ふたたび熱を帯びた空
夜空を見上げると、ひとつ不思議なことが起きています。星ではないのに星のように動く点が、列をなしてゆっくりと空を横切っていきます。衛星です。それも一つや二つではなく、数十個が真珠の首飾りのように連なる姿を、都市の郊外でもしばしば見られるようになりました。
ほんの一世代前まで、宇宙は二つの超大国が威信を賭けて競い合う舞台でした。天文学的な予算と、国の命運を賭けた決断があってはじめて、一基のロケットが空へと昇りました。ところがいまは事情がずいぶん変わりました。民間企業がロケットを作り、それを回収してふたたび打ち上げ、一度に数十基の衛星を軌道に放ちます。宇宙はもはや一握りの存在の独占ではなく、ますます多くの担い手が出入りする混み合った空間へと変わりつつあります。
この文章では、その変化を落ち着いて追ってみたいと思います。何がコストをこれほど押し下げたのか、民間企業は何をしているのか、衛星と月と火星をめぐる夢はどこまで来ているのか、そしてその裏で次第に大きくなる宇宙ごみとガバナンスの課題は何か。最後に、宇宙の商業化をめぐる賛否を、どちらか一方に偏らないように見ていきます。
ひとつあらかじめお断りしておきます。この文章に登場する数字は、おおむね大きな流れを示すためのおおよその値です。正確な数値は時期や出典によって変わりますので、細かな数字よりも、変化の方向と意味に重きを置いて読んでいただければと思います。宇宙は速く変わる分野なので、今日の最新の記録が明日には昔話になることもあります。
もうひとつ、この文章は特定の企業や国を応援したり、けなしたりするためのものではありません。新しい宇宙の時代は英雄譚として読みやすいものですが、そうとだけ見ると、その裏にある危険や責任を見落としがちです。逆に危険ばかりを強調すると、この変化が実際にもたらした効用と可能性が見えなくなります。ですからこの文章は、できるかぎり両方を併せて照らそうとしています。光だけも、影だけも見ようとしない試みだと受け取っていただければと思います。
最初の宇宙競争 — 威信が空へ昇った時代
二つの陣営の対決として始まった宇宙
いまの変化をきちんと理解するには、その出発点となった最初の宇宙競争を少し振り返る必要があります。二十世紀の半ば、世界は二つの巨大な陣営に分かれていました。宇宙は、その対決が最も華やかに繰り広げられた舞台でした。誰が先に人工衛星を上げるか、誰が先に人を宇宙へ送るか、誰が先に月に足を踏み入れるか。これらの問いは単なる科学の問題ではなく、体制の優越を証明する象徴の戦いでした。
最初の人工衛星が軌道に上がった出来事は、世界中に衝撃を与えました。小さな金属の球が頭上を回って信号を送るという事実だけで、一方の陣営は技術への誇りを、もう一方の陣営は追いつかねばという焦りを覚えました。やがて人が初めて宇宙に入り、数年後には人類が月の表面に足跡を残しました。わずか十数年のあいだに起きたこの飛躍は、いま振り返っても驚くべき速さでした。
コストを問わなかった時代
最初の宇宙競争の最大の特徴は、コストをほとんど問わなかったことです。目標は勝つことであり、そのためなら国家は莫大な予算を注ぎ込みました。月へ人を送る計画には一国の予算のかなりの部分が投じられ、数十万人が携わりました。効率は重要ではありませんでした。重要なのは、先に、そして確実に成し遂げることでした。
このやり方は驚くべき成果を生みましたが、同時に続けるのは難しいものでした。威信の頂点を極めたあと、宇宙への熱はゆっくりと冷めていきました。莫大な費用を正当化する名分が弱まったからです。人々は月へふたたび行く代わりに、地球の近くの軌道でより実用的な仕事をするほうへと目を向けました。スペースシャトルと宇宙ステーションの時代がそうして開かれました。
ここでひとつ押さえておく価値があります。最初の宇宙競争がコストを問わなかったという事実は、いまのコスト革命がなぜこれほど大きな転換なのかを、逆から照らし出してくれます。過去にはコストが目標を阻まなかったため、誰もロケットを節約して使う理由がありませんでした。けれども威信という動機が冷めると、コストは急に最も重要な問題になりました。何が宇宙を動かすかが変わると、何を節約し何を追うかも併せて変わります。新しい宇宙の時代のコスト革命は、まさにその動機の転換の上で育ったのです。
競争から協力へ、そしてふたたび競争へ
興味深いのは、最初の競争が終わったあと、宇宙がしばらく協力の空間になったことです。かつて敵対していた陣営が、ともに巨大な宇宙ステーションを築き上げました。宇宙では国籍の異なる宇宙飛行士が同じ空気を吸いながら一緒に働きました。競争が協力に変わったこの時期は、宇宙がかならずしも対決の舞台である必要はないという可能性を示しました。
そしていま、宇宙はふたたび競争の色を帯び始めました。ただし今回の競争の性格はかなり違います。国家対国家の威信の対決ではなく、企業と企業、国家と企業、そしていくつもの国が入り混じった複合的な競争です。最初の競争が旗を立てることだったなら、いまの競争は市場を開くことに近いものです。この違いを念頭に置くと、新しい宇宙の時代がいっそうはっきりと見えてきます。
この点でひとつ付け加えたいことがあります。競争という言葉はいつも対決の像を思い起こさせますが、宇宙では競争と協力が妙に入り混じります。同じ市場をめぐって争う企業どうしが同時に同じ安全規範に従わねばならず、異なる国が競い合いながらも、軌道の混雑やごみといった共通の問題の前では協力せざるを得ません。宇宙は、一方が勝てば他方が負ける単純なゲームではありません。皆が共に使う空間であるがゆえに、ひとりの担い手の不注意が結局は皆に返ってくるという事実が、競争の只中にも協力の影を落とします。
コスト革命 — ロケットを捨てないという発想
なぜ宇宙はそれほど高価だったのか
宇宙が高価だった理由は、意外なほど単純です。ロケットはたいてい一度使って捨てるものだったからです。莫大な価値を持つ精密機械が、任務を終えると海に落ちて消えていきました。たとえるなら、ある都市から別の都市まで飛行機で行ったあと、その飛行機をまるごと廃棄し、次の客のために新しい飛行機を一から作り直すようなものでした。もし航空旅行がそんな具合だったなら、一枚の航空券に家一軒分の費用がかかったでしょう。
打ち上げコストは、しばしば軌道に一キログラムを運ぶのにかかる金額で測られます。長らくこのコストは、一キログラムあたり数万ドルという水準からなかなか下がりませんでした。ですから人工衛星は小さく軽く作るほどよく、宇宙は政府機関や巨大通信会社のように資金の豊かなところだけが近づける領域でした。
ゲームチェンジャーとしての再使用
流れを変えた鍵は再使用です。ロケットの第一段、つまり最も大きく高価な部分を打ち上げ後に回収し、整備してふたたび使おうという発想です。言葉は簡単ですが、空へ突き進んだのち超音速で落ちてくる巨大な金属の柱を損傷なく、しかも正確な地点にまっすぐ立てて着陸させることは、長いあいだ空想に近いものと考えられていました。
この発想を実際に示してみせたのがスペースXです。打ち上げられた第一段が逆さに降りてきて、地上や海上のはしけの上に脚を広げてそっと降り立つ場面は、初めて見たとき映画の一場面のように感じられました。同じロケットを整備して何度も再打ち上げすることで、一度の打ち上げにかかるコストを大きく下げることができました。
コストが下がる具体的な原理
再使用がなぜコストを下げるのか、もう少し覗いてみましょう。ロケットで最も高価な部分はエンジンと第一段の構造物です。この部分を毎回新しく作らず回収して整備するだけなら、一度打ち上げるのにかかる費用から大きな塊が減ります。飛行機を一機作るには大金がかかりますが、その飛行機を何千回も飛ばせば、一回の飛行に振り分けられる製造費はとても小さくなります。ロケットも同じ原理で取り組まれているのです。
これに加えて、大量生産と標準化もコストを押し下げます。同じ設計のロケットやエンジンを何台も作れば、部品の値段と工程が安定し、一台あたりの費用が下がります。打ち上げの頻度が高まるほど、人員や設備をより効率的に回せるという点も大きいのです。年に数回打ち上げていた発射台が週に何度も回るようになれば、固定費がより多くの打ち上げに分けられ、一回あたりの負担が減ります。
コストが下がると、魔法のようなことが起きます。かつては高すぎて考えもしなかったアイデアが、急に現実味を帯びます。数百、数千基の衛星をひとつの群れとして飛ばす衛星コンステレーション、小さなスタートアップの宇宙実験、大学の超小型衛星といったものがそうです。ちょうどインターネット回線の費用が下がると、動画ストリーミングという産業がまるごと生まれたのに似ています。
コストの意味をとらえ直す
ただし、ひとつ押さえておくべき点があります。コストが下がるからといって、宇宙がすぐに誰にでも開かれた地域になるわけではありません。打ち上げが安くなれば、より多くの物体が上がり、その分だけ軌道は混み合い、管理の費用と危険は別のところで増えます。あるところで減った費用が、別の場所で姿を変えて現れることもあります。この点は、後で宇宙ごみを語るときにあらためて触れます。
もうひとつ、打ち上げコストがすべてではないという点も覚えておく価値があります。衛星を作る費用、運用する費用、そして任務を終えたあと安全に処理する費用まで含めて、ようやく本当の費用が見えてきます。打ち上げが安くなったという知らせにばかり目が向くと、その後ろについてくる長い請求書を見落としがちです。
コストが下がった結果を一文でまとめると、こうなります。宇宙がもはや一度の巨大な賭けではなく、何度も試し、学び、直していけることに近づいたということです。一度失敗すればすべてが終わる時代には、冒険的な試みをしにくいものです。けれども失敗しても再び挑戦する余力が生まれれば、より大胆な実験とより速い改善が可能になります。コスト革命の本当の意味は、単に値段が安くなったことではなく、宇宙に向き合う態度そのものを変えたことにあります。
民間という新しい主役
政府から企業へ、しかし完全にではなく
新しい宇宙の時代の最大の特徴は、主役が変わったことです。かつては国家の宇宙機関が、設計から製造、打ち上げ、運用まですべてを直接受け持っていました。いまは政府が目標と予算を示し、民間企業が競って入札してサービスを提供する方式が定着しました。政府はロケットを所有する代わりに、座席を買う客になったわけです。
ここでよくある誤解をひとつ正しておきましょう。民間が主導するからといって、政府の役割が消えたわけではありません。むしろ多くの民間企業は、政府との契約や初期の投資、そして数十年にわたって政府が積み上げてきた技術と基盤の上から出発しました。民間と公共は競争相手であると同時に、頼もしい協力者でもあります。どちらか一方だけの功績だとは言いにくいのです。
多彩になった顔ぶれ
今日の宇宙産業には、性格の異なるいくつかの種類の企業が活動しています。あるところは人や貨物を軌道へ運ぶ輸送に集中し、あるところは衛星を作って通信や観測のサービスを売ります。あるところは宇宙旅行という新しい市場を狙い、あるところは月着陸船や宇宙ステーションのモジュールのような、より遠い未来を見据えます。
国の単位でも参加者が増えました。アメリカとロシアという伝統的な強者に加え、ヨーロッパが共同で運営する宇宙機関、火星や月の探査を活発に続けるインド、自前の宇宙ステーションを運用する中国、小惑星探査で強い印象を残した日本など、いくつもの国がそれぞれの強みを持って舞台に上がりました。宇宙はもはや一つや二つの国の独り舞台ではなく、多国籍の合奏に近いものです。
お金はどこから来るのか
民間が宇宙に飛び込めたもうひとつの背景は、資金の流れです。かつては宇宙に資金を出すところが実質的に政府だけでした。回収まで長くかかり危険の大きい事業に、民間資本がすすんで入りにくかったからです。ところが打ち上げコストが下がり、衛星サービスが実際に利益を生み始めると、投資家たちが宇宙をひとつの市場として見るようになりました。
もちろん宇宙事業は依然として危険です。ロケットひとつが失敗すれば大金が一瞬で消え、市場が期待ほど育たなければ野心的な計画も止まってしまいます。華やかな成功の知らせの裏には、静かに消えた数多くの試みがあります。ですから民間の宇宙時代を語るときには、輝く一部の企業だけでなく、その背後の失敗と危険まで併せて見るバランスが必要です。
宇宙で私たちがしていること
衛星 — 見えない日常の基盤
宇宙というと、火星のような遠い場所を思い浮かべがちですが、私たちの生活を最も直接に変えたのは、地球の近くを回る衛星です。道を案内するナビゲーション、遠く離れた場所の天気をあらかじめ知らせる気象予報、山火事や洪水を監視する地球観測、海の真ん中でも途切れない通信まで、衛星はすでに現代生活の見えない基盤です。
衛星は回る高さによって性格が変わります。とても高い軌道からは一点にとどまって見えるため放送や通信に向き、低い軌道では地球に近く、信号の遅れが少なくはっきりした観測ができます。ただし低い軌道の衛星は一か所にとどまれず速く通り過ぎるので、途切れないサービスのためには何台もリレーのように配置する必要があります。コンステレーションという発想はここから生まれました。
衛星が私たちの暮らしにどれほど深く入り込んでいるかは、それが少しでも止まったときにはじめて見えてきます。道案内が途切れ、一部の金融取引の時刻の基準が揺らぎ、遠く離れた場所の通信がふさがります。ふだん意識しないだけで、現代社会の多くの部分が頭上を回る見えない機械に頼っています。ですから衛星を安全に守り、軌道を清潔に保つことは、遠い宇宙の話ではなく、私たちの日常の安定に直接つながる問題です。
コンステレーションの二つの顔
近ごろは、数百から数千基の小型衛星を低い軌道にびっしりと飛ばし、地球全域にインターネットを供給する衛星コンステレーションが急速に増えました。インターネットの基盤が届かなかった僻地や被災地に接続を提供するという点で、はっきりとした効用があります。海の上の船、山あいの村、地震で通信が断たれた都市まで、空から降りてくるインターネットは明らかな価値を持ちます。
同時に影もともに濃くなります。夜空を横切る無数の衛星が天文観測を妨げるという懸念が大きいのです。望遠鏡が遠い宇宙を覗くとき、その前を通り過ぎる衛星の明るい筋が観測の画像を台無しにしかねないからです。そして衛星が多くなるほど軌道が混雑し、衝突とごみの危険が大きくなります。明るさを抑える方策など、天文学者と衛星事業者のあいだでさまざまな折り合いが議論されていますが、完全な解決はまだありません。光と影はひとつの体だというわけです。
月 — ふたたび向かう目的地
しばらく静かだった月が、ふたたび注目を集めています。いくつもの国や企業が月着陸を試み、あるいは成功し、月の南極付近に氷の形で水が存在する可能性が関心を引いています。水はただ飲むものではありません。分解すれば呼吸用の酸素やロケット燃料の材料になるため、水のある場所は、より遠い宇宙へ進むための中継地になり得ます。
今日の月探査は、最初の宇宙競争のときとは目標が違います。あのときが旗を立てて帰ることだったなら、いまはとどまることに近いものです。いくつもの国が集まって月の周りに拠点を作り、そこを足がかりに長くとどまって資源を活用しようという構想が進んでいます。いわゆるアルテミスの時代の帰還は、つかの間の訪問ではなく、続いていく存在を目指しています。
月の資源とその限界
月には水の氷のほかにも、関心を引く資源があります。ある鉱物は地球で希少なため未来の産業に使われるかもしれず、ある物質は未来のエネルギー源として語られることもあります。ただし、こうした話は可能性の段階にとどまっている点を、はっきりさせておく必要があります。月から資源を掘り出して実際に役立つものにし、それを地球や別の場所へ運ぶことは、技術的にも経済的にもまだ遠くにあります。
そのため月は、終着点ではなく出発点として描き直されています。月の表面や軌道に拠点を設け、そこを足がかりにより遠い場所を狙うという構想です。もちろんこれは依然として難しく費用のかかる挑戦であり、計画と実際のあいだには常に大きな隔たりがあることも覚えておく必要があります。
火星 — 遠く魅惑的な夢
火星は、人類の想像力を最も強く刺激する目的地です。いくつもの無人探査機やローバーが火星の表面を巡り、かつて水が流れた跡や生命の可能性を調べてきました。小さなヘリコプターが、別の惑星の薄い大気のなかで初めて飛行に成功したことは、工学的に印象深い成果でした。
人を火星へ送るという目標もしばしば語られます。ただしこれは、技術とコスト、そして人間の生理的な限界が重なる、きわめて難しい課題です。長い飛行のあいだの放射線被曝、食料と水、到着後の生存、そして何より無事の帰還まで、解くべき問題が山積みです。火星の有人探査は、近い未来の確定した日程というよりも、いまなお進行中の巨大な挑戦と見るほうが正確です。
火星が難しい理由のひとつは、距離と時間です。地球と火星はそれぞれの軌道を回るため、近づいたり遠ざかったりを繰り返します。ですから火星へ出発するのに良い時期は数年に一度しか訪れず、いったん出発すれば往復に長い時間がかかります。この長い旅のあいだ人を健康に保つことこそ、火星探査の最大の難関のひとつです。
もうひとつの難しさは、通信の遅れです。火星はあまりに遠いため、送った信号が届くまでに短くて数分、長ければさらに長くかかります。地球の管制所がリアルタイムで火星の探査機を操ることが事実上不可能なのは、ここに理由があります。ですから火星のローバーや探査機は、自ら判断して動く能力を備えねばなりません。人を送るなら、なおさらです。助けを求めても答えが遅れて返ってくる場所では、人は自ら問題を解けなければなりません。火星探査が単に遠くへ行くことではなく、遠くでひとりで生き延びることでもある理由です。
軌道という見えない土地
高さごとに異なる町
宇宙をひとつの平らな空間として思い浮かべがちですが、軌道は高さによってまったく性格の異なるいくつもの町に分かれます。低い軌道は地球と近いため打ち上げが比較的たやすく、信号の遅れが少ないものです。ですからコンステレーションや地球観測の衛星は主にここに集まります。ただしこの高さでは希薄な大気の抵抗のために衛星が少しずつ高度を失い、放っておけばやがて落ちてしまいます。逆説的なことに、この落下は自然な掃除の機能でもあります。寿命を終えた低い軌道の衛星は、時が経てば自ら大気圏へ降りて燃え尽きるからです。
より高い軌道へ上がると事情が変わります。ある高さでは衛星が地球の自転と歩調を合わせて回り、地上から見ると一か所に止まっているように見えます。放送や一部の通信、気象観測に重宝する場所です。ただしここは高すぎて自然な掃除がほとんど起きません。ですからこの高さの衛星は寿命が尽きると、わざと外側の空いた軌道へ押し出して場所を空ける約束が通用しています。良い場所であるほど、その場所をどう空けて譲るかが重要な問題になります。
良い場所をめぐる見えない競争
こう見ると軌道は無限に広い空き地ではなく、良い場所と悪い場所のある一種の不動産に近いものです。特定の高さの良い場所、そしてその場所で使える通信周波数は限られています。先に申請し先に上げた担い手が良い場所を占める傾向があり、遅れて入る側は不利になります。この見えない場所取りは、先に見た公平性の議論にまっすぐつながります。誰がどんな資格で空の一か所を占められるのかという問いは、技術ではなく合意の問題です。
ひと目で見る比較
次の表は、過去の宇宙の時代と、いまの新しい宇宙の時代を単純化して比べたものです。現実はこれよりはるかに複雑ですが、大きな流れをつかむには役立ちます。
| 区分 | 過去の宇宙の時代 | 新しい宇宙の時代 |
| --- | --- | --- |
| 主導勢力 | 少数の国家政府 | 政府と民間企業の協働 |
| 動機 | 国家の威信と軍事競争 | 威信、商業的利益、科学 |
| ロケット | 一度使って捨てる | 回収して再使用 |
| 打ち上げコスト | 非常に高い | 大きく下がる傾向 |
| 衛星の数 | 比較的少ない | コンステレーションで急増 |
| アクセス | ごく少数のみ可能 | 企業や大学へと拡大 |
| 主な課題 | 技術的成功そのもの | 混雑、ごみ、ガバナンス |
表を読むときに、ひとつ注意すべき点があります。過去がただ非効率で、いまがただ優れているという具合に受け取っては困ります。過去の莫大な投資と試行錯誤があったからこそ、今日のコスト削減が可能になりました。いまの変化は断絶ではなく、その上に積み重なった連続です。
次の表は、宇宙で何をするかによって活動を分けてみたものです。宇宙産業をひとつの塊として見ず、筋を分けて見ると、それぞれの分野が向き合う課題が異なる点が見えてきます。
| 活動分野 | 主な目的 | 代表的な効用 | 主な悩み |
| --- | --- | --- | --- |
| 打ち上げと輸送 | 軌道へ運ぶ | コスト削減、頻繁な打ち上げ | 安全と再使用の信頼性 |
| 通信衛星 | 接続を提供 | 僻地や被災地の通信 | 軌道の混雑、天文観測の妨げ |
| 地球観測 | 地表の監視 | 気象、農業、災害対応 | 私生活とデータ管理 |
| 月と深宇宙 | 探査と拠点 | 科学の知識、未来の資源 | 莫大な費用と危険 |
| 宇宙旅行 | 体験を売る | 新しい市場 | 安全と公平性の論争 |
この表もまた単純化したものです。ひとつの企業が複数の分野にまたがって活動することもあり、分野の境界はますますあいまいになっています。それでも、宇宙をひとつの単一な何かとして一括りにせず、筋を分けて見る習慣は、漠然とした期待や漠然とした不安を鎮めるのに役立ちます。
駆け足でたどる歴史の流れ
複雑な宇宙の歴史をすべて収めることはできませんが、大きな節目を時間順に並べると、流れがひと目で見えてきます。以下は核心の筋を単純化した年表です。
[二十世紀の半ば] 最初の人工衛星が軌道に上がり、宇宙の時代が開く
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[その直後] 最初の有人宇宙飛行で人が宇宙に入る
|
[一九六〇年代末] 人類が初めて月の表面に足跡を残す
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[一九七〇〜八〇年代] スペースシャトルなど再使用の試みと station 実験が続く
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[一九九〇〜二〇〇〇年代] 国際協力で大きな宇宙ステーションが軌道に据えられる
|
[二〇一〇年代] 民間ロケットの第一段の回収と再使用が現実になる
|
[二〇二〇年代] コンステレーション急増、月への再挑戦、宇宙旅行の始まり
|
[近い未来] より頻繁な打ち上げ、月の拠点構想、火星有人探査の議論
この年表は、正確な日付よりも流れの方向を示すためのものです。ひとつ明らかなのは、変化の速さが時とともに増していることです。数十年かかった飛躍が、いまでは数年単位で起きることもあります。
年表を見ると、もうひとつ目に入ることがあります。最初の宇宙競争の飛躍のあとには、しばらく静かな時期があったという点です。威信という動機が冷めると速さが緩み、コストという新しい動機が定着してはじめて、ふたたび速まりました。何が宇宙を動かすかによってその速さが変わるという事実は、これからの流れを測るうえでも手がかりになります。
暗い面 — 宇宙ごみ
頭上の見えない脅威
打ち上げが容易になれば良いことばかりが起きそうですが、影もともに濃くなります。最も大きな影は宇宙ごみです。任務を終えた衛星、分離したロケットの部品、衝突で生まれた破片のかけらが、軌道に沿って回っています。小さなねじ一本でも軌道では弾丸よりはるかに速く動くため、作動中の衛星や有人宇宙船にぶつかれば、大きな被害を与えかねません。
宇宙ごみが恐ろしい理由は速度にあります。軌道の物体は秒速で数キロメートルの速さで動きます。この速さでは、爪ほどのかけらでも小さな爆発に匹敵する破壊力を持ちます。ですから宇宙ステーションや高価な衛星は、ときおりごみを避けるために軌道を少し変える回避機動をしなければなりません。頭上の脅威は目に見えませんが、決して些細なものではありません。
ケスラーシンドロームという悪夢
専門家が長く警告してきたシナリオがあります。ケスラーシンドロームと呼ばれる連鎖衝突です。軌道に物体が多くなりすぎると、一度の衝突が多くの破片を生み、その破片がまた別の衝突を引き起こして、連鎖的に広がりうるというものです。最悪の場合、特定の軌道が破片で満ち、しばらく使いにくくなる恐れがあります。
これはまだ起きたことではなく、警告に近いものです。しかし軌道の物体の数が急速に増えているいま、決して軽く見られない危険です。そのため、任務を終えた衛星を自ら軌道から降ろさせたり、漂う大きな残骸を能動的に片づけたりする技術が、盛んに研究されています。
ごみを減らす方法はいくつもの筋で研究されています。衛星に寿命が尽きたら自ら大気圏へ降りて燃え尽きるよう設計する方法、漂う大きな残骸に近づいて網や銛、あるいは粘着する面でつかまえて引き降ろす方法などが試みられています。ただしこうした掃除は技術的に難しく費用がかかり、誰がその費用を負担するのかという問題も残ります。ごみを作った主体と片づける主体が異なるとき、責任の境界はあいまいになります。
考えてみたいこと — 共有地の悲劇
ここで少し思考実験をしてみましょう。誰もが自由に草を食ませられる共同の牧草地があるとします。それぞれにとっては、家畜を一頭でも多く放つほうが得です。けれども皆がそうすれば、草地はやがて荒れ果て、誰も使えなくなります。これを共有地の悲劇と呼びます。
地球の軌道は、どこか一つの国や企業の所有ではなく、皆が共に使う空間だという点で、この牧草地に似ています。それぞれにとっては、衛星を一つでも多く上げるほうが合理的です。けれども皆がそう行動すれば、軌道は混み合い危険になります。個別には合理的な選択が集まると、皆にとって損になる構造、まさにそれが宇宙ごみ問題の本質です。
もうひとつの思考実験 — 誰の足跡か
少し違う思考実験もしてみましょう。ある美しい無人島に初めてたどり着いた探検家がいるとします。彼が砂浜に足跡をひとつ残すのは、大きな問題ではないかもしれません。けれどもまもなく多くの人がその島を訪れ、めいめいが自分の足跡を残し始めると、島の砂浜はもはや最初の姿ではなくなります。誰のどの足跡が決定的だったかは言いにくいものの、島が変わったことは明らかです。
月や火星、そして宇宙の他の天体も、これに似た境遇に置かれうるものです。一度の探査や一台の着陸船が天体を台無しにするとは言いにくいのです。けれども次第に多くの担い手が同じ場所を訪れ、めいめいが痕跡を残し始めれば、私たちが最初に出会ったその姿は、取り返しのつかないほど変わってしまうかもしれません。何かを始めるのはたやすく、もとに戻すのは難しいという点、それがこの思考実験の残す問いです。
ここには科学的な理由も加わります。もしある天体に生命の痕跡があるかを調べようとして、私たちが持ち込んだ微生物がそこを汚染すれば、何が本来そこにあったもので、何が私たちが持ち込んだものかを見分けにくくなります。ですから天体をむやみに汚染しないようにする惑星保護の原則が、真剣に守られています。好奇心を満たそうとして、その好奇心の答えそのものを台無しにしてはならない、という慎重な知恵です。
誰が宇宙を治めるのか — ガバナンスの課題
古い規則と新しい現実
宇宙には、ずっと以前に国々が合意した基本の原則があります。宇宙は特定の国の領土とすることはできず、平和的な目的で利用し、すべての人類の利益のための空間であるという大きな精神が込められています。この原則は宇宙の時代の初期に作られ、当時としては非常に先を見通した合意でした。
問題は、その規則が作られた時代と、いまの現実が大きく異なる点です。当時は宇宙で活動する主体が少数の国だけで、民間企業がロケットを作ったり、月の資源を採取したりする状況は想像の外でした。今日では、誰が軌道の混雑を管理する権限を持つのか、月や小惑星の資源を誰がどんな資格で利用できるのか、事故が起きたときの責任は誰にあるのかといった問いに、明確な答えが乏しいのです。
答えの分かれる難しい問い
ガバナンスをめぐる立場は、いくつもの方向に分かれます。ある人々は、強力な国際規範と共同の管理機構が必要だと見ます。軌道や天体は人類共通のものであり、一つの国や企業が勝手に占有したり汚したりしてはならない、という考えです。逆にある人々は、過度な規制が革新と投資を萎縮させかねないと懸念します。明確な所有権と利用の権利が保証されてこそ、企業が危険を冒して投資するという論理です。
三つ目の立場もあります。強力な単一の機構や厳しい規制の代わりに、担い手たちが自発的に従うゆるやかな規範と模範事例をまず積み上げていこうという見方です。強制力のある合意は時間が長くかかり皆を満足させにくいので、まず実践できる約束から始めて信頼を築こうというのです。この立場は現実的ですが、強制力がなければ約束を破る担い手を止めにくいという弱点があります。
軍事化というもうひとつの緊張
これに加えて、宇宙の軍事利用をめぐる緊張もあります。通信や航法、偵察の衛星はすでに安全保障の中核となる資産であり、その分だけ宇宙が新たな競争と衝突の舞台になりうるという懸念が大きいのです。ある人々は宇宙での軍事活動が抑止力として働き、かえって衝突を防ぐと見て、ある人々はそれが軍備競争をあおり、皆をより危険にすると見ます。
これらの問題は技術ではなく政治と価値観の領域であるため、容易には合意に至りません。衛星ひとつを無力化すれば、それが作る破片がふたたび皆の軌道を脅かすという点で、軍事的な行動さえ宇宙ごみ問題と絡み合っています。ただ明らかなのは、担い手が増えるほど、共通の規則がより切実に求められるということです。
商業化の議論 — いくつもの声をともに聞く
宇宙の商業化をどう見るかは、この時代の最も熱い議論のひとつです。どちらか一方に偏らないように、いくつもの声を並べて聞いてみましょう。
商業化を歓迎する側の話
この立場は、競争がもたらした効率を強調します。民間の参加で打ち上げコストが劇的に下がり、そのおかげでより多くの科学実験やサービスが可能になったというものです。政府だけならば数十年かかったであろう革新が、企業どうしの競争のなかで速やかに成し遂げられたと見ます。
また、宇宙で得た技術が地上の暮らしを豊かにする点も強調されます。通信、観測、航法といった衛星のサービスは、すでに私たちの日常に深く入り込んでいます。さらに、宇宙資源の開発が地球の資源負担を軽くし、新しい産業や雇用を生みうるという期待もあります。この立場からは、宇宙の商業化は人類の活動領域を広げる自然な進歩です。
慎重さを勧める側の話
反対側の声も真剣に聞く価値があります。これらの人々は、宇宙が少数の資本や企業に集中する流れを警戒します。すべての人類のものであるべき空間が、結局は資金のある少数の遊び場や事業場になってしまうのではないかという心配です。また、天文学的な費用をかけて宇宙へ進むよりも、その資源を地球の差し迫った問題にまず使うべきだという意見もあります。
環境の観点からも慎重論が出されます。頻繁な打ち上げが大気に与える影響、急増する軌道のごみ、そして天体を人間の活動で汚す可能性といったものです。これらの人々は、速い拡大よりも十分な規則と合意が先だと主張します。
公平性を問う側の話
さらに別の声は、公平性の問題を提起します。地球の軌道や月の良い場所、通信に使う周波数といった資源は無限ではありません。先に到着した担い手が良い場所を占めれば、遅れて宇宙に入ろうとする国や企業は不利な立場に置かれます。これらの人々は、宇宙が皆に開かれた空間になるためには、先に来た者と後から来る者のあいだの公平さをどう守るかを、ともに考えねばならないと言います。
この観点は、特に宇宙にまさに足を踏み入れようとするいくつもの国にとって切実な問題です。技術と資本を先に備えた少数が規則まで定めることになれば、残りはその規則に従うほかなくなります。ですから公平性を問う側は、速い者がすべてを得る構造が固まる前に、共通の合意が必要だと強調します。
どちらか一方の勝利ではなく
これらの立場には、どれにも理があります。効率と革新を強調する側も、公正さと慎重さを強調する側も、公平性を問う側も、それぞれ重要な真実のひとかけらを握っています。賢明な道は、ひとつを選ぶことではなく、革新の活力を生かしながら、その影を管理する規則をともに整える均衡にあるでしょう。この文章は、どちらか一方に味方するよりも、読者が自ら判断するための材料を十分に広げておくことを目的としています。
さらに遠くを見る探査 — 小惑星とその先
小さな天体に込められた大きな手がかり
火星と月が注目を独り占めしているようですが、静かに進むもうひとつの流れがあります。小惑星や彗星といった小さな天体への探査です。これらの小さな岩の塊は、太陽系が初めて作られたころの姿を比較的そのままに保っているため、私たちがどこから来たのかを問う科学にとって貴重な手がかりになります。探査機が小惑星に近づき、表面の土を少しすくって地球へ持ち帰る任務が何度か成功したことは、工学と忍耐がともに成し遂げた印象的な達成でした。
小惑星は科学的な好奇心だけの対象ではありません。ある小惑星には金属や水といった資源が豊富だと考えられ、遠い未来の資源候補として語られることもあります。ただしここでも、こうした話は可能性の段階にとどまっている点をはっきりさせる必要があります。小さな天体から資源を掘り出して実際に役立つものにすることは、技術的にも経済的にもまだ遠い話です。華やかな展望と現実とのあいだの距離を忘れないことが、こうした話を落ち着いて読むコツです。
地球を守るまなざし
小惑星探査には、もうひとつの実用的な理由があります。ごくまれにではありますが、大きな小惑星が地球に近づく可能性をあらかじめ知って備えようというものです。どこにどんな天体があるのかを絶えず見張り、万一の場合にその軌道を少し変える方法を研究することは、空想科学ではなく真剣な科学の一分野になりました。宇宙へのまなざしは、いつも外へばかり向くわけではありません。ときにそのまなざしは、私たちが足を置くこの惑星を守るためのものでもあります。
宇宙旅行と普通の人の宇宙
客となった人間
新しい宇宙の時代のもうひとつの顔は宇宙旅行です。職業宇宙飛行士ではない普通の人が、お金を払って宇宙の縁をしばらく味わったり、数日のあいだ軌道にとどまったりすることが、実際に起き始めました。ある飛行は大気圏をわずかに越えて数分間の無重力を感じて戻り、ある飛行は数日のあいだ軌道を回って地球を見下ろします。かつて一握りの英雄にだけ許された体験が、ゆっくりと、しかし確かにその扉を広げています。
もちろんいまの宇宙旅行は依然としてとても高価で、誰もが享受できる体験とはほど遠いものです。ですから宇宙旅行をめぐる見方も分かれます。ある人はこれが結局コストを下げ技術を磨いて、より多くの人に宇宙を開く第一歩だと見ます。別の人は、限られた資源と危険を冒すことが少数の高価な体験に使われることを快く思いません。これもまた、どちらか一方が全面的に正しいとは言いにくい問題です。
宇宙から見下ろした地球
宇宙へ行った人々がよく語る話があります。宇宙から地球を見下ろすと、国境線も見えず、争いの理由も些細に感じられ、この小さく青い惑星をともに守らねばという感情が押し寄せる、というのです。これをよく概観効果と呼びます。より多くの人がそんなまなざしを体験すれば、宇宙をめぐる私たちの態度も少しは変わるかもしれません。ただし、それが実際に行動の変化につながるかは、また別の問いです。
興味深いことに、宇宙へ進むことが結局は地球をより深く理解させるという点は、いくつもの場面で確かめられています。別の惑星の乾いた風景を見てはじめて地球の青さがどれほど稀なものかを悟り、火星の薄い大気を研究しながら地球の大気の尊さをあらためて感じます。外へ向かったまなざしが、内へ向かう省察として返ってくるわけです。新しい宇宙の時代が単に遠くへ行くことにとどまらず、私たちの立つ場所を見つめ直させる鏡になりうるという点は、この時代を眺めるもうひとつの温かいまなざしです。
国家と企業が手を組む新しいやり方
客となった政府、協力者となった企業
新しい宇宙の時代を理解するもうひとつの鍵は、政府と企業の働き方そのものが変わったという点です。過去には政府がロケットの設計図まで一つひとつ定め、企業はそのとおりに作る下請けに近いものでした。いまは政府が望む結果だけを示し、どう成し遂げるかは企業に委ねるやり方が増えました。貨物を軌道まで無事に運んでくれれば代金を払う、という約束です。企業は自由に方法を選べるようになり、その分だけ危険と責任もともに引き受けることになりました。
このやり方には明らかな利点があります。複数の企業が競えば価格が下がり、革新が速まります。政府は自らロケットを運用する負担を減らし、目標に集中できます。ただし影もあります。中核となる力が少数の企業に偏ると、その企業に問題が起きたとき代わりを見つけにくくなります。ですから政府はわざと複数の供給者を育てて依存を分散させようと努めます。効率と安定のあいだの均衡は、ここでも常に悩みどころです。
宇宙産業が生む雇用と知識
宇宙産業はロケットと衛星だけを作るのではありません。その過程で積み上がった技術と知識は、しばしば地上へ流れ下り、思いがけない場所で使われます。軽くて丈夫な素材、極限の環境に耐える部品、遠くからデータをやり取りする通信技術といったものがそうです。宇宙への投資が空のためだけではなく、地上の産業や雇用にも影響するという点は、商業化をめぐる議論でしばしば根拠として登場します。もちろん、その影響を誇張して語らないよう気をつける均衡も必要です。
よくある誤解いくつか
宇宙についての話はすばらしいものですが、その分だけ誤解も一緒に広まりやすいものです。よく出会う誤解をいくつかより分けてみましょう。
第一に、無重力は重力がないために生じる現象ではありません。低い軌道でも地球の重力はほぼそのまま働いています。宇宙飛行士がふわふわ浮いているのは、宇宙船とともに絶えず地球へ向かって落ちながら、同時に横へ速く進み、結局は地球をぐるりと回るからです。落ちることと回ることが釣り合った状態、それが無重力のように見える自由落下です。
第二に、宇宙が寒い場所だという言葉も半分だけ正しいものです。宇宙はほぼ真空なので、熱を伝える媒質がありません。ですから日光が当たる面はとても熱くなり、陰になる面はとても冷たくなります。宇宙の難しさは単なる寒さではなく、熱さと冷たさが極端に分かれる環境をどう扱うかにあります。
第三に、再使用ロケットがすべてのコスト問題を一気に解決したという考えも単純化しすぎです。再使用は打ち上げコストを大きく下げましたが、整備と検査にも費用と時間がかかり、衛星の製作や運用、廃棄にはまた別の費用がかかります。コスト革命は確かに起きましたが、それが宇宙をただ同然にしたわけではありません。
第四に、流れ星のように落ちる宇宙ごみが人に大きな危険だという心配も、均衡をもって見る必要があります。たいていの小さな残骸は大気圏で燃え尽き、地上の特定の個人に落ちる確率はとても低いものです。宇宙ごみの本当の危険は地上ではなく軌道の上、つまり作動中の衛星や宇宙船にあります。
興味深い事実
宇宙の話には、想像力を刺激する事実が満ちています。雰囲気を変えて、いくつかを軽く集めてみました。
- 軌道を回る物体はとても速く、地球を一周するのに数時間ではなく、一時間半ほどしかかからないことが多いのです。宇宙ステーションにいれば、一日に何度も日が昇り沈むのを見られます。
- 宇宙はふつう思うより近くにあります。地面から垂直に約百キロメートル上がれば、通常は宇宙の境界とされる高さに届きます。ソウルから近い別の都市までの距離とほぼ同じです。ただし、その距離を横ではなく上へ進むのが難しいのです。
- 宇宙では上下の区別がありません。無重力の状態では落ちる方向がないため、宇宙飛行士は天井と床を自由に行き来します。
- 月までの距離は思うより遠いものです。地球と月のあいだの空いた空間に、太陽系の他のすべての惑星を一列に並べても入るほどの隔たりがあると言われることがあります。
- 宇宙は完全な真空に近いものの、まったく空っぽではありません。ごくわずかに粒子が散らばっているため、低い軌道の衛星はわずかな抵抗を受け、少しずつ高度を失います。
- 火星へ向かう道は直線ではありません。宇宙船は地球の軌道を離れ、火星の軌道と出会うよう大きく曲がった経路をたどるので、実際の飛行距離は二つの惑星のあいだの単純な距離よりはるかに長いのです。
- ロケットが重い理由の大部分は燃料です。発射台に立つロケットの重さのうち、人や貨物が占める割合はとても小さく、残りはほとんどが燃料とその燃料を収める構造物です。
- 宇宙ステーションの宇宙飛行士は毎日運動をします。無重力の状態では筋肉と骨が速く弱まるため、健康を保つには絶えず体を動かさねばなりません。
- 太陽から来る光は地球に届くまでに約八分ほどかかります。私たちが見る日光は、実は少し前の太陽から出発した光なのです。
- 宇宙では音が伝わりません。音は空気のような媒質を通して広がりますが、真空の宇宙にはその媒質がほとんどないからです。映画のなかの宇宙の爆発音は、実は聞こえるはずのない音です。
- 低い軌道にある衛星も結局は落ちます。希薄な大気の抵抗が少しずつ速度をかじり取り、手をつけずに置けばいつか大気圏へ降りて燃え尽きます。この自然な落下は低い軌道を掃除する役割もします。
- 宇宙ではろうそくが地球とは違う形で燃えます。無重力では熱い空気が上に昇れないため、炎が細長い形ではなく丸い玉に近い形で燃え上がります。小さな違いのようですが、無重力が日常の物理をどれほど変えるかをよく示す例です。
- 地球と宇宙を分ける境界は、くっきりとした線ではありません。大気はある高さで急に途切れるのではなく次第に薄くなるので、宇宙がどこから始まるかは手に触れる壁ではなく、便宜のために約束した基準に近いものです。
もう一度考えてみる — 誰が費用を払うのか
最後にもうひとつ短い思考実験をしてみましょう。ある会社が衛星を上げて大きな利益を得るとします。ところがその衛星が寿命を終えたあと軌道にそのまま残り、別の衛星を脅かすなら、その危険の費用は誰が払うのでしょうか。利益はその会社が持ち去りますが、危険は軌道を共に使う皆に散らばります。こうして利益と費用が別々の主体に返る構造を、経済学では外部性と呼びます。
宇宙ごみ問題の深い根は、まさにここにあります。各担い手が自分の衛星を安全に処理するには費用がかかりますが、そうしなくても当面自分に返ってくる損は小さいものです。ですから誰も強制しなければ、皆が少しずつ責任を先送りしがちです。この構造を変えるには、費用を作った主体がその費用を共に払うようにする規則と約束が必要です。技術だけでは解けない、結局は合意の問題に戻ってくるのです。
短いクイズ
読んだ内容を軽く確かめてみましょう。答えはすぐ下に続きます。
1. 新しい宇宙の時代に打ち上げコストが大きく下がった、最も核心的な理由は何でしょうか。
2. 軌道に物体が多くなりすぎて連鎖衝突が起きうるという懸念を呼ぶ名前は何でしょうか。
3. 月の水が、単なる飲み水以上に重要だと見なされる理由は何でしょうか。
4. 宇宙の商業化の議論で、慎重論が懸念する点を一つ挙げるなら何でしょうか。
5. 最初の宇宙競争といまの新しい宇宙競争は、動機の面でどう違うでしょうか。
6. コンステレーションが天文学者の懸念を呼ぶ理由は何でしょうか。
それでは答えを確かめましょう。
一つ目の答えは、ロケットを一度使って捨てる代わりに、第一段を回収して再使用するようになったことです。この再使用が、一度の打ち上げの費用を大きく下げました。
二つ目の答えはケスラーシンドロームです。一度の衝突が破片を生み、その破片がまた別の衝突を呼ぶ連鎖反応を指します。
三つ目の答えは、水を分解すれば呼吸用の酸素やロケット燃料の材料を得られるからです。ですから水のある場所は、より遠い宇宙へ行くための補給拠点になり得ます。
四つ目の答えとしては、宇宙が少数の資本に集中する懸念、地球の差し迫った問題にまず資源を使うべきだという意見、頻繁な打ち上げの環境への影響と軌道ごみの増加のいずれかを挙げればよいでしょう。
五つ目の答えは、最初の競争が主に国家の威信と体制の優越を賭けた対決であったのに対し、いまの競争は商業的な利益と市場を開くことにより近いという点です。
六つ目の答えは、夜空を横切る無数の衛星が望遠鏡の観測を妨げ、遠い宇宙を撮った画像に明るい筋を残しかねないからです。
もう少し深く考えたい方のために、二問を付け加えます。七つ目、低い軌道の衛星が時が経つと自ら落ちるのはなぜでしょうか。答えは、わずかに残る大気の抵抗が衛星の速度を少しずつかじり取るからです。この自然な落下は低い軌道を掃除する役割もします。
八つ目、宇宙ごみ問題が技術だけでは解けないと言うのはなぜでしょうか。答えは、利益と危険が別々の主体に返る外部性の構造のためです。費用を作った主体がその費用を共に払うようにする規則と合意がなければ、良い掃除技術があっても誰も費用を引き受けようとしなくなります。
おわりに — 混み始めた空の下で
新しい宇宙の時代の核心は単純です。宇宙が高く遠く特別な場所から、次第に安く近く混み合う場所へと変わりつつあるということです。再使用ロケットが敷居を下げ、民間企業が舞台に上がり、衛星と月と火星へ向かう夢がふたたび速まっています。
けれども扉が広がるということは、責任もともに大きくなるという意味です。混み合う軌道、増えるごみ、いまだ曖昧な規則は、すべて私たちが共に解くべき課題です。宇宙への憧れと、その憧れを持続可能に治める知恵は、どちらも必要です。どちらか一方だけでは遠くまで行けません。
最初の宇宙競争が旗を立てることだったなら、いまの競争はともに暮らす空間を築くことに近いものです。旗はひとりで立てられますが、空間はともに手入れしなければやがて荒れ果てます。ですから新しい宇宙の時代の本当の試練は、誰がより速く、より遠くへ行くかではなく、増えた担い手たちが同じ空をどう分け合って使うかにかかっているのかもしれません。
今夜、空を列をなして通り過ぎる衛星の行列をもう一度見たなら、それが単なる技術の行進ではなく、私たちの時代がともに投げかけている問いの姿だと思い起こしてみてはどうでしょうか。誰が、何のために、どんな規則のもとであの空を使うのか。答えはまだ、私たちの手のなかに開かれています。
そしてその答えは、一人や一国、一企業が定められるものではありません。宇宙は本質的に共に使う空間であり、共に使う空間の規則は共に作るほかありません。速く走る技術の速さにガバナンスの知恵が歩調を合わせられなければ、私たちはより遠くへ行くどころか、ほどなく足を縛られるかもしれません。新しい宇宙の時代を眺める最もバランスのとれたまなざしは、その可能性に心を躍らせながらも、その責任を忘れない態度でしょう。空は広がりましたが、その空をどう分けるかは、いまも私たち皆の課題として残っています。
参考資料
- NASA、アメリカ航空宇宙局の公式サイト: https://www.nasa.gov
- ESA、ヨーロッパ宇宙機関の公式サイト: https://www.esa.int
- JAXA、宇宙航空研究開発機構: https://global.jaxa.jp
- The Planetary Society、惑星協会: https://www.planetary.org
- Encyclopaedia Britannica、宇宙探査の項目: https://www.britannica.com/science/space-exploration
- Nature、科学誌の宇宙分野の報道: https://www.nature.com/subjects/space-physics
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