はじめに — あなたは一人ではない
いまこの文章を読むあなたの体には、数十兆もの微生物がともに住んでいます。皮膚の上に、口のなかに、そしてとりわけ腸のなかに。その数があまりに多いため、かつては私たちの体の人間の細胞より微生物の細胞のほうが多い、という話が広く伝わりました。最近の研究はその比率をおよそ同じくらいの水準に補正しましたが、結論の重みは変わりません。私たちは決して一人ではない、ということです。
この事実は、どこか落ち着かなく聞こえるかもしれません。私たちはふつう微生物を「ばい菌」、つまり手を洗って取り除くべき汚いものとして思い浮かべるからです。けれども過去数十年で科学が明らかにした絵は、はるかに複雑で興味深いものです。私たちのなかの微生物の大多数は敵ではなく同居者に近く、その多くは私たちが生きるのを助けてくれます。
この文章は、見えないこの同居者たちの世界への旅です。微生物とはそもそも何かから始まり、腸のなかの巨大な生態系、病気と健康の両面、両刃の剣である抗生物質、そして人間を一つの「超個体」として見る視点までを見ていきます。ただ一つだけ先に約束しておきます。この文章は健康についてのいかなる断定も、いかなる処方もしません。それは医師の役目です。私たちのすることは、ただ驚くことです。
この旅には、もう一つ小さな案内が必要です。微生物の世界は急速に育つ研究分野で、昨日の定説が今日そっと修正されることもよくあります。ですからこの文章は、できるだけ「考えられている」「研究中である」「断定しがたい」といった表現をあえてしばしば使います。それは文章の欠点ではなく、誠実さのしるしです。確かに見える部分とまだ曖昧な部分を見分けることこそ、微生物を理解する第一歩だからです。
第一部 微生物とは何か — 見えない多数派
三つの大きな枝
「微生物」とは、肉眼で見えない小さな生命をひとまとめに呼ぶ言葉です。そのなかには性格のかなり異なるいくつかの群れがあります。
- **細菌(バクテリア)**: 一つの細胞からなる生命です。核という別の部屋を持たず、遺伝物質が細胞のなかに散らばっています。地球でもっともありふれて多様な生命で、ひとつかみの土や一滴の水にも無数に含まれています。
- **ウイルス**: 細菌よりはるかに小さいものです。興味深いことに、ウイルスはみずから増えることができません。ほかの生命の細胞のなかへ入り、その細胞の仕組みを借りて自分を複製します。このためウイルスが「生きているのか」は学者のあいだでも意見が分かれる、生命の境界に立つ存在です。
- **古細菌(アーキア)**: 見た目は細菌に似ていますが、分子の水準で見ると別の大きな枝です。煮えたつ温泉や塩の湖、酸素のない深いところのような極端な環境でも難なく生きる種類が多くあります。
このほかにもカビや酵母のような菌類、単細胞の原生生物などが微生物の仲間に含まれます。
[微生物の大きな枝 (単純化)]
微生物
├─ 細菌(バクテリア) : 単細胞、もっともありふれている
├─ 古細菌(アーキア) : 極限環境に強い
├─ ウイルス : 宿主の細胞がないと増えない
└─ 菌類・原生生物 : カビ、酵母、一部の原生生物
大きさの感覚 — どれほど小さいのか
微生物が「小さい」とはよく聞きますが、その小ささの規模はなかなか実感しがたいものです。しばらく大きさのはしごを下りてみましょう。人の髪の毛の太さはおよそ十分の一ミリほどです。ありふれた細菌一つはそれより数十倍小さく、髪の断面の上に数十匹が並ぶほどです。ウイルスはさらにその細菌より数十から数百倍小さいのです。だからふつうの光学顕微鏡では細菌までは見えても、ほとんどのウイルスは見えません。
この小ささは、ただ数の問題ではありません。小さいということは、体積に比べて表面が大きいということであり、それだけ周りの環境とすばやく物質をやりとりできるということです。微生物がそれほど速く育ち、環境にそれほど機敏に適応する理由の一部は、まさにこの小ささにあると考えられています。小さいことは、ささいさではなく、別のかたちの強さなのです。
もっとも古い住人
微生物は地球のもっとも古い住人です。生命の歴史のほとんどのあいだ、地球には微生物しかいませんでした。私たちのような動物や植物は、ずっとあとに現れた新参者です。私たちが吸う空気のなかの酸素さえ、はるか昔に光合成をする微生物たちが長い年月をかけてつくり出した贈り物だ、という説明が広く受け入れられています。ある意味で微生物は、私たちが住める惑星を先に用意しておいてくれたのです。
今日の私たちの細胞のなかには、この古い歴史の痕跡が残ってもいます。私たちの細胞のエネルギー工場と呼ばれる小さな小器官は、もともと独立した細菌だったものが、はるか昔にほかの細胞のなかへ入り、ともに暮らすようになった結果だ、という説明が広く受け入れられています。それが本当なら、微生物との同居は私たちの体の外側の話だけでなく、細胞一つひとつのもっとも深い内側にまで刻まれた話なのです。
第二部 ウイルスとバクテリオファージ — 生命の境界で
生きているものと生きていないものの間
さきほどウイルスを「生命の境界に立つ存在」と述べました。この表現をもう少し解いてみましょう。ウイルスはふつう、遺伝物質一本とそれを包む蛋白質の殻からなります。みずから食べも、育ちも、呼吸もしません。宿主の細胞の外では、まるで小さな結晶のようにじっとしているだけです。けれどもいったん適した細胞のなかへ入ると、その細胞の仕組みを借りて自分自身を数えきれないほど複製します。「生きている」と「生きていない」のどちらにもきれいに分類しがたい存在なのです。
このあいまいさは欠陥ではなく、生命という概念そのものが、私たちの思うほどはっきりした境界を持たないことを示しています。どこまでを生命と見るかは、長く科学者と哲学者がともに考えてきた問いです。
細菌を食べるウイルス
興味深いことに、すべてのウイルスが人や動植物を狙うわけではありません。細菌を宿主にするウイルスもあり、これをバクテリオファージ、略してファージと呼びます。ファージは地球でもっとも数の多い生物学的な存在の一つと考えられています。海水一滴のなかにも無数のファージが漂い、絶えず細菌に感染してその数を調節しています。
ファージは細菌の生態系の見えない調整役だといえるでしょう。ある細菌が増えすぎると、その細菌を狙うファージもともに増えて均衡を戻す、という具合です。かつて抗生物質が現れる前には、ファージを使って細菌感染を治めようとする試みもありました。今日、抗生物質耐性が大きな問題になるにつれ、この古い発想をふたたび真剣に研究する流れもあるといいます。ただしそれがどんな状況でどれほど役立つかは、まだ慎重に研究中の段階であり、ここで何らかの治療的効果を断定することはできません。
[バクテリオファージが細菌に感染する過程 (単純化)]
ファージが細菌の表面にくっつく
│
▼
自分の遺伝物質を細菌のなかへ押しこむ
│
▼
細菌の仕組みを借りてファージが大量に複製される
│
▼
細菌が破れて新しいファージたちが外へ放たれる
第三部 微生物をどうのぞくのか — 研究の道具たち
微生物は肉眼では見えません。では科学者たちは、いったいどうやってこの見えない世界を研究するのでしょうか。微生物学の歴史は、ある意味で「見えないものを見えるようにする」道具の歴史でもあります。
顕微鏡 — 見えないものを見る
まず来たのは顕微鏡でした。一七世紀に、ある人が手で磨いたレンズで雨水や口のなかの唾を見つめ、そのなかでうごめく小さな生命たちを初めて描き出しました。人類が微生物の存在を両の目で確かめた瞬間でした。その後、顕微鏡はしだいに精巧になり、光のかわりに電子の流れを使う電子顕微鏡が現れたことで、ウイルスのようなはるかに小さな存在まで観察できるようになりました。
培養 — 育てて調べる
次の道具は培養でした。微生物一つは小さすぎて観察しにくいものですが、栄養分のある適した環境に置くと、速く増えて目に見えるかたまりをなします。科学者たちはこうして育てた群れを観察し、微生物の性質を研究しました。ただし一つの限界が早くから知られました。自然のなかの微生物の多くは、実験室ではなかなか育とうとしない、ということです。だから長いあいだ私たちは、「育てられる」一部の微生物だけを通して微生物の世界を推し量ってきました。
DNAを読む — 育てずに知る
この限界を大きく広げたのがDNAを読む技術です。微生物をわざわざ育てずに、ある環境のなかにある遺伝物質をまるごと読みとれば、そこにどんな微生物が住んでいるかを推定できます。この方法のおかげで、私たちはひとつかみの土、一杯の海水、あるいは腸のなかの試料に宿る膨大な微生物の多様性を、ようやく見積もれるようになりました。マイクロバイオーム研究が近年爆発的に育ったのには、こうして速く安くなったDNA読みの技術が大きく寄与したと考えられています。
[微生物を研究する三つの道 (単純化)]
顕微鏡 : 直接見る → 形と動きを観察
培養 : 育てて見る → 性質と行動を研究
DNAを読む: 遺伝物質を読む → 誰が住むかを推定
この三つの道具は、互いを置きかえるよりも補いあいます。顕微鏡は見せ、培養は直接あつかわせ、DNAを読むことは育てられない多数まで数えさせてくれます。道具が増えるたびに、私たちが見られる微生物世界の地平もともに広がってきたのです。
第四部 細菌説の歴史 — 見えない原因を見つけるまで
微生物が病を引き起こすという考えは、じつは人類の歴史で比較的遅く根づきました。その過程を短い年表でたどってみましょう。
[細菌説が根づくまで (ごく単純化した流れ)]
遠い過去 : 病は「悪い空気」や運命のためと信じる
│
一七世紀 : 顕微鏡で小さな生命たちを初めて観察
│
一九世紀半ば: 手の衛生が産婦の死を減らすという観察
│
一九世紀後半: 特定の微生物が特定の病の原因だと実験で示す
│
その後 : 消毒とワクチン、衛生が医学の基本になる
この年表でもっとも大切な転換は一九世紀後半に起こりました。複数の科学者たちが実験を通して、目に見えない微生物が特定の病気の原因になりうることを示しました。いわゆる「細菌説」です。この洞察はただの学問的な発見にとどまりませんでした。手を洗い、手術の道具を消毒するという単純な習慣が多くの命を救い始め、ある病にはあらかじめ弱いかたちの刺激を与えて体が備えるようにする予防の発想、すなわちワクチンの土台が築かれました。
興味深いのは、この真実が最初は激しい抵抗にあったことです。目に見えない何かが病を起こすという主張は、当時の多くの人にとって突拍子もなく聞こえました。科学の歴史はしばしば、正しい考えが受け入れられるまでにかかる時間の歴史でもあるのです。
第五部 マイクロバイオーム — 体のなかの巨大な生態系
腸のなかの都市
私たちの体に住む微生物の全体と、その遺伝子をまとめてマイクロバイオームと呼びます。その中心の舞台はなんといっても腸、とりわけ大腸です。ここには数百から数千の種にのぼる微生物が巨大な生態系をなして暮らしています。まるで一つの都市のように、異なる仕事をする多様な住民が複雑に絡みあっています。
これらの微生物はただ居候しているのではありません。私たちが自分では消化できない食物繊維のような成分を分解し、私たちの体に役立つ物質に変えてくれます。一部のビタミンの生産を助けることもあります。また腸の壁にびっしりと居場所を占めることで、害ある侵入者が入りこんで定着しにくくする一種の防御線の役割も果たすと考えられています。
人によって異なる庭
マイクロバイオームの興味深い点の一つは、その構成が人によってかなり異なることです。まるでそれぞれが違う庭を抱えているかのようです。何を食べるか、どこで育ったか、生きてきた環境がどうだったかによって、腸のなかの微生物の地形が変わると考えられています。同じ種類の食事を長く続けてきた人々のあいだには、ある程度似た傾向が現れることもあります。
ただしここでも慎重さが必要です。「どんな構成がもっともよいマイクロバイオームか」という問いには、まだ誰も自信をもって答えがたいのです。健康な人々のあいだでも微生物の構成はかなり多様に現れ、ただ一つの理想の正解があるというより、いくつもの均衡のとれた状態がありうると見るほうが、現在の慎重な理解に近いといえます。
免疫の学校
とりわけ興味深いのは免疫との関係です。私たちの免疫系は生まれたときから完成しているわけではありません。幼いころにさまざまな微生物と出会いながら、「これは味方、あれは敵」を学んでいきます。腸のなかの微生物の生態系は、この学習の過程で大切な先生の役割を果たすと考えられています。
この「免疫の教育」という発想は魅力的ですが、それだけに慎重にあつかわねばなりません。幼いころの微生物経験が免疫の発達と関係していそうだ、という大きな絵まではわりと広く語られますが、「特定の微生物にさらされると特定の疾患を防げる」といった具体的で断定的な主張は、まだ十分に立証されていない場合が多いのです。関係していそうだということと、原因と結果を確定することは、まったく別のことです。この区別を忘れないことが大切です。
ただしここで慎重さが必要です。マイクロバイオームは近年爆発的に研究される分野で、まだ因果関係が明確に分かっていない部分が多くあります。「特定の細菌が増えればある病気が治る」といった単純な主張は、たいてい誇張か早まった一般化です。科学がこれまで比較的自信をもって言えるのは、微生物の生態系の多様性と均衡が健康と関係していそうだ、という大きな絵くらいです。具体的な効能を断定するにはまだ早いのです。
| マイクロバイオームが関わるとされる領域 | 科学的理解の水準 |
| --- | --- |
| 消化と栄養分の処理 | 比較的よく確立されている |
| 免疫系の発達と調節 | 活発に研究中 |
| 侵入する微生物への防御 | 相当な根拠がある |
| そのほかの幅広い健康への影響 | 研究の初期、慎重な解釈が必要 |
第六部 病気と健康の両面
敵となる微生物
もちろん微生物がつねに味方なわけではありません。人類の歴史で、伝染病は戦争や飢饉に劣らぬ大きな影響を与えてきました。中世ヨーロッパを襲ったペスト、さまざまな時代のコレラや結核、そして私たちの時代が直接経験した呼吸器の伝染病の大流行まで。こうした病は細菌やウイルスのような微生物が引き起こします。
ところが微生物が病を引き起こすという考えそのものが、じつは人類の歴史で比較的遅く根づいたものです。長いあいだ人々は、病が「悪い空気」や道徳の堕落のために生じると信じていました。一九世紀になってようやく、科学者たちは目に見えない微生物が特定の病気の原因になりうることを実験で示しました。この「細菌説」の確立は医学の歴史を変えた大きな転換点でした。手を洗い、手術の道具を消毒するという単純なことが多くの命を救うようになったのも、この洞察のおかげです。
味方と敵の境界はあいまいだ
ここで大切なのは、微生物を「よい菌」と「悪い菌」にきれいに分けるのが難しいということです。同じ種類の細菌でも、ふだんは私たちの体でおとなしくしていながら、免疫が弱った隙をついて問題を起こすことがあります。居場所と均衡が大切なのです。皮膚にいるときは無害な微生物が、見当ちがいの場所に入ると害になりうります。だから現代の微生物学は「この菌は善か悪か」という単純な問いより、「この微生物がどこで、どんな均衡のなかで、どうふるまうのか」という文脈をより重く見ます。
第七部 抗生物質 — 両刃の剣
奇跡の薬、そしてその後
二〇世紀の医学のもっとも大きな勝利の一つは抗生物質でした。カビのつくるある物質が細菌を殺すという偶然の観察から始まり、人類は細菌感染と戦う強力な武器を得ました。かつて死に至った感染症が、数錠の薬で治り始めました。抗生物質はたしかに多くの命を救った偉大な発明です。
ところがここには影があります。細菌は速く増え、増えるたびに少しずつ変異が生じます。ある変異は偶然、特定の抗生物質に耐える力を与えます。抗生物質を使うと弱い細菌は死にますが、運よく耐性をもつ細菌は生き残って増えます。世代を重ねると、その抗生物質がもはや効かない耐性菌が増えていきます。これが抗生物質耐性の基本の原理であり、進化の働きを目の前で見せてくれる例でもあります。
[耐性が広がる単純化された過程]
多様な細菌の集団 (大半は弱い、ごく少数が耐性)
│ 抗生物質の使用
▼
弱い細菌は死に、耐性の細菌だけが生き残る
│ 生き残った細菌が増える
▼
耐性細菌の割合がしだいに大きくなる
→ 同じ抗生物質がだんだん効かなくなる
慎重な使用という課題
このため医療界は、抗生物質をどうしても必要なときに、定められたやり方で慎重に使うことを大切にしています。たとえば抗生物質は細菌には効きますがウイルスには効かないので、ウイルスが引き起こす風邪のような病に抗生物質を使うのは、役に立たないうえに耐性の問題だけを大きくしかねません。この文章は具体的な服薬の指針を示しません。抗生物質の使用は必ず医療の専門家の判断に従わねばなりません。ただ一つ大きな絵ははっきりしています。抗生物質耐性は一人の問題ではなく、社会全体がともに取り組むべき課題だということです。
世界保健機関をはじめとする多くの機関は、抗生物質耐性を人類がともに向きあう大きな保健の課題の一つに数えています。一人が抗生物質をどう使うかが、その人だけでなく、ともに生きる皆の未来に影響を与えうるという点で、この問題は個人の選択を越えて社会的な約束の領域に近いのです。
第八部 発酵 — 微生物とともに醸してきた文明
微生物がつねに病や脅威としてだけ現れたわけではありません。人類はずっと昔から微生物を手なずけ、食と文化を醸してきました。その中心に発酵があります。
発酵とは、微生物が糖やほかの成分を分解しながら新しい物質をつくり出す過程です。パンがふくらむのは、酵母が生地のなかで活動して気体を出すからです。キムチ、味噌、チーズ、ヨーグルト、酢といった食べ物は、みな微生物の働きを借りてつくられます。私たちの祖先は、この原理を科学的に理解するはるか前から、経験を通して微生物と協力するすべを知っていたのです。
世界各地の発酵
発酵はどれか一つの文化のものではありません。世界各地で人々は、それぞれの微生物の協力者とともに独特の食べ物を醸してきました。朝鮮半島のキムチや味噌や醤油、日本の味噌や納豆や酒、ヨーロッパのチーズやパンやぶどう酒、中東の発酵乳製品、東南アジアの魚の発酵ソースに至るまで。材料と気候が異なるぶん、その地域の空気や環境に宿る微生物も異なり、だから同じ発酵でもそれぞれ違う味と香りを醸し出します。
[世界の発酵食品いくつか (単純化)]
穀物・豆の発酵 : パン、味噌、醤油、納豆
野菜の発酵 : キムチ、漬物
乳製品の発酵 : チーズ、ヨーグルト
飲み物の発酵 : ぶどう酒、酢、一部の茶
発酵はただ味のためだけではありませんでした。冷蔵庫のなかった時代、発酵は食べ物をより長く保つ知恵でもありました。発酵の過程でできるある環境が、害ある微生物の育ちにくい状態をつくるからです。ですから発酵食品は、微生物と人間が長い年月をかけてともに醸してきた文明の実りだといえるでしょう。ただし発酵食品が健康にどんな影響を与えるかは食べ物と人によって異なりうるため、一律の効能を断定することは難しいのです。
第九部 極限の住人たち — そして別の星への想像
煮える水と氷と塩のなかで
微生物の適応力は、私たちの想像をしばしば超えます。沸点に近い温泉のなかで、氷の深いところで、海水より何倍も塩からい湖で、ひとすじの光も届かない深い海の底でも、難なく生きる微生物が見つかってきました。こうした極端な環境を好む微生物をまとめて極限微生物と呼びます。さきほど見た古細菌のなかに、こうした能力をもつ種類が多くあります。
彼らがどうやってそれほど過酷な条件に耐えるのかは、それ自体が興味深い研究の主題です。暑いところに住む微生物から得たある物質は、今日、実験室でDNAをあつかう技術に役立っていることが知られています。極限の住人たちが、私たちに思いがけない道具を手わたしてくれたわけです。
別の星にもいるだろうか
極限微生物は、もう一つの大きな想像へと私たちを導きます。もし地球のもっとも過酷な場所でも生命が生きていけるなら、宇宙のほかのところ、たとえば氷の下に海を抱くと考えられている遠い衛星にも、何らかのかたちの生命がありうるのではないでしょうか。この問いは宇宙生物学と呼ばれる研究分野の中心にあります。
はっきりさせておくべきは、地球の外の生命は今日まで確認されていないということです。これはあくまで開かれた問いであり、想像です。けれども地球の極限微生物が見せる粘り強い生命力は、生命が私たちの思うよりはるかに幅広い条件で可能かもしれないという驚くべき可能性を、そっと開いておきます。見えない小さな住人たちが、もっとも大きな問いの一つへと私たちを連れていくのです。
第十部 生態系の見えない働き手たち
微生物の舞台は私たちの体のなかだけにあるのではありません。地球全体の生態系が微生物なしには回りません。
分解 — 巨大なリサイクル工場
もっとも代表的なのが分解の役割です。落ち葉が朽ち、死んだ生物が土に戻る過程は、ほとんど微生物が担います。もし微生物が分解をやめたら、死んだものはただ積もるばかりで、そのなかの栄養分はふたたび循環できないでしょう。微生物は巨大なリサイクル工場の働き手なのです。
窒素固定 — 空気を養分に
土のなかのある細菌は、空気中の窒素を植物が使える形に変えてくれます。空気の大半を占める窒素は、そのままでは多くの生物が使えない形です。この見えない細菌たちが橋をかけてくれるからこそ、ようやく窒素が生命の循環のなかへ入ってきます。植物はそのおかげで育ち、私たちはその植物を食べます。豆科の植物の根に宿ってともに生きる細菌がこうした仕事をすることは、よく知られた話です。
海 — 見えない森
海では無数の微生物が光合成と分解を通して、炭素と酸素の流れに深く関わっています。海の表面を漂う小さな光合成微生物たちは、目に見えない巨大な森のようなものです。彼らがつくり出す酸素の量は決して小さくないと考えられています。さきほど第一部で見たように、私たちが吸う酸素のかなりの部分がもともと微生物の作品だったことを思い出すと、この見えない働き手たちの規模にあらためて驚かされます。
[地球を支える微生物の仕事 (単純化)]
分解 : 死んだものを土へ戻す
窒素固定 : 空気の窒素を養分に変える
光合成 : 酸素をつくり炭素を取りこむ
→ どれも生命の循環を回す見えない歯車
第十一部 体のあちこちの異なる庭 — 皮膚と口のなか
マイクロバイオームというと腸を思い浮かべがちですが、微生物の住みかは体のあちこちに広がっています。場所ごとに環境が異なるぶん、そこに住む微生物の構成もずいぶん異なります。まるで一人のなかに、いくつもの異なる庭が同時に手入れされているかのようです。
皮膚は私たちの体のもっとも外側にある巨大な生態系です。脂気の多い額や乾いた腕、湿った脇は、それぞれ異なる環境であり、だからそれぞれ異なる微生物の群れが住みつくと考えられています。この皮膚の上の微生物たちは、ただ居候しているのではなく、外からの侵入者がむやみに住みつきにくくすることに、ある程度関わっていると考えられています。
口のなかもまた微生物でいっぱいです。唾液と歯、歯ぐきと舌は、それぞれ異なる微小な環境をなし、そのなかで数多くの微生物が均衡を保って暮らしています。ただしこの均衡が何らかの理由で乱れると問題が生じうると考えられており、だから口のなかの衛生が長く強調されてきたともいえます。ただし具体的な手入れの方法はこの文章の範囲を越えており、専門家の判断に委ねるべきことです。
[一人のなかのいくつもの微生物の住みか (単純化)]
腸 : もっとも大きく多様な生態系
皮膚 : 部位ごとに環境の異なる外側の生態系
口のなか: 唾液、歯、舌がなす微小な環境
→ 場所ごとに住む微生物の構成が異なる
第十二部 微生物の社会生活 — 生物膜と信号のやりとり
微生物を、ぽつんと漂う小さな点として思い浮かべがちですが、じっさいには彼らはしばしば群れをなして暮らします。数多くの微生物が一か所に集まり、みずからつくり出した粘った物質に囲まれて層をなすことを生物膜と呼びます。歯の表面につく膜や、長く置いた水入れの内側にできるぬるりとした膜が、身近な例です。
生物膜のなかで微生物たちは、外で一人でいるときとは違うふるまいをすると考えられています。たがいに近く寄りそって物質をやりとりし、一種の協力関係をなすこともあります。興味深いことに、ある細菌は自分のまわりに同じ種類がどれほど多いかを感じとり、その数がある水準を超えると、いっしょにふるまいを変えることが知られています。まるで「私たちは十分に集まったか」をたがいに確かめあうかのようです。こうした信号のやりとりは、微生物が単なる個体の集まりを越えて、ある意味で社会をなすという印象を与えます。
この発想は、微生物を見る私たちの目をもう一度広げてくれます。見えないほど小さな生命でさえ、集まり、伝えあい、環境にいっしょに応じるということ。ただしこうしたふるまいの細部や、それが健康とどうつながるのかは、まだ活発に研究される領域であり、断定的な結論を出すには早い部分が多くあります。
第十三部 プロバイオティクスとプレバイオティクス — 慎重にのぞく
マイクロバイオームへの関心が高まるにつれ、「よい微生物を加えたり、彼らに餌を与えて腸の生態系を手入れする」という発想が広く語られてきました。よく耳にする二つの言葉を押さえておきましょう。プロバイオティクスは生きた微生物そのものを指す言葉として使われ、プレバイオティクスはそうした微生物の餌になると考えられる成分を指す言葉として使われます。発酵食品や食物繊維の豊かな食べ物が、こうした文脈でしばしば挙げられます。
この発想そのものは直観的にもっともらしく見えます。けれどもここでとくに慎重であるべきです。どの微生物がどの人に、どんな状況で、どれほど役立つかは、人と場合によって大きく異なりうるし、まだ明確に整理されていない部分が多くあります。「これを食べれば腸が健康になる」といった単純で断定的な主張は、たいてい誇張に傾きがちです。同じ食べ物が誰にでも同じ効果を生むとは見なしがたいのです。
ですからこの文章は、どんな製品も食事療法も勧めません。ただ一つの大きな絵は、わりと慎重に述べることができます。多様で均衡のとれた食生活が、腸内の生態系の多様性と関係していそうだ、ということです。具体的な選択は、つねに自分の状況と専門家の判断に委ねるほうが賢明です。微生物の世界でもっとも正直な態度は、知らないことを知らないと認めることだからです。
第十四部 人間は超個体か
これらすべてを集めると、興味深い視点の一つにたどり着きます。人間を孤立した一個体ではなく、自分の細胞と数多くの微生物がともになす「超個体」として見る視点です。
この見方によれば、私たちはきれいに境界づけられた単一の存在ではありません。私たちは歩き回る一つの生態系に近いのです。私たちが食べる食べ物は私たちだけの食事ではなく、私たちのなかの微生物たちの食事でもあり、私たちの健康は私たちの細胞だけでなく、この同居者たちとの関係のなかで醸されます。母から赤ちゃんへ微生物が伝わる過程は、遺伝子と同じくらい大切なもう一つの「受け継ぎ」として語られることもあります。
もちろんこの「超個体」という表現は一つの比喩であり視点であって、すべての科学者が同じ重みで受け入れる確定した定義ではありません。どこまでを「私」と見るかは科学の問題であり、同時に哲学の問題でもあります。けれども少なくとも一つははっきりしています。「私は完全に私一人だ」という古い直観が、生物学的にはそれほど単純ではない、ということです。
第十五部 一生にわたる同行 — 微生物とともに育つ
私たちと微生物の関係は、ある一時点に固定されたものではなく、一生にわたって変わっていく長い同行に近いものです。生まれたばかりの赤ちゃんの体には、はじめ微生物がほとんどおらず、世に出てくる過程やその後の授乳、初めての食べ物、まわりの環境との出会いを経て、微生物の生態系がしだいに落ち着いていくと考えられています。幼いころは、この生態系がかたちを整えていくとくに動的な時期として語られます。
育つにつれ、食べ物の幅が広がり生活環境が多様になると、腸のなかの微生物の構成もともに変わっていきます。大人になるとその構成は比較的安定した均衡に達すると考えられますが、その均衡も何を食べどう生きるかによってゆっくり動きます。年をさらに重ねたあとの微生物の生態系が若いころとどう異なるか、その変化が何を意味するかは、いまも活発に研究される主題です。
ここでも断定はひかえるべきです。「どの時期にどんな微生物がいるべきだ」といった具体的で断定的な処方は、まだ科学が十分に答えられない領域です。ただ大きな絵として、微生物との関係が一生にわたる同行であり、私たちの人生のさまざまな段階とともに変わっていくことは、はっきりしているように見えます。私たちはある一瞬ではなく、人生全体にわたって、この見えない同居者たちとともに育っていくのです。
[一生にわたる微生物との同行 (ごく単純化)]
生まれたて: 微生物がほとんどない状態から出発
│
乳幼児期 : 授乳と初めての食べ物で生態系が速く形成
│
成長期 : 食べ物と環境が広がり構成が変わる
│
成人期 : 比較的安定した均衡に達する (なおゆっくり変動)
第十六部 産業と医学のなかの微生物 — 見えない働き手のもう一つの顔
微生物は自然と私たちの体のなかだけで働くのではありません。人類は昔から微生物を産業と医学の現場へ連れてきて、その能力を借りてきました。さきほど見た発酵はそのもっとも古い例ですが、それだけがすべてではありません。
今日、多くの有用な物質が微生物の助けでつくられます。ある微生物は特定の物質を効率よくつくり出す小さな工場のように使われ、また別の微生物は廃水や汚染物を分解して環境を取り戻すのに活用されることが知られています。パンや酒を醸していた古い協業が、いまやはるかに広い舞台へ広がったわけです。
医学と科学の現場でも、微生物は見えない働き手です。さきに述べたように、暑い環境に住む微生物から得たある物質は、実験室でDNAをあつかう技術の土台にもなりました。微生物は研究の対象であるだけでなく、研究を可能にする道具でもあるのです。ただしこうした活用の具体的な安全性や効果は分野ごとに異なり、慎重な検証を経るべきことなので、この文章でその効能を一般化して断定することは難しいのです。
これらすべての話が教えてくれるのは、微生物が敵か味方かという単純な二分法をもう一度越えるという事実です。微生物はときに脅威であり、ときに同居者であり、ときには私たちが借りて使う精巧な働き手でもあります。見えないこの小さな生命の役立ちは、私たちが数えきれないほど広いのかもしれません。
第十七部 よくある誤解を正す — 慎重さという習慣
微生物はとても人気のある話題なので、事実と誇張が入りまじって出回ることがよくあります。最後に、よく出会う誤解をいくつか、慎重なまなざしで見ていきましょう。
第一に、「すべての細菌は悪い」という考えです。さきに見たように、私たちの内と外の微生物の大多数は、害があるどころか、私たちとともに生きる同居者に近いものです。手を洗い衛生を保つことはたしかに大切ですが、それが「すべての微生物を撲滅すべきだ」という意味ではありません。
第二に、逆に「自然な微生物はすべて有益だ」という考えも、同じく危険な単純化です。ある微生物ははっきりした脅威であり、だからこそワクチンや衛生や抗生物質が必要です。自然であることが、そのまま安全であることを意味するわけではありません。
第三に、「特定の食べ物や製品がマイクロバイオームを一気によくする」といった主張です。前の章でくり返し見たように、微生物と健康の関係は人と場合によって大きく異なり、まだ活発に研究中の領域が多くあります。断定的な効能の主張は、たいてい誇張と見るほうが安全です。
これらの誤解を貫く一つの態度があるとすれば、それは慎重さです。微生物の世界で私たちが身につけるべきもっとも大切な習慣は、白と黒に性急に分けず、知っていることと知らないことを正直に見分けることです。驚きながらも断定しないこと、それがこの見えない世界に向きあうもっともふさわしい姿勢なのかもしれません。
おわりに — 境界を引きなおす
もう一度はじめに戻りましょう。この文章を読むあいだにも、あなたのなかの数十兆の微生物は黙々と自分の仕事をしていました。食べ物を分解し、免疫の均衡を助け、侵入者を防ぎながら。
微生物の世界をのぞくことは、結局「私」という境界を引きなおすことに似ています。私たちは微生物を敵としてのみ見てきましたが、彼らは私たちのもっとも古い同居者であり、ある意味では私たちを私たちたらしめる一部でもあります。もちろんそのなかにははっきりした脅威もあり、だからこそ手を洗い、ワクチンを打ち、抗生物質を慎重に使うことはいまなお大切です。敵と味方を見分ける知恵はつねに必要です。
けれどもその見分けの土台には、一つの謙虚な認識が敷かれていてほしいものです。私たちは微生物の惑星にしばらく間借りして暮らす客であり、同時に彼らとともに生きる同居人なのだ、ということ。見えないからといってないわけではなく、小さいからといってささいなわけでもない、ということ。次に手を洗うとき、あるいは発酵食品を一口食べるとき、この見えない同居者たちを一度だけ思い浮かべてみれば、世界が少し違って見えるかもしれません。
微生物の世界は、いまなお多くの部分が明らかにされている最中です。この文章で「考えられている」「研究中である」をくり返した理由も、そこにあります。けれどもまだすべてを知らないという事実は、がっかりする結末ではなく、むしろもっとも心おどる出発点です。私たちの足もとと私たちのなかに、まだ名前さえつけられていない無数の生命が、黙々と世界を支えているということ。その驚きの前で私たちが持ちうるもっとも正直な心は、謙虚な好奇心でしょう。
主な用語の整理
| 用語 | 短い説明 |
| --- | --- |
| 微生物 | 肉眼で見えない小さな生命をひとまとめに呼ぶ言葉 |
| 細菌(バクテリア) | 核のない単細胞の生命、もっともありふれた微生物 |
| 古細菌(アーキア) | 細菌に似るが別の大きな枝、極限環境に強い |
| ウイルス | 宿主の細胞のなかでのみ増える、生命の境界に立つ存在 |
| バクテリオファージ | 細菌を宿主にするウイルス |
| マイクロバイオーム | 一つの体や環境に住む微生物の全体とその遺伝子 |
| 抗生物質耐性 | 細菌が特定の抗生物質に耐えるようになる現象 |
| 発酵 | 微生物が成分を分解して新しい物質をつくる過程 |
| 極限微生物 | 煮える水、氷、塩など過酷な環境を好む微生物 |
| 窒素固定 | 空気の窒素を生物が使える形に変えること |
| 生物膜 | 微生物が粘った物質に囲まれて層をなした状態 |
| プロバイオティクス | 生きた微生物そのものを指す言葉として使われる |
| プレバイオティクス | 微生物の餌になると考えられる成分を指す言葉 |
| 宇宙生物学 | 地球の外の生命の可能性を探る研究分野 |
考えてみる問い
- 「よい菌」と「悪い菌」をきれいに分けるのが難しい理由を、居場所と均衡という言葉で説明してみるなら?
- 抗生物質耐性が一個人の問題ではなく社会全体の問題である理由は何でしょうか。
- 人間を「超個体」として見る視点は、私たちが自分自身を理解するしかたをどう変えうるでしょうか。
- ウイルスが「生きているのか」という問いに一つの答えを出しがたい理由は何でしょうか。
- 微生物を育てずにDNAを読んで研究する方法は、微生物世界についての私たちの絵をどう広げたでしょうか。
- 地球の極限微生物が別の星の生命を想像させる理由は何であり、その想像で私たちが慎重であるべき点は何でしょうか。
- 微生物が「敵か味方か」という単純な二分法で分けられないことを、発酵と抗生物質と生物膜の例で説明してみるなら?
- 微生物との関係が一生にわたって変わっていくという事実は、私たちが自分の体を見るしかたにどんな余韻を残すでしょうか。
- 「知らないことを知らないと認める」態度が、微生物のように速く研究される分野でとくに大切な理由は何でしょうか。
参考資料
- [Encyclopædia Britannica — Microbiome](https://www.britannica.com/science/microbiome)
- [Encyclopædia Britannica — Bacteria](https://www.britannica.com/science/bacteria)
- [Encyclopædia Britannica — Virus](https://www.britannica.com/science/virus)
- [Encyclopædia Britannica — Bacteriophage](https://www.britannica.com/science/bacteriophage)
- [Encyclopædia Britannica — Antibiotic resistance](https://www.britannica.com/science/antibiotic-resistance)
- [Encyclopædia Britannica — Fermentation](https://www.britannica.com/science/fermentation)
- [Encyclopædia Britannica — Extremophile](https://www.britannica.com/science/extremophile)
- [World Health Organization — Antimicrobial resistance](https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/antimicrobial-resistance)
- [National Human Genome Research Institute — Microbiome](https://www.genome.gov/genetics-glossary/Microbiome)
- [National Human Genome Research Institute — Microbiome (fact sheet)](https://www.genome.gov/about-genomics/fact-sheets/Genomics-and-Microbiome)
- [Encyclopædia Britannica — Archaea](https://www.britannica.com/science/archaea)
- [Encyclopædia Britannica — Astrobiology](https://www.britannica.com/science/astrobiology)
현재 단락 (1/185)
いまこの文章を読むあなたの体には、数十兆もの微生物がともに住んでいます。皮膚の上に、口のなかに、そしてとりわけ腸のなかに。その数があまりに多いため、かつては私たちの体の人間の細胞より微生物の細胞のほう...