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FingerScore ハードウェア 6 — PCB 設計と小型化(指輪にする)

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はじめに

第 4 回で BLE で賢く通信し、第 5 回で長く点く電源を設計しました。いよいよ最後の段階です。そのすべての回路を指輪サイズの小さな基板の上に実際に載せなければなりません。これが PCB(Printed Circuit Board、プリント基板)設計です。

PCB 設計はハードウェア製作の華であり最も難しい部分です。回路図(スキマティック)は「何が何とつながるか」という論理を扱いますが、PCB は「そのつながりをどう物理的に配置するか」という現実を扱います。特に指輪のように極端に小さく曲面でアンテナが肌に触れる機器では制約が山積みです。

今回の第 6 回では、KiCad のようなツールでスキマティックを PCB に移す流れから、部品配置とルーティング、指輪フォームファクターの特殊な制約、2.4GHz アンテナレイアウト、製造適合性(DFM)とガーバー出力、発注とアセンブリ、そして量産と認証(FCC/KC)まで — 回路を本当の物にするすべての段階を扱います。これで FingerScore ハードウェアシリーズを締めくくります。


1. スキマティックから PCB へ — 全体の流れ

PCB 設計は通常次の順で進みます。KiCad(無料オープンソース)を基準に説明しますが、Altium・EAGLE なども流れは同じです。

PCB 設計の流れ

1. スキマティック作成 : 部品と接続を論理的に描く
2. フットプリント割当 : 各部品に物理的パッド形状を指定
3. ネットリスト生成   : 「何が何とつながる」リスト
4. PCB へインポート   : 部品が基板上に浮いた状態
5. 基板外形を定義     : 指輪形状の境界を描く
6. 部品配置          : どこに何を置くか決める(最重要)
7. ルーティング      : ピンとピンを銅線でつなぐ
8. 平面/スティッチ   : グラウンド・電源平面、ビア配置
9. DRC 検査          : 設計規則違反を確認
10. ガーバー出力     : 製造用ファイルを生成

このうち最も時間がかかり実力が出る段階が 6 番の配置7 番のルーティングです。配置が良ければルーティングが楽になり、配置が悪ければいくらルーティングしても線が絡みます。「配置が 80%、ルーティングが 20%」という格言があります。


2. 部品配置とルーティングの基礎

配置の原則

部品を基板に置くときいくつかの原則があります。

  • 信号の流れに沿って配置:入力 → 処理 → 出力の順に部品を一直線に置くと線が短くなります。例:アンテナ → BLE SoC → センサー。
  • デカップリングコンデンサはチップピンのすぐ隣:第 5 回で強調したように、電源ピンにできるだけ近く。
  • 水晶/発振器はチップ近く、線は短く:クロック信号はノイズに敏感です。
  • 発熱する部品は離す:充電 IC、LDO は互いと敏感部品から距離を取ります。
  • コネクタ・ボタンは縁に:人が近づく部品は外形に。

ルーティングの基礎

ルーティングは部品ピン同士を銅線(トレース)でつなぐ作業です。

  • 線幅:電流の大きい電源線は太く(例:0.3mm 以上)、信号線は細く(0.15mm)。細すぎると切れたり発熱します。
  • 直角回避:トレースは 90 度に曲げず 45 度や曲線で。直角は製造・信号面で不利です。
  • ビア(via):層を移るときに使う小さな穴。多すぎると信頼性・面積に不利です。
  • 差動ペア:USB データのようにペアで進む信号は長さを合わせ並べます。
トレースのルーティング(良い例 vs 悪い例)

悪い:直角の曲がり        良い:45 度の曲がり
   ───┐                    ───╮
      │                       ╲
      │                        ╲───
      └───                  

直角を避け滑らかに曲げる。

3. 指輪フォームファクターの制約 — 最大の挑戦

一般の PCB は平らな四角形ですが、指輪は違います。この部分が FingerScore PCB の核心的難題です。

曲面と大きさ

指に巻くには PCB が曲がる必要があります。方法は二つです。

方式説明長所短所
小さな剛性 PCB平らな小基板を指輪内側の一部だけに単純・安い、空間制限大
フレックス/リジッドフレックス PCB曲がる基板で指輪の周囲を巻く空間活用最大、高価で設計難度高

FingerScore は部品が多くなければ小さな剛性 PCB で始め、電池は曲面 LiPo を指輪の別の面に配置するハイブリッドが現実的です。本格量産ではフレックス PCB で全体を包みより薄くできます。

両面活用と部品高さ

空間がないので PCB の両面に部品を載せます。また部品高さ(Z 軸)も気にする必要があります。背の高い部品(コネクタ、大きなコンデンサ)は指輪の厚さを増やします。ですからできるだけ低背(low-profile)の部品を選びます。

指輪の断面(概念)

   外側(空気、アンテナ方向)
  ┌─────────────────────┐
  │   PCB(部品両面)     │
  │  [BLE SoC] [センサー] │
  └─────────────────────┘
  ┌─────────────────────┐
  │   曲面 LiPo 電池      │
  └─────────────────────┘
   内側(指の肌に触れる)

4. アンテナレイアウト — 2.4GHz の厄介さ

第 4 回でアンテナが肌に近く距離が縮むと述べました。PCB 設計でアンテナは最も厄介な部分です。間違えると BLE が 1 メートルも届きません。

アンテナの種類

方式説明指輪適合
チップアンテナ小さなセラミック部品省スペース、マッチング必要
PCB トレースアンテナ銅パターンで直接描く無料だが面積を取る
外付けアンテナ別途アンテナを付ける指輪には不適

小さな機器ではチップアンテナか PCB トレースアンテナを使います。どちらも正確な設計が必要です。

キープアウトとマッチング

アンテナがよく放射するには二つが重要です。

  • グラウンドキープアウト(keep-out):アンテナの周辺と下には銅(グラウンド)を空けます。グラウンドが近いとアンテナが塞がれて放射しません。
  • インピーダンスマッチング:アンテナは通常 50 オームに合わせます。SoC とアンテナの間にマッチング回路(小さなインダクタ・コンデンサの組み合わせ、π ネットワーク)を入れて調整します。通常は部品の場所だけ空けて(DNP)実測後に値を決めます。
アンテナ領域のレイアウト(上から見た様子)

┌──────────────────────────────┐
│  [グラウンド充填領域]          │
│  [BLE SoC]──[マッチング]──┐   │
│                          │   │
│ ┌────────────────────────┴──┐ │
│ │  アンテナ(グラウンドキープアウト)│ │  <- この領域に銅なし
│ │  ▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓     │ │
│ └───────────────────────────┘ │
└──────────────────────────────┘
       外側(空気)方向へ配置

アンテナは自分で設計しにくいので、SoC メーカーが提供する**リファレンスデザイン(reference layout)**をそのままコピーするのが最も安全です。nRF52、ESP32 などは検証済みのアンテナレイアウトを公開しています。


5. グラウンド・電源平面と層数

平面(plane)とは

PCB の一層全体をグラウンドや電源で埋めたものを平面と呼びます。平面は次の役割をします。

  • 信号のリターン経路(電流が戻る道)をきれいにします。
  • ノイズを減らし EMI(電磁妨害)を抑えます。
  • 熱を分散させます。

特に高周波(2.4GHz BLE)信号はすぐ下にきれいなグラウンド平面があってこそ安定して伝わります。それを壊すと信号が乱れアンテナ性能が崩れます。

2 層 vs 4 層

項目2 層 PCB4 層 PCB
構成上面/下面のみ信号-グラウンド-電源-信号
コスト安い高い
ノイズ管理が難しい専用グラウンド平面で優秀
RF 性能不利有利
小型化ルーティングが窮屈余裕がある

FingerScore のように小さく RF が重要な機器は 4 層 PCB がほぼ必須です。中央の二層を丸ごとグラウンドと電源に使えば、RF 信号のすぐ下にきれいなグラウンドが敷かれ安定し、外側の二層は信号ルーティングに集中できます。コストは増えますが小さな RF 機器では妥協しにくいです。


6. 部品パッケージと半田付けの難易度

部品は同じ機能でも様々な大きさ・形状(パッケージ)で出ます。小さいほど空間は節約できますが半田付けが難しいです。

パッケージ大きさ手半田指輪適合
08052.0×1.25mm易しい大きい
06031.6×0.8mm普通無難
04021.0×0.5mm難しい小型化に良い
02010.6×0.3mm非常に難しい量産専用
QFNピンがチップの下ホットエア/リフロー必要SoC に多い
BGAボールがチップの下リフロー+X 線検査高密度、難度最高

トレードオフ

  • プロトタイプは手で半田付けできるよう 0603 程度で始めるとよいです。
  • 小型化が必要な指輪本製品は 0402 が均衡点です。
  • BLE SoC は通常 QFN パッケージでピンがチップの下に隠れ手半田が難しいです。ホットエアガンやリフロー(後述)が必要です。
QFN パッケージ(ピンが底面にある)

   上から:        横から:
   ┌────────┐     ┌────────┐
   │  chip  │     │  chip  │
   └────────┘    ─┴────────┴─  <- パッドがチップ下に隠れる
   (ピンが見えない)  (手でこてを当てられない)

7. DFM・ガーバー・発注

設計が終わったら工場が作れる形で出力する必要があります。

DFM(製造適合性)

DFM(Design for Manufacturing)は「工場がこれを実際に作れるか?」を確認することです。メーカーごとに最小線幅、最小間隔、最小ビアサイズなど能力の限界があります。設計がこの限界を超えると作れないか不良率が上がります。

  • 最小トレース幅/間隔の確認(例:0.15mm/0.15mm)
  • 最小ビアドリル/パッドサイズの確認
  • 基板外形と部品の間のクリアランス
  • ソルダーマスク・シルクスクリーンの規則

ガーバー(Gerber)出力

ガーバーは PCB 製造の標準ファイル形式です。各層(銅、ソルダーマスク、シルクスクリーン)とドリル情報を含むファイルの束です。

ガーバーファイルの束(例)

board.GTL   - 上面銅(Top Layer)
board.GBL   - 下面銅(Bottom Layer)
board.GTO   - 上面シルクスクリーン(文字/マーク)
board.GTS   - 上面ソルダーマスク
board.GBS   - 下面ソルダーマスク
board.drl   - ドリルファイル(穴の位置)
+ 内層(4 層なら .G2L, .G3L)

発注

ガーバーを PCB 製造サービス(JLCPCB、PCBWay など)にアップロードすると数日で基板が届きます。部品実装まで任せる PCBA サービスもあります。発注前にガーバービューアでもう一度目視確認する習慣が大切です。


8. アセンブリ — ステンシル・リフロー vs 手半田

基板が来ても部品を付けないと動きません。二つの方式があります。

方式説明適合
手半田こてで一つずつ半田付け大きな部品、少量
リフロー半田ペースト + 加熱で一度にQFN/小型、量産

リフローの流れ

リフローアセンブリの段階

1. ステンシル整列 : 金属ステンシルを PCB に合わせる
2. ペースト塗布   : 半田ペーストをパッドに塗る
3. 部品配置       : ピンセット/ピックアンドプレースで部品を載せる
4. リフロー加熱   : オーブン/ホットプレートで加熱 -> 半田が溶けて付く
5. 検査           : 目視/顕微鏡/X 線で半田を確認

QFN のようにピンが下に隠れた部品は手半田がほぼ不可能なのでリフローが事実上必須です。少量プロトタイプも半田ペーストとホットプレート(または安価なリフローオーブン)で十分にできます。

BOM とコスト — 部品表が原価そのもの

設計が終わったら **BOM(Bill of Materials、部品表)**をまとめます。BOM は「このボードを作るのに何の部品が何個必要か」のリストです。部品ひとつひとつが原価であり在庫・調達リスクです。

FingerScore BOM(簡略例)

部品          数量  単価(少量)  備考
-----------------------------------------------
BLE SoC       1    高い        QFN, 核心部品
加速度計       1    中          ジェスチャー検出
LiPo 電池      1    中          曲面型
充電 IC        1    低い        TP4056 系
LDO           1    低い        超低 Iq
保護 IC        1    低い        過充電/過放電
受動素子(R/C)  ~20  非常に低い   デカップリング・プルアップ等
コネクタ/接点  1    低い        充電用
-----------------------------------------------

BOM を組むときのよくある間違い:

  • 生産終了(EOL)部品の選択:量産時点で部品が生産終了すると再設計が必要です。供給の安定した部品を選びます。
  • 少量価格だけで決定:少量単価と大量単価は大きく異なります。量産規模の単価を事前に確認します。
  • 代替部品の未準備:核心部品ごとに 2nd source(代替供給先)を決めておくと供給網リスクが減ります。

プロトタイプの反復 — 一度では完成しない

ハードウェアはソフトウェアのように即座に直せません。ボードを新たに発注すると数日かかります。ですからリビジョン(rev)を経て段階的に完成させます。

一般的な PCB リビジョンの流れ

rev A : 最初のボード。ほぼ必ず間違いがある(電源が入らない、ピンが入れ替わる等)
        -> ワイヤージャンパー/リワークで一時修正しつつ検証
rev B : rev A の問題を修正 + アンテナマッチング値を確定
        -> ほぼ動作、細かな改善点を発見
rev C : 量産準備。DFM/テストポイント/認証対応を反映

教訓:rev A に完璧を期待しないこと。デバッグの余地(テストポイント、
      ジャンパーの場所)を先に入れておくと修正が楽になる。

最初のボードにあえて予備の部品場所(DNP)、テストポイント、ジャンパーオプションを入れておくのがベテランの習慣です。最初から完璧な小型化を狙うより、少し大きめの検証用ボードでまず動作を確認し徐々に縮めるのが安全です。


9. 機構設計 — 防水と装着感

PCB が完成しても、それを包む**ケース(ハウジング)**が必要です。指輪は体に触れる製品なので機構設計が特に重要です。

  • 装着感:指輪の内径、重さ、厚さが快適である必要があります。重すぎたり角が鋭いとはめられません。
  • 防水:汗と水に晒されるので IP 等級(例:IPX5)を目標にします。充電接点・ボタンの隙間から水が入らないようシーリング(ガスケット、ポッティング)します。
  • 素材:肌に触れるので低刺激(例:医療用シリコン、特定のプラスチック)を使います。
  • ボタン/ジェスチャー:物理ボタンを最小化しジェスチャー(加速度計)に置き換えると防水に有利です。
防水ポイント(水が入りうる場所)

- 充電接点の隙間  -> ガスケット/ポッティングでシール
- ボタン穴        -> 可能ならジェスチャーで代替
- ケース接合部    -> 超音波溶着または接着
- マイク/穴       -> 防水膜(あれば)

10. 量産の考慮 — テストと認証

プロトタイプを一つ作ることと、数千個を安定して作ることは別世界です。

量産テスト

  • ICT/機能テスト治具:生産ラインで各基板が正常動作するか自動検査する治具。テストポイント(パッド)をあらかじめ PCB に入れておく必要があります。
  • プログラミング地点:量産時にファームウェアを自動で焼くポイント。
  • 歩留まり管理:不良率を追跡し原因を分析します。

認証(FCC/KC など)

無線機器を販売するには電波認証が必要です。

認証地域対象
FCC米国電波放出
CE欧州安全・電波
KC韓国電波・安全
その他各国現地規制

幸い BLE モジュールを**事前認証済みモジュール(pre-certified module)**として使えば認証の負担が大きく減ります。自分でチップとアンテナを設計するとフル認証が必要でコスト・時間が大きいです。初期のスタートアップは通常事前認証モジュールで始めます。

認証戦略

自前のチップ+アンテナ設計 -> フル RF 認証が必要(高価、数か月)
事前認証 BLE モジュール   -> 認証が大幅に簡素化(推奨開始点)

トレードオフ:モジュールはやや大きく高価だが、認証・開発リスクを大きく減らす。

11. よくある落とし穴

  • アンテナ下のグラウンド:アンテナキープアウトを守らずグラウンドを敷くと BLE がほぼ機能しません。最も多い RF 失敗。
  • デカップリングの位置:コンデンサをチップから遠くに置くと電源が揺れ間欠的に誤動作。
  • DFM の無視:メーカーの限界を超える細い線・小さなビアで設計し不良を量産。
  • テストポイントの欠落:量産テストパッドを入れず生産ラインで検査不可。
  • 部品高さの見落とし:背の高い部品ひとつが指輪の厚さを増やし装着感を損なう。
  • 認証を遅く考える:全部作った後で認証を思い出すと再設計が必要になりうる。最初からモジュール/認証を考慮。

12. おわりに — シリーズ総括

今回の第 6 回で FingerScore 回路を本当に触れる指輪にする PCB 設計を扱いました。スキマティックから PCB への流れ、配置とルーティング、指輪フォームファクターの制約、2.4GHz アンテナレイアウト、4 層平面、部品パッケージと半田付け、DFM・ガーバー・発注、アセンブリ、機構設計、そして量産と認証まで — 回路を手にできる物に変える全過程を押さえました。

シリーズ全体の振り返り

FingerScore ハードウェアシリーズを通じて、私たちはアイデアから製品までの旅を一緒に歩きました。

FingerScore ハードウェアシリーズ地図

第 1 回: MCU 選択と開発環境        -> 頭脳を選ぶ
第 2 回: センサーとジェスチャー検出 -> 指の動作を読む
第 3 回: ファームウェアの基礎      -> 頭脳に思考を植える
第 4 回: BLE 無線通信   (前回)     -> 点数を無線で送る
第 5 回: 電源・電池・回路 (前回)   -> 長く点ける
第 6 回: PCB 設計と小型化 (今回)   -> 指輪にする

初めて組み込みに触れる方にとってハードウェアは漠然と見えます。ソフトウェアと違い「元に戻す(undo)」ができず、見えない無線と電流を扱い、間違えると部品が燃えることもあります。しかし一段ずつ分解すれば、各段階は十分に学べる明確な原理の上に立っています。

このシリーズが皆さんが自分で小さな機器を作ってみる第一歩になることを願います。指の上で点数がトンと上がるあの小さな魔法は、このすべての段階が積み重なった結果です。自分で作ってみてください。無線が切れ、電池が死に、アンテナが捕まらないそのすべての挫折の末に、初めて携帯に点数が出る瞬間の喜びは何にも代えがたいものです。

読んでくださりありがとうございました。良いビルディングを。


参考資料