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AI シビックテック & ガバテック & 選挙 2026 完全ガイド - Ballotpedia · Civic Eagle · FixMyStreet · Code for America · Code for Korea · Code for Japan · vTaiwan · Decidim · Polis · GovTech Singapore 徹底解説
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- Youngju Kim
- @fjvbn20031
はじめに — 2026年5月、シビックテックは「公共インフラ」になった
2010年代前半のシビックテックは、週末ハッカソンとボランティアコードの領域だった。2026年5月の今、その風景はほぼ別物になっている。Code for America は22年を超え、米国の SNAP・Medicaid 更新フローの一部を支える。mySociety FixMyStreet は英国数百自治体の公式311窓口だ。台湾 vTaiwan は Polis アルゴリズムで合意形成事例を10年以上積み上げてきた。韓国の公共データポータルと日本のデジタル庁は、政府が直接運営する公共デジタルインフラになった。
本稿は「シビックテックは素晴らしい」というキャンペーン記事ではない。2026年5月時点で、どのツールがどこに収まり、AI が何を付け加えたかを正直に比較する — 選挙情報、立法追跡、市民参加プラットフォーム、311、公開データ、シビックハッキングコミュニティ、商用ガバテックまで一気通貫で見る。
シビックテック 2026 地形図 — 6レイヤーで分解する
まず全体像から。2026年のシビック/ガバテックスタックは6レイヤーに分かれる。
- 選挙情報 + 完全性(election information & integrity): 候補者・投票用紙・寄付・ファクトチェック
- 立法追跡(legislative tracking): 法案・採決・議員活動
- 市民参加(participation): 公論・熟議・意思決定プラットフォーム
- 311 / 非緊急サービス申請(service requests): 道路・街灯・苦情
- 公開データ + FOIA(open data + records): データポータル・情報公開請求
- 商用ガバテック(commercial): 自治体 ERP・ウェブ・許認可・会計
各レイヤーが独立した市場として成熟し、その上に LLM が「公聴会要約、FOIA 回答生成、Polis 意見クラスタラベリング」の形で乗っているのが現状だ。
選挙情報レイヤー — Ballotpedia, Vote411, OpenSecrets
米国の選挙情報の事実上の標準は3つだ。
- Ballotpedia: 2007年設立の非営利・非党派(non-partisan)選挙・政策ウィキ。50州すべての投票用紙、候補、住民投票案を網羅する。2026年5月時点で50万件以上の項目を持つ。
- Vote411 (League of Women Voters Education Fund): 2020年、LWV 創立100周年を機に始まった非党派有権者ガイド。郵便番号ベースのカスタム投票用紙を提供する。
- OpenSecrets (Center for Responsive Politics): 1983年設立。FEC 公開データを基にした選挙資金追跡。累計1兆ドル超の PAC・ロビーデータを保持する。
サブの厚みも大きい。
- Politifact、FactCheck.org: 非党派ファクトチェック。iter94 のニュースファクトチェック記事で扱った。
- Sightline Institute: 米国太平洋北西部の政策分析。
- Free & Equal Elections Foundation: 多党制・代替投票方式の擁護団体。
- Cook Political Report, Sabato's Crystal Ball: 学術・メディアの選挙予測。
Vote411 の強さは「郵便番号ひとつで自分の投票用紙が作られる」シンプルさにある。候補推薦のようなバイアス要素を意図的に排除し、候補本人が書いた質疑応答だけを露出する。これが LWV の100年非党派原則だ。
立法追跡 — Civic Eagle, FiscalNote, OpenStates, GovTrack
法案追跡市場は2つに分かれる。商用 SaaS と、オープン/非営利だ。
- Civic Eagle (Enview): 2017年ミネソタ創業。米国50州+連邦の立法データを単一インターフェイスで提供。2022年に FiscalNote が買収との報道もあったが、2026年現在も Enview ブランドで運営されている。
- FiscalNote: 2013年創業、2022年 NYSE 上場(NOTE)。AI ベースの立法影響分析。2024年第4四半期に非公開化を発表後、リストラ進行中。2026年5月時点で政府+企業コンプライアンス領域に集中している。
- Quorum Analytics: 2014年、ハーバード学部生が創業。公共政策・ロビー CRM。2025年に売上1億ドルを突破。
- OpenStates (Open States project / Plural Policy): 非営利。米国州議会データを無料公開。2009年に Sunlight Foundation で始まり、現在は Plural Policy が運営。
- GovTrack.us: 2004年に Joshua Tauberer が始めた連邦議会追跡サイト。採決記録、法案進捗、議員カードを無料公開する。米国シビックテック第1世代の象徴。
- LegiScan: 50州+連邦の無料立法データ API。非営利運営。
商用は「企業ロビー・政策チーム向け SaaS」、非営利は「記者・市民向け無料データ」と市場が分かれた。
米国議会データ — GovTrack から Congress.gov へ
連邦議会データの歴史は、シビックテック自体の歴史だ。
- GovTrack.us (2004〜): Tauberer 個人プロジェクトから始まり、議員採決データを初めて市民フレンドリーな形に加工した。
- ProPublica Congress API (2008〜2024): 2024年1月、ProPublica は Congress.gov への一元化を理由に API を sunset(終了)した。以後、Congress.gov 公式 API が強化された。
- Congress.gov API: 議会図書館(Library of Congress)運営の公式 API。法案テキスト、採決、委員会活動を標準フォーマットで提供する。
- @unitedstates project: 非公式ボランティア GitHub 組織。議員名簿 YAML、法案テキストパーサーなど、シビックデータ標準の事実上の lingua franca。
2026年5月時点で、市民側データインフラは Congress.gov 公式 API + @unitedstates YAML + GovTrack の組み合わせで標準化された。
市民参加プラットフォーム — Decidim, Polis, Consul, CitizenLab
市民参加 SaaS・OSS は欧州が最も成熟している。
- Decidim: 2016年バルセロナ市役所が作った Ruby on Rails OSS。AGPL-3.0 ライセンス。2026年5月現在、EU 都市250以上+EU 外100以上の都市が採用している。
- Consul Democracy: 2015年マドリード市役所が作った Ruby on Rails OSS。AGPL-3.0。マドリード、ブエノスアイレスなど30カ国100都市以上で運営。
- CitizenLab: 2015年ベルギー・ブリュッセル創業。商用 SaaS。2024年に GoVocal にリブランド。欧州500の地方政府が採用。
- Polis (The Computational Democracy Project): 2012年シアトル発の OSS。意見ベクトルを PCA で2次元投影し、合意可能領域を自動的に浮かび上がらせる。2014年に台湾 vTaiwan が採用したことで世界的に有名になった。
- Your Priorities (Citizens Foundation, アイスランド): 2008年開始。2009年レイキャビク "Better Reykjavik" キャンペーンで使われた。
- Loomio: 2012年ニュージーランドの協同組合創業。小グループ意思決定 OSS。
各プラットフォームのポジションは微妙に異なる。Decidim は「参加型予算+政策公論」のフルスタック、Polis は「意見クラスタリング+合意抽出」のアルゴリズム、CitizenLab は「管理者 UX が最も滑らかな商用 SaaS」だ。
Polis — 意見クラスタリングの動作原理
Polis は単純な調査ではない。その動作原理が肝だ。
- ファシリテーターがトピックを開く。
- 市民が「賛成/反対/パス」の3択で意見(statement)に投票する。
- 誰でも新しい意見を追加でき、他人がそれに同じ方法で投票する。
- Polis サーバーが意見・ユーザー行列を PCA で2次元投影し、opinion groups(クラスター)を動的に同定する。
- グループをまたいで多数が賛成した意見が consensus statements として自動抽出され、交渉の出発点になる。
vTaiwan 事例でよく引かれるのが2015年の Uber 合法化議論だ。Polis は「ドライバー保険・ライセンス」のような全クラスター合意項目を引き出し、それが立法に繋がった。2026年5月時点で Polis は MIT ライセンス OSS として GitHub の compdemocracy/polis から取得できる。
vTaiwan — 台湾政府+市民協業の10年
台湾シビックテックは、2014年のヒマワリ学生運動(太陽花學運)を起点に語られる。
- g0v.tw (gov zero): 2012年に始まったシビックハッカーコミュニティ。政府サイトの .gov.tw を .g0v.tw に置き換え、同じデータを市民フレンドリーな UI で作り直す。
- vTaiwan: 2014年に PDIS(公共デジタル革新空間)と g0v.tw のコラボで始まった。Polis + Discourse + Hackpad を組み合わせて政策議論を運営する。
- Audrey Tang(オードリー・タン): 2016〜2024年、デジタル発展部大臣。2024年5月の任期終了後はフリーの活動家として復帰。vTaiwan と Plurality Institute で活動。
- Plurality Institute: 2024年、Audrey Tang と Glen Weyl が共同設立。書籍「Plurality」(2024年出版)の後継活動。
vTaiwan は立法拘束力こそ無いが、政府が「ここで合意された案を優先検討する」と公言しているため実質的な影響力を持つ。50件以上の政策が vTaiwan を経由して立法された。
311 / 非緊急サービス申請 — FixMyStreet, SeeClickFix
道路の穴・街灯故障のような非緊急通報は、シビックテックが最も早く成功した領域だ。
- FixMyStreet: 2007年に英国 mySociety が作った OSS。AGPL。英国200以上の地方議会の公式通報窓口。世界30カ国以上に展開。
- SeeClickFix: 2008年米コネチカット創業。2019年に CivicPlus が買収。米国300以上の都市で利用。
- PublicStuff: 2009年創業、2017年に Accela が買収。現在は Accela Civic Engage ライン統合。
- Markeze、NextRequest 等の補助ツールもあるが、実質市場は FixMyStreet(英連邦)+ SeeClickFix(米)+ Tyler/Accela 統合311(商用ガバテック)で分かれている。
FixMyStreet の強みは「自治体ドメインのシンプル埋め込み+その自治体の contact API 接続」だ。通報は自動的に該当議会のチケットシステムに入る。英国 mySociety が無料ホスティングと有料 Pro オプションを併せて提供する。
mySociety のフルスタック — TheyWorkForYou, WriteToThem, WhatDoTheyKnow
mySociety は英国シビックテックの代表的非営利団体だ。フルスタックを持つ稀有な事例だ。
- TheyWorkForYou (2004〜): 英国議会・スコットランド・ウェールズ議会の活動追跡。議員採決・発言検索。
- WriteToThem (2005〜): 郵便番号で自分の選挙区議員にメール。
- WhatDoTheyKnow (2008〜): FOI(情報公開)請求+回答公開プラットフォーム。60万件以上の請求。
- FixMyStreet (2007〜): 上記の311。
- mySociety Research (2016〜): シビックテック影響評価リサーチ。
- EveryPolitician(終了): 世界中の議員データセット。2019年終了後、Wikidata に移管。
mySociety はフルスタックを OSS+商用コンサルティングのハイブリッドで維持している。英国以外では「mySociety の OSS をその国のコミュニティがフォークして運営」のパターンが一般的だ。
公開データポータル — data.gov, data.gov.uk, GovData.de
公開データ(open data)運動は2009年が起点だ。
- data.gov (米国): 2009年5月、オバマ政権発足初年に公開。2026年5月現在、30万データセット以上。
- data.gov.uk (英国): 2010年1月公開。Tim Berners-Lee と Nigel Shadbolt が主導。6万データセット以上。
- GovData.de (ドイツ): 連邦・州データポータル。12万データセット以上。
- data.europa.eu (EU): 28カ国メタデータカタログ。170万データセット以上をインデックス。
公開データの標準化を進めた団体もある。
- Open Knowledge Foundation (OKF): 2004年ケンブリッジ創立。CKAN データポータル OSS のメンテナー。
- Open Data Institute (ODI): 2012年ロンドン創立。Tim Berners-Lee + Nigel Shadbolt。Open Data Certificate、ODI 認証人材の育成。
- CKAN: AGPL。2026年5月時点、100カ国以上の政府が採用。
韓国の公開データ — data.go.kr と限界
韓国の公共データポータル(data.go.kr)は2013年に発足した。
- 公共データポータル (data.go.kr): 韓国知能情報社会振興院(NIA)運営。2026年5月現在、約9万件のファイル・API データセット。
- 国家重点データ: 14大分野の優先公開データセット。
- 公共データ活用支援センター: 民間活用企業のコンサルティング。
- 国民申聞鼓 (epeople.go.kr): 1996年に始まった政府民願・請願統合窓口。国民権益委員会運営。
- 国民請願(旧青瓦台→終了): 2017〜2022年運営。2022年5月の政権交代後に終了、一部機能は「国民提案」に移管。
韓国の公共データには定番の弱点指摘がある。
- フォーマット非標準: 同テーマでも市・道ごとにカラム名が異なる。
- HWP/PDF 比率: 機械可読が難しい形式が多い。
- API 制限: コール数・認証キーの制約で商用利用が難しい。
2024〜2025年のデジタルプラットフォーム政府委員会(DPG)発足以後、標準 API・統合 ID(データ ID)を整える動きがある。
Code for America — 22年目のシビックテック代表
Code for America(CfA)は2009年に Jennifer Pahlka が始めた。2026年5月時点で22年目だ。
- CfA Fellowship (2011〜2018): 毎年約30人の開発者・デザイナーを1年間地方政府に派遣。
- GetCalFresh.org: 2014年開始。カリフォルニアの SNAP 申請補助。累計100万人以上の申請をサポート。
- Clear My Record (CMR): 2016年開始。カリフォルニアの大麻有罪記録の自動封印(Prop 64 + AB 1793 後続)。2026年5月までに14万件以上を処理。
- GetYourRefund: 2019年開始。低所得層 EITC 税申告補助。
- Tomorrow.gov initiatives: 2024年開始の次世代政府デジタルサービス設計プログラム。
- Code for America Brigade Network: 米国60都市のボランティアブリゲード。
CfA の影響力は「USDS(US Digital Service)、18F、VA Digital Service のモデルになった」点にある。Jennifer Pahlka の著書「Recoding America」(2023)は、政府デジタル化の標準テキストになった。
Code for All — グローバルシビックテックネットワーク
CfA は米国一国だが、シビックハッキング運動はグローバルだ。
- Code for All: 2014年に CfA 主導で始まったグローバルネットワーク。2026年5月現在、30カ国以上が参加。
- Code for Korea: 2015年開始。月次ミーティング・ハッカソン。ソウル市・行政安全部とのコラボ。
- Code for Japan: 2013年、関 治之(Hal Seki)らが創立。一般社団法人。2020年のコロナ東京都ダッシュボード OSS で世界的に有名になった。
- Code for Pakistan: 2013年開始。ペシャワルなど KP 州政府とのコラボ。
- Code for Nepal: 2014年開始。
- Code for Germany (CKO / mySociety + OKF.de): 2014年開始。14都市の OK Lab ネットワーク。
- Code for Africa: 2012年開始。データジャーナリズム中心。PesaCheck などのファクトチェックパートナーシップ。
これらは緩やかな連合で、各国が独立した法人・財務を持つ。
Code for Japan — 東京都コロナダッシュボードとその後
Code for Japan の決定的瞬間は2020年3月だ。
- 東京都新型コロナウイルス対策サイト: 2020年3月4日公開。東京都情報戦略部門が発注し、Code for Japan + デザイナー + ボランティアが GitHub で OSS として協業した。初コミットから GitHub で公開された。
- 50以上のフォーク: 台湾、韓国、米国、ヨーロッパなど30カ国以上が同じコードベースをフォークして自国コロナダッシュボードを作った。
- シビックテックチャレンジカップ: 2014年から毎年運営。学生・市民シビックプロジェクトコンテスト。
- デジタル庁との連携: 2021年9月のデジタル庁発足後、CfJ は非公式アドバイザー的役割を担う。
CfJ の強さは「政府発注を OSS で受け、GitHub で協業する」というワークフロー自体だ。2020年以後、日本の地方政府でもこのパターンが徐々に標準化している。
デジタル庁 — 日本政府直属のデジタル庁
デジタル庁は2021年9月1日に発足した。
- 発足背景: 2020年コロナ特別定額給付金の行政混乱が直接の契機。
- マイナンバーカード: 2016年から始まった12桁社会保障番号カード。2024年12月、紙の保険証をマイナ保険証に統合。
- マイナポータル: 政府の e-Gov 統合ポータル。税金・年金・児童手当申請を一箇所に。
- ガバメントクラウド: 2026年5月までに17の自治体の一部システムをクラウド移行完了。
- デジタル原則: データ、クラウド、デジタルサービスなど5大原則。
- 政府CIOポータル: 2026年5月時点でデータ・標準・デザインガイドを掲載。
デジタル庁は「政府直属でありながら民間出身者を50%以上採用」する点が特徴だ。英国 GDS(Government Digital Service)と米国 USDS の日本版だ。
GovTech Singapore — 政府デジタル化の模範事例
シンガポールの GovTech(Government Technology Agency)は2016年発足の政府機関だ。
- GovTech Singapore: 2016年に通信情報省から独立。2026年5月現在、職員3,000人以上。
- Smart Nation Singapore: 2014年開始の国家デジタル戦略。
- Singpass: 2003年開始の政府単一認証。2026年5月時点で成人の99%が保有。
- MyInfo: 政府データの同意ベース共有。200以上の政府・銀行・通信サービスと統合。
- OpenGovProducts: GovTech が作った OSS。FormSG(電子フォーム)、Postman.gov.sg(メール送信)、Sgid(外部ログイン)など。
- HIVE ファンド: GovTech 社内スタートアップアクセラレーター。
シンガポールモデルの肝は「政府直属+民間賃金+政府発注を GovTech 自身が受けて OSS として作り外部公開」の組み合わせだ。
韓国ガバテック — 電子政府標準フレームワークとその後
韓国の政府デジタル化は1990年代からの長い蓄積がある。
- 電子政府標準フレームワーク (eGovFramework): 2009年に行政安全部発注。Spring ベースの Java フレームワーク。政府・公共機関の発注システムの標準。Apache 2.0。
- 公共機関クラウドコンピューティング導入ガイド: 2016年施行、2025年改訂。
- 政府24 (gov.kr): 2017年開始の政府統合民願ポータル。マイデータ・電子証明書を統合。
- 国民秘書(クッパ): 2021年開始の政府プッシュ通知+チャットボット。カカオトーク・ネイバーラインと連携。
- デジタルプラットフォーム政府委員会 (DPG): 2022〜2025年運営、2025年に組織変更。政府データ・システム統合戦略。
- 世宗スマートシティ国家試験都市: 2018年指定。5-1 生活圏でモビリティ・ヘルス・教育の統合実証。
韓国電子政府の強みは「標準フレームワークの統一性」だが、弱点は「民間出身者比率が日本・シンガポールに比べ低い」点だ。
カカオ・トゥギャザー、Naver Happybean — 韓国型民間シビックインフラ
韓国で公共・市民団体が最もよく出会う場所は政府チャネルではなくポータルだ。
- カカオ・トゥギャザー(Kakao Together): 2007年に始まったカカオの寄付プラットフォーム。シンプル寄付+「共感=100ウォン カカオマッチ」モデル。累計1,000億ウォン以上。
- Naver Happybean: 2005年に始まったネイバーの寄付プラットフォーム。豆(仮想通貨)で NGO に寄付。
- WePeak Together-Crowd, Wadiz: 社会革新・市民プロジェクトのクラウドファンディング。
- 「みんなの発議」(ソウル市): 2017年に始まったソウル市の市民提案プラットフォーム。Decidim の影響を受けた自前構築。
- ソウル市「千万想像オアシス」: 2006年開始。第1世代の市民提案ポータル。
商用ポータルを市民インフラとして借用するパターンは、韓国シビックテックのユニークな形だ。
商用ガバテック — Tyler, Granicus, OpenGov, Accela
OSS・非営利だけでは市役所は回せない。米国の自治体 IT 予算の大部分は商用ガバテックが取る。
- Tyler Technologies (NYSE: TYL): 1966年創業。米国自治体 ERP・財産税・裁判所・311統合の1位。2026年5月時点で時価総額280億ドル前後。
- Granicus: 2003年創業。政府ウェブサイト・会議ストリーミング・サブスクリプション通知。米国4,500以上の政府顧客。
- OpenGov (Cox 傘下): 2012年創業、2024年に Cox Enterprises が買収。地方財政+予算+市民参加 SaaS。
- CivicPlus: 1998年カンザス創業。自治体ウェブ・311・人事 SaaS。米国6,500以上の政府顧客。
- Accela: 1999年創業。許認可・許可・都市計画 SaaS。米国270以上のカウンティ・都市。
- NEOGOV: 1999年創業。政府採用・人事 SaaS。
商用ガバテックの価格モデルは「初期構築費+年間ライセンス+モジュール別追加費」の伝統的エンタープライズ形態がほとんどだ。
MuckRock — FOIA 請求のシビックインフラ
米国で情報自由法(FOIA)請求は手続きが複雑だ。これを SaaS にしたのが MuckRock だ。
- MuckRock (2010〜): ボストン非営利+LLC ハイブリッド。5万件以上の FOIA 請求を市民・記者の代わりに送付・追跡・公開している。
- DocumentCloud: 2008年に IRE(調査報道記者協会)とのコラボで始まった。非営利。2017年に MuckRock が買収。文書公開・OCR・注釈。
- Big Local News (Stanford): 2018年開始。地域データジャーナリズムインフラ。
- 韓国公共データ法 (2013年施行): 統合された MuckRock 的市民プラットフォームはまだ存在しない。
MuckRock は請求費+広告+寄付のハイブリッドで運営される。米国 FOIA の市民活用における事実上の標準ゲートウェイだ。
選挙完全性とサイバーセキュリティ — CISA, EI-ISAC, MITRE
2016年の米大統領選以後、選挙サイバーセキュリティは独自の領域として確立した。
- CISA (Cybersecurity and Infrastructure Security Agency): 2018年に DHS 傘下で発足。選挙インフラを「16の重要インフラ」の1つに分類。
- #Protect2024(現 #Protect2026 に更新): CISA が主導する選挙サイバーセキュリティキャンペーン。
- EI-ISAC (Election Infrastructure ISAC): 2018年発足。CIS(Center for Internet Security)運営。50州+6,000以上のカウンティ・市選管機関が加入。
- MITRE Election Integrity Portfolio: 非営利 MITRE による選挙技術研究・ツール。
- NIST SP 1500-100r2: 米国標準技術研究所の投票システムガイドライン。
- VVSG 2.0 (Voluntary Voting System Guidelines): EAC 発表。2026年5月時点で多くの州が認証作業中。
iter94 ファクトチェック記事で扱った NewsGuard Elections・EU Code of Practice on Disinformation のような情報完全性領域とは別トラックだ。
AI for civic — 公聴会要約、FOIA 回答、Polis ラベリング
2024年以後シビックテックに LLM が入ったパターンは比較的一貫している。
- 公聴会要約+発言者分類: 市議会・区議会の会議録(往々にして数百ページ)を LLM で要約・検索。CfA の「Hearings Tool」が代表事例。
- FOIA 回答ドラフト生成: 政府側でも回答時間短縮のため LLM ドラフト+人間レビュー。ウィスコンシン・カリフォルニアの一部カウンティでパイロット。
- Polis 意見クラスタラベリング: 意見グループに LLM が自動でラベルを付ける実験。CompDemocracy + Anthropic 共同研究(2024)。
- 市民チャットボット: 韓国国民秘書、日本デジタル庁チャットボットが LLM ベースに段階移行中。
- 法案影響評価: FiscalNote の影響評価モデルが2024年から GPT 系埋め込み+独自モデルのハイブリッド。
ここで気をつけるべきガバナンス課題が2つある。第1は ハルシネーション+政府への信頼 の非対称性だ。政府チャットボットが誤った政策案内をすれば責任は政府に帰属する。第2は 市民データのプロンプト利用同意 だ。公聴会発言者が LLM 学習データに含まれる問題は、EU AI Act・GDPR・韓国個人情報保護法の文脈で明示同意が必要だ。
EML — 選挙データ標準の空席
選挙データをシステム間で交換する標準は存在する。
- OASIS Election Markup Language (EML): 2002年開始。候補、投票用紙、結果、有権者名簿の XML スキーマ。
- NIST 1500-1xx シリーズ: 米国標準技術研究所の投票結果報告標準。
- VVSG 2.0: 上記 EAC ガイド。
- W3C ODRL, schema.org/GovernmentService: 政府サービスメタデータ標準。
問題は採用率が低いことだ。米国50州はいまだ結果を PDF・CSV で発表する。EML 採用は英・EU の一部で部分的だ。2026年5月の現実は「EML のような標準は存在するが、実際には OpenStates・BallotReady のような非営利が州ごとに別パーサーで収集し標準化している」ことだ。
日韓の市民請願+デジタル行政比較
韓国と日本の市民請願・デジタル行政は形が異なる。
- 韓国国民申聞鼓 (epeople.go.kr): 1996年開始。国民権益委員会運営。行政民願・苦情+政策提案。2026年5月時点で累計1,000万件以上。
- 韓国国民同意請願 (legislation.go.kr): 2020年開始。30日以内に5万人の同意で国会委員会に回付。
- 日本内閣府 PIO-NET: 消費者民願統計。市民直接請願とは別物。
- 日本自治体 e-Gov: 自治体電子請願。デジタル庁マイナポータルとの統合が進行中。
- 日本国会請願: 憲法上の権利。議員紹介が必要。2024年にデジタル提出の試行運用が始まった。
韓国は請願→回答の可視性が高い一方、日本は請願の議会議題化に議員紹介が必須でデジタル化の速度が相対的に遅い。
OpenSecrets データ活用 — 選挙資金追跡のディテール
OpenSecrets データは FEC 公開を加工したものだ。
- Top Industries / Top Contributors: 候補別の業種・寄付者の上位分布。
- Lobbying Database: LDA(Lobbying Disclosure Act)申告+外国ロビー(FARA)統合。
- Personal Finances: 議員の資産公開(Periodic Transaction Reports を含む)。
- Revolving Door: 政府→民間の移動追跡。
- Bulk Data: 学術用データセット。CSV・SQL ダウンロード。
- API: 学術+非営利は無料、商用は有料。
OpenSecrets データは学術+ジャーナリズムで事実上の標準だ。ただし「FEC 公開自体の時間差(四半期単位)」があるため、リアルタイム選挙分析には限界がある。これを補うのが ProPublica の独自データや Sludge のような補助メディアだ。
シビックテック評価 — インパクト測定の難しさ
シビックテックの最大の挑戦は「インパクトをどう測定するか」だ。
- CfA「Outcomes Framework」: 単純な利用者数ではなく「前科封印件数、SNAP 申請通過率」のような成果指標。
- mySociety Research: 2016年からシビックテック影響評価研究を出版。
- TICTeC (The Impacts of Civic Technology Conference): mySociety 主催の年次カンファレンス。2026年6月に第13回が予定されている。
- MIT GOV/LAB, Stanford d.school: 学術側のシビックテックインパクト研究。
評価の本質的な難しさは「シビックテックツールがなかった場合どうだったか」の反事実(counterfactual)を測定しづらいことだ。RCT(無作為対照)実験が可能な場合(例: GetCalFresh)は明確に効果が実証されるが、大多数のツールではそうではない。
まとめ — 2026年シビックテックの座標5つ
最後に2026年5月シビックテックの座標を5つに整理する。
- 選挙情報+完全性 は Ballotpedia · Vote411 · OpenSecrets + CISA · EI-ISAC の組み合わせが事実上の標準だ。
- 立法追跡 は非営利(OpenStates · GovTrack · LegiScan)と商用(FiscalNote · Civic Eagle · Quorum)が市民・企業市場を分け合った。
- 市民参加 は欧州(Decidim · Consul · CitizenLab)がフルスタックで先行、台湾 vTaiwan + Polis がアルゴリズム、米国が311(FixMyStreet · SeeClickFix)に強い。
- 公開データ は政府ポータル(data.gov · data.go.kr · デジタル庁)と市民インフラ(MuckRock · OKF · ODI)が分離運営。
- 商用ガバテック は Tyler · Granicus · OpenGov · CivicPlus · Accela に、シンガポール GovTech のような国家直属モデルが共存する。
AI はこの5レイヤー各々に「要約+検索+自動応答」の形で追加されたが、レイヤー自体を書き換えてはいない。シビックテックの本質は結局「政府と市民の距離を縮めること」であり、ツールはその作業の表面にすぎない。
References
- Ballotpedia
- Vote411 (League of Women Voters)
- OpenSecrets
- Civic Eagle (Enview)
- FiscalNote
- OpenStates / Plural Policy
- GovTrack.us
- LegiScan
- Decidim
- Consul Democracy
- CitizenLab / GoVocal
- Polis (CompDemocracy)
- vTaiwan
- g0v.tw
- mySociety
- FixMyStreet
- SeeClickFix (CivicPlus)
- data.gov
- data.gov.uk
- data.go.kr
- Open Knowledge Foundation
- Open Data Institute
- Code for America
- Code for All
- Code for Korea
- Code for Japan
- Code for Germany / OKF.de
- Tyler Technologies
- Granicus
- OpenGov
- CivicPlus
- Accela
- MuckRock
- GovTech Singapore
- デジタル庁
- 電子政府標準フレームワーク (韓国)
- CISA #Protect2026
- Election Infrastructure ISAC
- MITRE Election Integrity
- OASIS Election Markup Language (EML)
- TICTeC Conference