長い歳月、他人の手で描かれた絵を見てきた彼の目は、一目で多くのことを読み取った。線の震えは恐れの痕であり、ところどころ濃く押された跡は確信の在り処だった。崖の輪郭は比較的くっきりしていたが、その向こうの湾はぼんやりしていた。描いた者ですら、崖ははっきり見たが湾は遠くからおぼろげに見たという意味だった。紙は嘘をつけなかった。手が震えた場所には恐れが、ためらった場所には疑いが、そのまま残っていた。

「これをどこで……」マティアスの声が震えた。

「わたしがじかに見た」男は言った。「西へ、人々が行くなと言う場所へ行ったのだ。嵐を三つ越え、船員を四人失い、飲み水が底をつく頃に見た。霧の向こうにそびえる黒い崖を。その上を舞いあがる、名も知らぬ鳥たちを」

男の声が低くなった。「それはわれわれの知るどんな鳥とも違っていた。翼が長く、嘴が赤かった。崖の裂け目ごとに巣を作っていて、数千羽が一斉に飛びあがると、空が黒く覆われた。船員たちはそれを凶兆と見て恐れた。だがわたしは……わたしはそれが美しかった。死を目前にしてなお、その光景の前では渇きさえ忘れていたのだから」

彼はしばし言葉を止めて遠くを見た。まるでその崖が仕事場の壁の向こうにでもあるかのように。「だがわれわれは近づけなかった。崖の下は暗礁だらけで、風はわれわれを絶えず後ろへ押し戻した。わたしはそれを見たが、足を踏み入れることはできなかった。見たことと触れたことは別のものだからな」

マティアスは震える線に指を当てた。まるでその冷たい崖が、紙の向こうから触れられるかのように。

彼の胸の中で、二つの心が同時に湧きあがった。ひとつは幼い頃、埠頭で発っていく船を見ていたあの胸の高鳴りだった。未知のものの前でのみ感じられる、全身が震えるような引き寄せ。もうひとつは師の遺言だった。紙の上の一点が海の上では一人の命になるという警告。引き寄せと恐れが、彼の中で張りつめてせめぎ合った。

「わたしの記憶はぼんやりしている」男は続けた。「わたしは航海士であって絵師ではないからな。だがあんたなら描けるだろう。わたしが見たものを、あんたの手で紙の上に生き返らせられるだろう。だから訪ねてきたのだ」

マティアスは絵から目を離せぬまま尋ねた。「そこまで何日かかりましたか。どの星を見て航路を取られましたか。海流はどちらへ流れましたか」

男はしばしためらった。「それをすべて覚えてはいない。嵐の中では星も見えず、わたしはただ生き延びることに必死だったのだから」

「では、どうしてその場所へ再び行き着けるのですか」

男の顔に影がよぎった。「行き着けないかもしれぬ。それがわたしの恐れていることだ。わたしはその場所を見たが、そこへ行く道は見失った。まるで夢に見た家の扉を、二度と見つけられぬように」彼はマティアスを見た。「だからあんたに頼むのだ。わたしの記憶がさらに薄れる前に、誰かがそれを紙に繋ぎとめてほしい。さもなければ、あの海岸はわたしと共に消えてしまうのだから」

マティアスはその言葉に胸が冷えた。見た者はただ一人、しかもその者すら道を見失った。もしこれを描かなければ、あの黒い崖は永遠に誰の地図にも載らないだろう。だが描くなら、それは二度と見つけられぬ一人の夢を、真実であるかのように刻むことになるだろう。

「考える時間をください」マティアスはようやく言った。

男は頷いた。「そうしてくれ。急ぐべきことではない。ただ、あまり長く引き延ばさないでくれ。わたしの記憶は日ごとに少しずつ薄れているのだから。もしかすると遠からず、わたしですらあの崖がどんな形だったか忘れてしまうかもしれぬ」彼は戸のほうへ歩きかけて立ち止まり、付け加えた。「ひとつだけ約束してくれ。何を決めるにせよ、偽りは描かないでくれ。いっそ空白のまま残すほうがましだ」

マティアスはその言葉に頷いた。それは彼が生涯守ってきた原則でもあった。

男は絵をそのまま置いて去った。

誘惑

その夜、マティアスは眠れなかった。

男が置いていった荒い絵が、作業台の上に置かれていた。蝋燭の下で、その震える線たちは生きているように見えた。マティアスはそれを覗き込み、また覗き込んだ。

風が中庭を過ぎて窓を揺らした。遠くから鐘の音が聞こえた。街は眠っていたが、マティアスの頭の中は目覚めていた。彼は黒い崖を想い描いた。霧の向こうにそびえる岩、その上を覆う赤い嘴の鳥たち。一度も見たことのないその光景が、まるで自分がじかに見たかのように生々しく浮かんだ。それが彼を恐れさせた。見ていないものをこれほど生々しく描けるのなら、描いたものと見たものの境はいったいどこにあるのか。

生涯、彼は他人のものを写し描く人間だった。行って帰った者たちの話を書き取り、ぼんやりした記憶を端正な線に変える人間。彼の指先で世界は秩序を得たが、その世界はいつも他人が先に踏んだ世界だった。

彼は一度も新しいものを世界に加えたことがなかった。彼がしたことといえば、すでに知られたものを、より明瞭に、より美しく、より役立つように整えることだけだった。それも価値ある仕事だと、彼は自らを慰めてきた。誰かが散らばった知識を集めねばならず、誰かが食い違う話を見比べねばならないのだから。だが胸の奥底では、幼い頃に埠頭で発っていく船を見ていたあの胸の高鳴りが、今なお彼を刺した。その向こうに何があるのか分からないという高鳴り。自分はついにその向こうへ行けないだろうという悲しみ。

それなのに今、彼の前には、誰も描いたことのない海岸があった。

もし彼がこれを描くなら、その地図は世界でただひとつだろう。彼の名がその海岸につくかもしれなかった。後世の航海士たちが、彼の引いた線に従って航海するだろう。彼はもはや写し描く人間ではなく、世界の縁を一握りぶん広げた人間になるだろう。

彼はその光景を想い描いた。遠い未来、ある若い製作者が彼の地図を広げて感嘆する姿を。「この海岸を初めて描いたのは誰だ」すると誰かが答えるだろう。「マティアスさ。リスボンのある狭い仕事場で、生涯紙の上を航海した人だ」海に弱く甲板で吐いていた少年が、ついに紙の上だけでも世界の果てに届くのだ。

心臓が速く打った。

しかしすぐに、別の思いが彼を引きとめた。

この絵は一人の記憶にすぎなかった。嵐に苛まれ、渇きに苛まれ、死の門口で見たぼんやりとした印象。霧の向こうの崖が、本当に彼が見た形そのままだろうか。崖の間の湾は、本当にそれほど深いだろうか。彼が描き込むすべての線は、検証されたことのない一人の言葉の上に立てられることになる。

もし彼が誤るなら。

後世の航海士たちがその線を信じて西へ櫂を漕ぐだろう。だがそこに崖がなければ。暗礁も、鳥も、何もない空虚な海ばかりなら。彼らはマティアスの線を恨みながらさまようだろう。あるいはその空しい航海の果てに、誰かが命を落とすかもしれない。師が夢に見たあの船たちのように。

マティアスは羊皮紙のその震える線をふたたび見た。そして自分がいつも空けておいた空白を思い起こした。彼は生涯、偽りを描かぬためにその空白を守ってきた。それなのに今、もっとも描きたいものを描くために、彼は検証されていないものを真実であるかのように描かねばならなかった。

「ここに獅子あり」ほかの製作者たちが空白に記していたあの銘が思い浮かんだ。彼らも初めはそうして始めたのだろうか。見ていないものを、見たかのように。

マティアスは席を立ち、壁に掛けられた古い地図たちを見つめた。エンヒクから受け継いだものだった。そのうちのひとつには、ある島がくっきりとした実線で描かれていた。誰かが確かに見たと断言した島。しかしマティアスは知っていた。その島は存在しなかった。後世の航海士たちが何度もそこへ行ったが、そこには波打つ空虚な海ばかりだった。ある疲れた船員が渇きの中で見た幻影が、ある製作者の自信に満ちた指先で実線となり、その実線を信じた船たちが空しく櫂を漕いだのだ。

その幽霊島は百年近く地図の上に残っていた。一人の思い違いがくっきりとした線になった瞬間、それを消すには百年かかった。

マティアスは背筋が冷えた。もし彼が黒い崖をくっきりとした実線で描くなら、それがもうひとつの幽霊島にならないと、誰が言い切れるだろうか。だが同時に、もし彼が何も描かなければ、もしかすると本当に存在する海岸ひとつが、永遠に闇の中に埋もれてしまうのではないか。

描くことも恐ろしく、描かないことも恐ろしかった。彼は二つの恐れの間に挟まれたまま、蝋燭が燃え尽きるまで羊皮紙を見つめていた。

明け方近く、彼はうとうとと眠りに落ちた。そして夢を見た。

夢の中で彼は船の上にいた。船酔いはなかった。足元の甲板は固く、海は穏やかだった。霧が晴れると、はるか彼方に黒い崖がそびえていた。男が言ったまさにその崖だった。彼は崖に向かって近づいた。近く、もっと近く。崖の上を名も知らぬ鳥たちが舞いあがった。

ところが船が崖に届こうとした瞬間、崖がぼやけ始めた。まるで水に溶けるインクのように。黒い岩が霧に変わり、鳥たちが紙の上の染みとなって散った。マティアスは手を伸ばしたが、掴めるのは空虚な空気ばかりだった。

彼は悟った。自分はその崖をじかに見たのではなく、男の言葉を通して見たのだという事実を。彼が夢に見た崖は本物の崖ではなく、一人の記憶が彼の頭の中に描いた影だった。彼は影を追っていた。

マティアスは冷や汗を流しながら目覚めた。窓の外が白々と明けてきていた。彼はしばらく闇の中に座り、自分が何を描こうとしているのかをじっくり考えた。見たことのない海岸ではなかった。彼が描こうとしているのは、見た者の記憶だった。ならば彼が描ける最も正直なものは、その海岸そのものではなく、それが「記憶」であるという事実そのものではないだろうか。

その考えが、初めて彼を少し安らかにした。

しかし安らぎは長く続かなかった。すぐにまた別の疑問が頭をもたげた。記憶を描くといっても、その記憶が真実でなければ。もし黒い崖が本当に渇きが生んだ幻影なら。彼は一人の幻を紙に刻む愚か者になるのではないか。マティアスは頭を抱えた。知るということは、これほど難しいことだった。何ひとつ確かなものがない世界で、それでも何かを紙に繋ぎとめねばならないのが、彼の仕事だった。

港にて

翌日、マティアスは港へ出た。

彼は滅多に仕事場を離れない人間だったが、その日は海を見たかった。空白ではない、本物の海を。

紙の上の海はいつも穏やかだった。彼の描いた波は決してうねらず、彼の描いた風は決して吹かなかった。しかし本物の海は違った。本物の海は塩辛く、荒く、絶えず動いていた。その前に立つとマティアスはいつも、自分がどれほど小さな存在かを悟った。彼のすべての地図を合わせても、あのうねる波ひとつを残らず収めることはできなかった。

埠頭には船が並んでいた。あるものは発つ支度を、あるものはちょうど帰ってきたばかりだった。帰ってきた船の甲板では、船員たちが荷を下ろしていた。香辛料の袋、見知らぬ木で組んだ櫃、見たことのない羽根で飾られた品々。世界の縁から持ち帰られたかけらだった。

その光景の前で、マティアスはいつも同じ感情を覚えた。羨ましさと恐れの入り混じった感情だった。彼はあの袋の中の香辛料がどの木から来たのか、あの羽根がどんな鳥のものかを知らなかった。彼が知るのは紙の上の線だけだった。だが線は香りがせず、重さもなかった。本物の世界はいつも彼の紙の外にあった。

あるとき、ある若い船員が彼に尋ねたことがあった。「あんたは行ったこともない場所をどうやって描くのだ」マティアスはそのときこう答えた。「わたしはその場所を描くのではなく、その場所を見た人々の言葉を描くのです。わたしは世界を描くのではなく、世界についての人々の記憶を描く人間です」若い船員は首をかしげたが、マティアスにとってその違いはすべてだった。

マティアスは一人の老いた船員のそばに立った。船員は綱を整えながら鼻歌を歌っていた。

「遠い場所へ行ってこられたのですか」マティアスは尋ねた。

船員は彼をちらりと見た。「遠い場所か。遠い場所がどこかにあるものか。発ってみれば、どこも同じ水で同じ空だよ」

「それでも、見たことのないものを見るでしょう」

船員は手を止めてしばし考えた。「見るさ。見たことのないものを見る。だがな」彼はマティアスをまっすぐ見た。「見たことのないものを見てしまうと、見たことがないとはどういうことか、永遠に忘れてしまうのだ。一度見たものは、見なかったことには戻せないのだから」

マティアスはその言葉を長く噛みしめた。

「ところでご老人」マティアスは尋ねた。「あなたが見たものを、誰が信じてくれるのですか。あなた一人だけが見たのなら、それは本当に在るものなのですか、それともあなたの目が作り出したものなのですか」

船員はからからと笑った。「それはわしにも分からん。ただこう言おう。わしが見たものをほかの誰かがまた見るなら、そのときようやくそれは世界に在るものになる。わし一人が見たものは、まだわしだけのものだ。世界のものになるには、二人の目が要るのさ」彼はふたたび綱を手に取った。「だから若いの、何を描くにせよ、それを見た者が何人いるかを必ず書きとめておきな。一人が見たものと百人が見たものは、同じものではないのだから」

その言葉はマティアスの胸に矢のように突き刺さった。一人が見たものと百人が見たものは同じではない。それなのに地図の上では、どちらも同じ黒い線になってしまう。まさにそれが問題だった。

家へ帰る道すがら、彼は悟った。自分が恐れているのが何なのかを。彼が恐れているのは、誤ることだけではなかった。彼が恐れているのは、ひとたびその海岸を描いてしまえば、それを見ていない状態へ永遠に戻れなくなるという事実だった。空白を埋めることは取り返しがつかなかった。埋められた場所は、二度と空けられなかった。発見には代償が伴った。知る前へは誰も戻れないという代償が。

路地の入口で、彼はドミンゴスと出くわした。老いた製作者はマティアスの顔を見るなり、いきなり尋ねた。「顔色が悪いな。何があった」

マティアスはしばしためらってから、客と絵の話を打ち明けた。ドミンゴスの目が輝いた。

「それをなぜためらうのだ」彼は叫んだ。「誰も見たことのない海岸とは、生涯に一度あるかないかの幸運だぞ。今すぐ描け。くっきりと、堂々と。お前の名がその海岸につくぞ。後世がお前を覚えるだろう」

「しかし、それが誤っていたら」

ドミンゴスは肩をすくめた。「誤ったところでどうということはない。その頃にはわれわれはとうに土の中にいて、地図は誰かが直すだろう。世界のすべての地図は、どうせ次の世代が直して描くものではないか。完璧な地図を待っていたら、何ひとつ描けやしない」

マティアスはその言葉に一理あると思った。しかし同時に、幽霊島を追って空しく櫂を漕いだ船たちが思い浮かんだ。ドミンゴスにとって誤った線はただ次の世代が直す問題にすぎなかったが、その誤った線を信じて発った誰かにとっては、命のかかった問題だった。

「ありがとうございます」マティアスは短く言って別れた。二人の言葉はどちらも正しかった。だからこそ、いっそう苦しかった。

点線

その夜、マティアスは作業台の前に座り、新しい空白の羊皮紙を広げた。

彼はペンを取っては置き、また取っては置いた。くっきりとした実線を引けば偽りになりそうで、何も引かなければ本当に存在するかもしれない海岸を埋めてしまいそうだった。二つの道の間で、彼の手は痺れたように動かなかった。

そのうちふと、彼は自分の持つほかの地図を思い起こした。そこにはいつも二種類の線があった。じかに測量した場所は太くくっきりと、伝え聞いた場所は細く。川の本流は濃く、霧に隠れて端まで見えなかった支流は薄く。人々はその違いを何気なく見過ごしていたが、その細い線と太い線の違いの中には、実は「どれほど確かか」という情報が隠されていたのだ。

ならば、とマティアスは考えた。確かさにも程度があるのなら、線にも程度があるべきではないか。見たものと見ていないものの間、その中間にあるものは、中間の線で描くべきではないか。

彼はペン先を紙に当てた。そして一気に引く代わりに、短く区切って点を打ち始めた。点、隙間、点、隙間。線でありながら線でないもの。在りながら、まだすべては在らないもの。点線が紙の上で黒い崖の輪郭を辿って、ゆっくりと育っていった。

描いている間、マティアスの心は不思議なほど静かになった。偽りを描くという罪悪感も、真実を埋めるという恐れもなかった。彼はただ自分の知るだけ、まさにその分だけを描いていた。一人が見て、まだ誰も確かめていない海岸。その事実そのままを、点線が正直に語っていた。

夜明けが訪れる頃、崖の輪郭が完成した。マティアスはその傍らに小さな文字を書き入れた。そしてペンを置き、久しぶりに深く眠った。

その夜は、崖がぼやける夢を見なかった。夢の中で彼はふたたび船の上にいたが、今度は崖に向かって近づかなかった。ただ遠くからそれを眺めながら、紙の上に点をひとつ打った。それで十分だった。届かなくても、見たものを正直に記録すること。それが彼にできるすべてであり、また彼がすべきすべてだった。

決断

男は三日後にふたたびやってきた。

「どうなった」彼は尋ねた。「描いたか」

マティアスは彼を作業台へ連れていった。羊皮紙の上には新しい絵が置かれていた。男が置いていった荒い絵ではなかった。マティアスの手で描き直したものだった。

しかし男はすぐに奇妙な点に気づいた。

マティアスはその海岸を描いていた。黒い崖も、深い湾も、霧の向こうの輪郭も。しかし彼はそれを別の線で描いていた。見慣れた海岸線はくっきりとした褐色の実線だったが、その新しい海岸は細い点線で繋がれていた。そしてその傍らに、小さな文字で記されていた。

「一人の航海士が見たと伝う。いまだ二度見た者なし」

男はその文字を長いこと見つめた。彼の指が点線をゆっくりと辿った。点のひとつひとつが、まるで自分が失った道の跡ででもあるかのように。

「点線で描いたのだな」彼は言った。

「点線です」マティアスは答えた。「あなたが見たものを描きました。それは事実です、あなたにとっては。しかしそれが検証されたとは記せませんでした。それは偽りになるでしょうから。だから点線で描きました。これは発見だが、まだ確かめられていない発見だ、と」

男はしばらく言葉がなかった。マティアスは彼が怒るだろうと思った。くっきりとした実線を、確かな栄光を望んで来たはずだから。客が金を払って望むのは、たいていくっきりとしたものだった。疑いではなく確信、隙間ではなく充溢。点線はもしかすると、客への侮辱のように見えるかもしれなかった。

マティアスは静かに付け加えた。「あなたが望まれるなら、実線で描き直します。そうすれば、より堂々として見えるでしょう。しかしそれは、わたしが知らぬことを知っていると語ることです。わたしはそう習いませんでした。わたしの師は、紙の上の偽りが海の上で人を殺すと教えました」

しかし男は笑った。

男は指で点線の端をそっと押さえてみた。その場で、彼の表情がゆっくりとほぐれた。

「点線か」彼は頷いた。「そのほうが正直だ。正直に言えば、わたしも霧の中で見たものをすべて信じきれてはいない。ある夜には、それが崖だったのか、ただわたしの渇きが作った幻影だったのか、確信が持てぬのだから」

彼はしばし沈黙してから付け加えた。「実は恐れていたのだ。あんたがそれをくっきりとした実線で描いてくれるのではないかと。そうすればわたしは、自分のぼんやりした記憶を確かな真実であるかのように世に出すことになるからな。それはわたしの望みではなかった。わたしはただ、わたしが見たものが何であれ、それが忘れられぬことを願っただけだ。点線は……ちょうどそれだけのものだ。忘れられぬほどに、しかし偽りにはならぬほどに」

「だから点線です」マティアスは言った。「誰かがふたたびその場所へ行き、同じ崖を見て帰ってくるなら、そのときわれわれはこの点を繋ぎます。点線が実線になるでしょう。そしてその日、この海岸は本当に世界の地図に載るのです」

男はしばらくその点線を見つめた。それからゆっくりと顔を上げた。

「わたしがその場所をふたたび見つけられなくとも」彼は静かに言った。「この点線は残るのか」

「残ります」マティアスは答えた。「あなたが見たものは消えません。ただそれが確かめられるのを待つだけです。点線は忘れられたものではなく、まだ証明されていないものです。その二つは違います」

男の目に何かが宿った。安堵だったのか、悲しみだったのか、マティアスには分からなかった。あるいは両方だったのだろう。

「わたしが生涯見たものの中で、もっとも美しいものだったよ、あの黒い崖は」男は言った。「それがわたしと共に消えてしまうのではないかと恐れていた。それなのに、あんたがそれを紙に繋ぎとめてくれた。たとえ点線であっても」彼は立ちあがった。「ありがとう、地図製作者よ。あんたはわたしの記憶に場所をひとつ用意してくれた。世界の縁に」

男は約束した代金を払おうとしたが、マティアスはそのうち半分だけを受け取った。「残りの半分は」彼は言った。「誰かがこの点線を実線に繋いでくれたときに受け取ります。それまでこの仕事は終わったわけではありませんから」

男は笑って戸を出た。その背中の向こうから、狭い路地の果てから、海の匂いが押し寄せてきた。

マティアスは戸口に立ち、路地に沿って遠ざかる彼の後ろ姿を長く見つめた。男はふたたび海へ行くだろう。あるいはあの黒い崖をふたたび探そうとするかもしれない。あるいは永遠に見つけられないかもしれない。それはマティアスには分からないことだった。彼にできることはすべてした。一人の記憶に場所を用意すること。それが消えないように、しかし偽りにもならぬように、正直な点線で繋ぎとめておくこと。

戸を閉めながらマティアスは思った。もしかするとすべての地図は、誰かの消えまいとする記憶が集まったものなのかもしれない、と。

点線の場所

男が去ったあと、マティアスは長いことその地図を見つめた。

紙のまんなかは、もはやがらんと空いてはいなかった。だが埋め尽くされてもいなかった。そこには点線があった。空白と埋められた場所との、そのどこかあたりに。

彼はその点線を長いこと見つめた。それは彼が生涯描いてきたどんな線とも違っていた。実線のように断言せず、空白のように沈黙もしなかった。点線は語っていた。「ここに何かが在るかもしれない。だがまだ確かではない」その正直な声が、マティアスには、どんなくっきりとした線よりも美しく感じられた。

マティアスは思った。もしかすると地図を描くという仕事は、こういうことなのかもしれない、と。知るものをくっきりと描き、知らぬものを正直に空け、その間のおぼろげなものを点線で繋ぐ仕事。発見とは、空白を一度に埋めることではなく、点をひとつ慎重に打ち、次の人がその傍らにまたひとつの点を打ってくれるのを待つことなのだと。

彼はほかの製作者たちの自信に満ちた地図を思い起こした。空白ひとつなく埋め尽くされたあの紙たちを。人々はそれを見て感嘆するだろうが、マティアスは知っていた。埋め尽くされた地図ほど偽りが多いということを。本当に正直な地図とは、自分がどこまで知り、どこから知らないのかを正直にあらわす地図だった。知らぬことを恥じない地図。空白と点線を堂々と抱いた地図。

もしかすると人の心もそれと同じではないか、と彼は思った。知らぬことを知ったふりで埋める人よりも、自分がどこまで知っているのかを正直に知る人のほうが遠くへ行く。空白を恐れない人だけが、その空白に向かって航海できるのだから。

好奇心は彼を空白へ導いた。正直さは彼を点線にとどまらせた。そしてその二つの間の緊張こそが、生涯彼を作業台の前に座らせた力だった。

ふと彼は師エンヒクを思い起こした。震える指で空白を指し示していた老人を。もしエンヒクが今ここにいたら何と言っただろう。点線を見て叱ったろうか、それとも頷いたろうか。マティアスは後者であってほしいと信じたかった。師が教えたのは、空白を決して触るなということではなく、何を根拠に引くのかを正直に明かせということだったのだから。点線はその教えを破ったのではなく、一歩さらに進んだのだった。知らぬと空けておくことと、知っていると埋めることの間に、おぼろげに知っていると示す第三の道があったのだ。

もしかすると師もその道を知っていたのかもしれない。ただ彼の時代には、まだそれを描く勇気がなかっただけで。

外ではまた一隻の船が港を発っていた。誰かがふたたび嵐を越え、誰かがふたたび渇きに耐えて、霧の向こうの何かを見て帰ってくるだろう。そしていつか、そのうちの一人がこの仕事場の戸を叩くだろう。また別の、震える線を手にして。

マティアスは自分が、そのすべての物語の終着地なのだと思った。海へ出た者たちの記憶が流れ流れて辿り着く場所。彼はそれを受け取り、漉し、見比べ、正直な線へ移した。彼が死んだあと、彼の地図は別の誰かの手に取られ、その人はマティアスの遺した点線を見て、どこまでが確かでどこから先が未知なのかを知るだろう。それがマティアスが世界に遺すものだった。埋め尽くされた偽りではなく、正直な空白とつつましい点線たち。

その日が来たら、マティアスはふたたびペンを取るだろう。点をひとつ慎重に打つだろう。世界の縁はそうして、点ひとつぶんずつ広がっていくだろう。

彼は窓の外を見た。狭い中庭の上に、夕暮れの空が赤く染まっていた。海は見えなかった。しかしマティアスは、それがそこに在ることを知っていた。見えなくても、まだ描けなくても、海はそこに在った。彼が点を打つのを待ちながら。

長い歳月が流れたあと、マティアスがこの世を去ってからもずいぶん経ったある日、一人の若い航海士が西の海で黒い崖を見て帰ってきた。彼はリスボンのある仕事場に掛けられた古い地図の中に、自分が見たものとそっくり同じ輪郭を点線で見つけた。傍らには色褪せた小さな文字があった。「一人の航海士が見たと伝う。いまだ二度見た者なし」若い航海士はしばらくその前に立っていた。それからペンを請い、点と点の間の隙間を慎重に繋いだ。点線がついに実線になった。だがそれは別の物語であり、マティアスはその日を見なかった。

この夜のマティアスは、ただ知るばかりだった。自分が打った点ひとつが空しくはないだろうということを。いつか誰かがその傍らに次の点を打つだろうということを。それで十分だった。

彼は蝋燭を消さず、ふたたび羊皮紙の前に座った。

作者のことば

大航海時代の地図には、実際に空白が多くあり、その空白をめぐって製作者ごとに態度が異なりました。ある者は想像の生き物と装飾で埋め、ある者は正直に空けておきました。「ここに獅子あり」といった警句は、未知の領域を指し示す象徴のように後世に語り継がれましたね。

この物語は、そうした時代の空気から出発した純粋な創作です。マティアスも、彼を訪ねてきた航海士も実在の人物ではありません。ただ私は、「知るということ」と「知っていると信じること」の間の隔たりを、そしてその隔たりを正直に示そうとする一人の頑固さを描きたかったのです。

発見はいつも魅惑的です。しかし発見には代償が伴います。一度見たものは見なかったことには戻せず、一度引いた線は消しても痕を残します。マティアスが選んだ点線は、もしかすると好奇心と正直さの間で、私たちが引きうる最も人間的な線なのかもしれません。知らないと認める勇気と、それでも一点は打ってみようとする勇気。その二つが共に在るとき、世界の地図は少しずつ広がっていきます。

点線というモチーフは、実は私たちが何かを知っていく過程のすべてに似ています。初めは誰かのぼんやりした証言があり、それはまだ点線です。ほかの人が同じものを確かめれば、点と点の間が埋まって実線になります。そして時には、くっきりして見えた実線が実は思い違いだったと明らかになり、ふたたび消されることもあります。私たちの持つ知識の地図は、そうして絶えず描かれ、繋がれ、消されながら育ってきました。

ですから私は、マティアスが英雄ではないと思っています。彼は未知の海へ発った人でもなく、巨大な発見をした人でもありません。彼はただ、自分が知るだけしか描くまいと努めた人です。見ようによっては、もどかしいほど慎重な人ですね。しかしそうした慎重さが集まって、人々が安心して航海できる地図が作られます。華やかな発見は誰かが覚えていますが、その発見を空しいものにしないのは、マティアスのような人たちの正直な手つきなのです。

未知の世界の前で、私たちはいつも二つの分かれ道に立ちます。知らないと立ち止まるか、知っていると偽りを語るか。マティアスはその間に、点線という第三の道を切り開きました。もしかすると私たちの人生の多くの問いの前でも、その第三の道こそが、最も正直で最も勇敢な道なのかもしれません。短い物語が、その小さな点ひとつを、皆さんの心のどこかに打っておけたことを願います。