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- Youngju Kim
- @fjvbn20031
- ある砂漠の正午
- エネルギー転換とは何か
- 化石燃料はなぜそれほど強力だったのか
- コストの崩壊 — 太陽光と風力に何が起きたのか
- 太陽光と風力はどのように電気をつくるのか
- 間欠性 — 日が沈んだらどうするのか
- 原子力をめぐる議論 — 最も熱い分かれ道
- 電力網 — 見えない主役
- ちょっと、興味深い事実をいくつか
- 最も安いエネルギーは使わないエネルギー
- 日常に見える転換
- 公正な転換 — 人の問題
- 電気だけでは難しい領域 — 産業と輸送の宿題
- 鉱物と供給網 — 転換の新しい地政学
- 国ごとに異なる道 — 唯一の正解はない
- 速度とコストをめぐる議論
- 転換の足跡 — 簡単な年表
- 転換の動力 — 誰がこの変化を押すのか
- よくある誤解
- 紛らわしい用語
- 小さなクイズ
- 核心を五行で
- 結びに — わたしたちが投げかける問い
- 参考資料
ある砂漠の正午
ネバダ砂漠の正午、巨大な鏡が数千枚、一点に向けて陽光を集めます。塔の頂上では塩が溶けて流れ、摂氏565度ほどまで熱せられ、その熱は日が沈んだあとも数時間にわたって蒸気をつくりタービンを回します。同じ時刻、北海の真ん中では、人の背丈の数十倍にもなる風力タービンがゆっくりと回り、翼のひと振りが一世帯の一日分の電気を生み出します。
ほんの一世代前まで、こうした光景は環境団体のポスターに登場する理想にすぎませんでした。太陽光は高く、風力は気まぐれで、どちらも「補助金がなければ生き残れないおもちゃ」という評がつきまとっていました。ところが2020年代に入ると、話がひっくり返ります。世界の多くの場所で、新たに建てる発電所のうち最も安い電気を出すのが太陽光と風力になったのです。
本稿は、その変化の正体を落ち着いて見つめようとするものです。何がコストを崩したのか、それでもなぜ化石燃料が簡単には消えないのか、間欠性という厄介な問題をどう扱うのか、原子力はどこに立っているのか、そしてこの巨大な転換が人々の仕事と財布にとって何を意味するのかを、ともに見ていきます。どちらか一方に肩入れするよりも、異なる立場が何を根拠にしているのかを公正に並べて示すことが目標です。
一つ先に申し上げておきたいことがあります。エネルギーは私たちの暮らしを支える最も根本的な土台の一つでありながら、ふだんはほとんど目に見えません。スイッチを入れれば明かりがつき、給油所に行けば燃料が満たされ、冬にボイラーを回せば家が暖まります。あまりに当たり前なので、その背後でどれほど巨大なシステムが回っているのかを、私たちはなかなか意識しません。エネルギー転換は、まさにその見えない土台をまるごと変えようとする試みです。人々がその中で住み続けているあいだに、家の柱を入れ替えるようなものだと言ってもよいでしょう。だからこの話は遠く抽象的に聞こえがちですが、実は私たち全員の日常と接しているのです。
エネルギー転換とは何か
「エネルギー転換」とは、ある社会が主に依存するエネルギー源が別のものへと移り変わる過程を指します。実のところ、人類はこうした転換を何度も経験してきました。薪から石炭へ、石炭から石油や天然ガスへと移ったことは、いずれもエネルギー転換でした。今日わたしたちが語る転換はそのなかで最も野心的なもので、温室効果ガスを排出する化石燃料から、太陽光、風力、水力、原子力といった低炭素のエネルギー源へと移ることを意味します。
ここで一つ区別をしておく必要があります。わたしたちが使うエネルギーは大きく三つの領域に分かれます。
- 電力: コンセントから出てくる電気。エネルギー使用全体のおよそ五分の一ほどです。
- 熱: 暖房や産業工程で使う熱。鉄やセメントをつくるときのように、非常に高い温度が必要な場合が多くあります。
- 輸送: 自動車、トラック、船、飛行機を動かす燃料。
「エネルギー転換」というと電気の話だけを思い浮かべがちですが、本当に難しい部分はしばしば熱と輸送にあります。電気をきれいにする作業は速く進む一方で、製鉄所の溶鉱炉や大型貨物船のエンジンを脱炭素化する作業ははるかに厄介です。だからこそ多くの専門家が「すべてを電化する」ことを唱えます。できるかぎり多くの仕事を電気に移したうえで、その電気をきれいにするという戦略です。
化石燃料はなぜそれほど強力だったのか
いまの転換を理解するには、まず私たちが何から抜け出そうとしているのかを知らねばなりません。化石燃料が一つの時代を支配したのには明確な理由がありました。石炭と石油、天然ガスは、自然が数億年をかけて陽光エネルギーを少しずつ凝縮しておいたものです。植物や微生物が受け取った太陽エネルギーが地中深くで長い時間、圧力と熱を受け、小さな体積に膨大なエネルギーを収めた燃料へと変わりました。
この「エネルギー密度」が核心です。小さな缶一つ分のガソリンが、人が数十人で一日中働いてやっと出せるエネルギーを秘めており、しかも運びやすく、必要なときにいつでも燃やせます。産業革命以後、人類の生産力が爆発的に伸びたのには、この密度が高く扱いやすい燃料の役割が大きかったのです。化石燃料は単なる汚染源ではなく、現代文明を支えた土台だったわけです。
問題はその燃料を燃やすときに出る二酸化炭素です。地中に閉じ込められていた炭素が大気へあふれ出ることで、地球が抱え込む熱が少しずつ増えていきます。この基本原理、すなわち特定の気体が熱を閉じ込めるという事実は、十九世紀から科学者たちが明らかにしてきた、よく確立された物理です。エネルギー転換が必要な理由はまさにここにあります。化石燃料が悪いからではなく、その副産物が気候に負担を与えるからです。だからこそ転換の課題は「化石燃料が与えてくれた便利さを、その副産物なしにどう取り戻すか」と要約できます。
もう一つ覚えておくべき点は転換の時間の尺度です。歴史を見れば、一つのエネルギー源が社会の中心に据わるには、ふつう数十年がかかりました。石炭が薪を押しのけ、石油が石炭と肩を並べる過程は、ある日突然に起きたのではなく、一世代あるいはそれ以上にわたってゆっくり進みました。さらに興味深いのは、新しいエネルギー源が台頭したからといって、既存のエネルギー源がすぐに消えはしなかったという事実です。石油が登場したあとも、石炭の使用量はしばらくむしろ増えました。新しい需要があまりに速く伸びたため、すべてのエネルギー源が一緒に増える時期があったのです。
この歴史的教訓は、今日の転換にも二つを示唆します。一つは、再生可能エネルギーが速く成長したからといって化石燃料が自動的に減るわけではない、という点です。化石燃料を実際に減らすには意図的な努力が要ります。もう一つは、それでも今日の転換は過去よりはるかに速い可能性がある、という点です。太陽光パネルは巨大な発電所ではなく小さなモジュールなので、工場で刷り出すように大量に速く増やせます。一度建てるのに数年かかる巨大設備とは違い、小さく標準化された技術は普及の速度が異なりうるのです。過去の転換を鏡としつつ、その速度をそのまま未来に投影することは慎むべきだ、という意味です。
過去の転換と今の転換を並べて見比べると、その違いがいっそう鮮明になります。
| 区分 | 過去の転換(薪から石炭、石炭から石油) | 今日の転換(化石燃料から低炭素) |
|---|---|---|
| 主な動機 | より便利で安い燃料を追う | コストとともに気候を守ろうとする意図 |
| 既存源の運命 | しばらく一緒に増えた | 意図的に減らす必要 |
| 設備の形 | 大型施設が中心 | 小さく標準化されたモジュール多数 |
| 核心の制約 | 資源の埋蔵と採掘 | 貯蔵、電力網、供給網 |
| 普及の速度 | おおむね数十年にわたる | より速くなりうるが不確実 |
この表が示すように、今日の転換は過去のどの転換とも完全には同じではありません。似た点から教訓を得つつ、異なる点を忘れない均衡が必要です。
コストの崩壊 — 太陽光と風力に何が起きたのか
エネルギー転換を語るとき、最も劇的な場面は何といってもコストです。二十一世紀の初めには、太陽光の電気は石炭の電気より何倍も高いものでした。それが2010年代を通じて、嘘のように下がっていきます。
国際再生可能エネルギー機関(IRENA)や各種の研究機関の集計によれば、大規模な太陽光発電のコストは2010年から2020年のあいだに約90パーセントほど下がりました。陸上風力も同じ期間に半分以下まで下がっています。一世代にも満たない時間のなかで起きた変化であり、産業の歴史でも屈指のコスト低下の事例として記録される価値があります。
なぜこのようなことが起きたのでしょうか。いくつかの要因がかみ合いました。
第一に、学習曲線です。どんな製品でも、累積生産量が二倍になるたびに単価が一定の割合で下がる傾向があり、これを「学習率」と呼びます。太陽光パネルの学習率は驚くほど安定していて、累積生産が二倍になるたびに価格がおおよそ20パーセント前後下がってきました。半導体やLEDと同じく、製造業に特有の規模の経済が働いたのです。
第二に、政策という呼び水です。ドイツは2000年代に「固定価格買取制度」を通じて初期の太陽光市場を大きく育て、その需要が中国の大規模な製造投資を呼び込みました。中国がパネルを大量に生産することで価格がさらに下がり、価格が下がれば需要がさらに増えるという好循環が生まれました。
第三に、技術の漸進的な改善です。パネルの効率は少しずつ高まり、風力タービンはどんどん大きくなって、翼一枚がより多くの風を受けてより多くの電気をつくるようになりました。タービンが大きくなるほど、同じ電気をつくるのにかかるコストは減ります。
この三つの要因は別々にではなく、互いを引き合いながら働きました。政策が初期の需要をつくると生産が増え、生産が増えると学習曲線に沿って価格が下がり、価格が下がると補助金なしでも買う人が現れてふたたび需要が伸びました。いったんこの車輪が回りはじめると、最初にその流れを押した政策がなくても自ら転がるようになりました。経済学者が「正のフィードバック」と呼ぶこうした動学は、ある技術がある閾値を越えると、変化が予想よりはるかに速く起こりうることを示します。多くの人が太陽光の速い成長をくり返し過小評価したのも、この非線形的な性格のためでした。
このコスト低下を一目で見るために、おおまかな趨勢を表にまとめると次のようになります。(正確な数値は資料によって異なるので、あくまでおおよその流れとして読んでいただければ幸いです。)
| 発電源 | 2010年ごろの相対コスト | 2020年ごろの相対コスト | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 大規模太陽光 | 非常に高い | 非常に低い | 約10年で約90パーセント低下 |
| 陸上風力 | 高い | 低い | 同じ期間に半分以下へ低下 |
| 洋上風力 | 非常に高い | 中程度 | 始まりは遅いが急速に低下中 |
| 石炭 | 中程度 | 中程度 | 大きな変化なし、炭素コストの負担増 |
| 天然ガス | 中程度 | 中程度で変動 | 燃料価格に応じて揺れる |
ここで一つ注意すべき点があります。上のコストは、発電所が電気をつくり出すのにかかる費用、いわゆる「均等化発電原価」を指します。ところが太陽光と風力は、陽光と風があるときにだけ電気をつくります。したがって、単に一キロワット時あたりのコストが安いということと、社会が必要とする時点で安定的に電気を供給するのにかかるコストとは、別の話です。まさにこの地点で「間欠性」という問題が登場します。
太陽光と風力はどのように電気をつくるのか
コストの話をしばらく止めて、これらの発電源が実際にどう作動するのかを短く触れておきます。原理を知れば、その長所と短所がずっと自然に理解できるからです。
太陽光パネルは「光が電気をつくる」光電効果に頼ります。パネルを成す半導体物質に陽光の粒がぶつかると、そのエネルギーが物質中の電子を押し出して流れさせます。この流れが電気です。驚くべき点は、動く部品が一つもないことです。エンジンも、タービンも、燃料もなく、ただ光が当たりさえすれば静かに電気が流れ出ます。部品が摩耗することが少ないので寿命が長く、管理が比較的容易だという長所がここから生まれます。代わりに、光がなければ電気もないという避けられない弱点も、同じ原理から生まれます。
風力タービンははるかに直感的です。風が巨大な翼を押して回転軸を回し、その回転が発電機を回して電気をつくります。実はこれは数百年前の風車が穀物を挽いた原理と本質的に同じです。ただし現代のタービンははるかに大きく精巧で、風の強さに応じて翼の角度を細かく変えながら効率を高めます。風が強まるほど得られるエネルギーが急に増えるため、風が安定して強い場所、とくに開けた海の上が風力の好適地として挙げられます。
二つの技術には共通点があります。燃料を燃やさないので、一度建てれば「燃料費」がほとんどかからないという点です。これが化石燃料発電との根本的な違いです。化石燃料発電所は止まっていても燃料を買ってこなければ発電できませんが、太陽光と風力は自然がただで送ってくれる陽光と風を受けるだけでよいのです。代わりに、その自然が気まぐれだというのが代償です。コスト構造と間欠性は、実は同じコインの裏表なのです。
間欠性 — 日が沈んだらどうするのか
太陽光の最も明白な弱点は夜です。日が沈めばパネルは一筋の電気もつくれません。風力は夜も回りますが、風が止まれば同じように止まります。電力網は一瞬ごとに需要と供給が正確に釣り合わなければならないため、「必要なときに点け、必要ないときに消す」発電源に慣れたシステムにとって、気まぐれな太陽光と風力は新しい宿題を突きつけます。
この問題を生き生きと示す有名な図が一つあります。電力網の運用者が「ダックカーブ(アヒルの曲線)」と呼ぶグラフです。太陽光が多く普及した地域で、一日のうちに化石燃料発電所などが埋めなければならない電力需要を時間帯ごとに描いてみると、日中は太陽光があふれてその曲線がぐっと落ち込み、日が沈む夕方ごろには人々が家に帰って需要が跳ね上がると同時に太陽光は消えるので、曲線が急に立ち上がります。この形がまるでアヒルが座った横顔のようだというので付いた名前です。ダックカーブは「昼の余る電気を夕方へ移すこと」がなぜ核心の課題なのかを一目で示します。
この問題を扱う方法はいくつかあり、たいていは複数の方法を組み合わせて使います。
貯蔵 — 電気をためておく技術
最も直感的な解は、電気をためておいて必要なときに取り出すことです。ここで二つの時間の単位を区別することが重要です。
一日単位の変動、すなわち昼に余る電気を夜に使う問題は、電池がだんだんうまく解いていっています。リチウムイオン電池の価格もこの十数年で劇的に下がり、カリフォルニアのように陽光の多い地域では、昼に太陽光で満たした大型電池が夕方のピーク時に電気を放出する光景が日常になりました。これをよく「太陽光プラス貯蔵」と呼びます。
長い歴史をもつ貯蔵技術には揚水発電があります。電気が余るときに水を高い場所の貯水池へくみ上げ、電気が必要なときにその水を落としてタービンを回す方式です。巨大な水の電池というわけで、地形の条件が合う必要はありますが、一度つくれば長持ちします。
本当に難しい部分は季節単位の変動です。冬に何日も曇って風もない時期が続くと、一日分の電池では手に負えません。ドイツではこうした状況を「ドゥンケルフラウテ」、つまり「暗くて風のない時期」と呼びます。数日から数週間に及ぶこの空白を埋める作業はまだ解かれていない大きな課題であり、水素や長期貯蔵技術、あるいは常に点けておける発電源によるバックアップが議論されています。
分散と接続 — 広く広げ、遠くまでつなぐ
ある地域に雲がかかっても、数百キロ離れた場所は晴れていることがあります。したがって発電設備を広い地域に散らしておき、強力な送電網で互いに結べば、変動は互いに相殺されます。ヨーロッパがいくつもの国の電力網を結ぶことに力を注ぐ理由、中国が砂漠の太陽光と風力を東部の大都市へ送るために超高圧送電線を敷く理由は、ここにあります。
需要の調整 — 電気を使う時点を変える
これまでは供給を需要に合わせるのが当たり前でしたが、逆に需要を供給に合わせる方法もしだいに重要になっています。電気自動車を真夜中や陽光の強い昼に充電するよう促し、冷暖房や産業工程の稼働時点を電気が安いときへ移すといった具合です。これを「デマンドレスポンス」といいます。
興味深いのは、街に増えていく電気自動車が、それ自体で巨大な分散電池になりうることです。昼に陽光が余るときに充電しておき、必要なら一部をふたたび網へ流す方式が研究されています。数百万台の自動車が同時に小さな電池として協力すれば、その合計は巨大な貯蔵庫になります。まだ初期の段階ですが、すでに別の目的で持っている資源を賢く活用するという点で、魅力的な発想です。
バックアップと水素 — 最後の空白を埋める
電池と分散、需要調整をすべて動員しても、何日も曇って風のない時期はやはり厄介です。この最後の空白を埋める候補としてよく挙げられるのが水素です。電気が余るときにその電気で水を分解して水素をつくり貯蔵しておき、いざ電気が足りないときにその水素を燃やすか燃料電池に入れて、ふたたび電気を得るという構想です。化石燃料を燃やす発電所を、きれいにつくった水素を燃やす発電所に変えて、非常時の頼もしいバックアップにしようというのです。
ただし水素には越えるべき山があります。電気を水素に変えてふたたび電気に戻す過程で少なからぬエネルギーが失われ、水素を貯蔵し運ぶことも容易ではありません。そこで多くの専門家は、水素をどこにでも使う万能の解と見るよりも、電池では解きにくい特定の場所、すなわち季節単位の長期貯蔵や脱炭素が難しい産業に集中して使うほうが合理的だと考えます。どこにどの道具を使うかを見分けること自体が、転換の重要な技術なのです。
原子力をめぐる議論 — 最も熱い分かれ道
低炭素の電気を安定的に、しかも天候とは無関係に供給する発電源として原子力に勝るものはない、という主張は古くからあります。同時に、原子力ほど人々の意見が両極に分かれる主題もまれです。本稿の原則どおり、両方の根拠をできるかぎり公正に並べてみます。
原子力を支持する側はおおむねこう述べます。原子力は運転中に温室効果ガスをほとんど出さないまま、天候と関係なく一日二十四時間にわたり電気を安定的に供給します。同じ量の電気をつくるのに必要な土地と原料が非常に少なく、死亡率の統計でみれば、単位電気あたりの事故と汚染による死者が石炭や石油よりはるかに低いという分析もあります。間欠性という再生可能エネルギーの弱点を補う頼もしい土台になってくれる、というわけです。
原子力に慎重あるいは反対する側は別の点を強調します。新しい原発を建てるには莫大な金と長い時間がかかり、いくつもの先進国で工事が予算を大きく超過し、工程が遅延することがくり返されました。事故はまれとはいえ、いったん起きればその余波が大きく長いこと、そして数万年にわたり安全に管理しなければならない高レベル放射性廃棄物の処分問題がまだ完全には解かれていないことを指摘します。速く安く建てられる再生可能エネルギーに資源を集中するほうがよい、という立場です。
興味深いのは、同じ目標(脱炭素)へ向かう人々のあいだでも、この問題で意見が分かれることです。一方は「あらゆる低炭素の手段を総動員すべきだ」として原子力を含めようとし、他方は「限られた時間と金を最も速く安い手段に使おう」として再生可能エネルギーに集中しようとします。どちらが正しいかは、その国の地形、産業構造、既存の発電設備、金融コストによって答えが変わります。フランスのように早くから原子力に大きく投資した国と、豊かな陽光や風をもつ国とで、最適な解が同じであるはずがありません。
小型モジュール炉(SMR)のように工場で標準化して生産する新しい原発の設計が、コストと工期の問題を解いてくれるという期待もあります。ただし、この技術が約束どおり安く速く普及するかどうかはまだ十分に実証されていないので、過度の楽観も過度の悲観も戒める必要があります。
原子力の議論で一つよく見落とされる点は、すでに動いている原発と新しく建てる原発を区別すべきだという事実です。安全に運用されている既存の原発を早く閉じれば、その空いた場所を短期的に化石燃料が埋めることが実際にいくつもの場所で起きました。だから「新しい原発を建てるのが合理的か」という問いと「いま動いている原発を使い続けるか」という問いは、互いに異なる答えを持ちうるのです。前者に懐疑的な人も後者には賛成でき、その逆もありえます。議論を一塊にまとめず、このように分けて見れば、異なる立場が思いのほか近い地点で出会うこともあります。
電力網 — 見えない主役
エネルギー転換を語るとき、人々はパネルとタービンを思い浮かべますが、実のところ最大のボトルネックはしばしば電力網にあります。電力網は、発電所でつくった電気を家庭と工場へ運ぶ巨大な網です。ところがこの網は、大半が化石燃料発電所を中心に、つまり大きな発電所いくつかから一方向に電気を送る構造で設計されてきました。
再生可能エネルギーはこの絵を変えます。陽光と風のよい場所は、しばしば人の少ない辺ぴな地域なので、そこの電気を都市へ送るには新しい送電線が必要です。また無数の家庭の屋根に載った太陽光は、電気を一方向ではなく双方向に流すようにし、網をより賢く管理する必要を生みます。
問題は、送電線を新しく敷く作業がパネルを設置する作業よりはるかに遅いことにあります。土地使用の許可、住民の同意、環境影響評価などで、一区間を結ぶのに十年以上かかることもあります。だから多くの国で、すでにつくられた再生可能エネルギーの発電所が網につながれるのを何年も待つ「接続待ち」がたまっています。電力網は華やかではありませんが、転換の速度を実際に決める見えない主役です。
これに加えて、発電の方式が変わることで、電力網の物理的な安定性を支えていた要素もともに変わります。伝統的な発電所の巨大な回転発電機は周波数を安定させる「慣性」を提供していましたが、パネルとインバーターでつながる再生可能エネルギーはこの慣性を自然には与えません。そこで網の運用者は、インバーターを賢く制御したり、別の装置を置いたりして安定性を確保する新しい方法を整えています。
電力網のもう一つの未来像は「より賢くなること」です。かつての電力網が発電所から家庭へ電気を流すだけの単純なパイプに近かったとすれば、これからの網は、数多くの小さな発電と貯蔵、そして刻々と変わる需要を実時間で調整する複雑な神経網に近づきます。どこで電気が余りどこで足りないのかを瞬間ごとに把握し、価格の信号を送って人々の使用時点を自然に移させる、といった具合です。こうした「スマートグリッド」は、新しい発電所を建てることに劣らず重要な、もしかするとより費用対効果の高い投資になりえます。見えないところで流れをより賢く治めるだけでも、同じ設備からより多くの価値を引き出せるからです。
ちょっと、興味深い事実をいくつか
本格的な議論をしばらく止めて、エネルギー転換にまつわる面白い事実をいくつか添えてみます。こうした小さな断片が全体の絵をより生き生きとさせてくれます。
地球に届く陽光はとてつもないものです。よく引用される比較によれば、地球の表面が一時間に受ける太陽エネルギーの量は、人類が一年間に使う全エネルギーよりも多いといいます。問題は資源が足りないのではなく、その豊かなエネルギーを集め、貯め、運ぶことが厄介だという点にあります。エネルギー転換は、ある意味で「ない資源を探すこと」ではなく「あふれる資源を扱う術を学ぶこと」なのです。
風力タービンの翼の先は思いのほか速く動きます。巨大なタービンほどゆっくり回っているように見えますが、なにしろ長いので、翼の先の速さは高速道路を走る自動車よりはるかに速いのです。遠くで穏やかに回る風景の裏には、精緻な工学が隠れているわけです。
太陽光パネルは曇りの日にも電気をつくります。よく「晴れた日にだけ働く」と誤解されますが、雲のかかった日にも弱まった光を受けて一定量の電気を生産します。だから意外にも、日照がそれほど多くない地域でも太陽光は意味のある役割を果たします。
こうした事実は一つのことを思い出させてくれます。エネルギー転換は大げさな掛け声である前に、光と風と熱という見慣れた自然現象を賢く扱う、具体的で工学的な作業だという点です。
最も安いエネルギーは使わないエネルギー
転換を語るとき、人々は発電所をどう変えるかに集中しますが、それに劣らず重要なのが「エネルギーをどれだけ減らせるか」です。よく「最も安くきれいなエネルギーは、そもそも使わないエネルギーだ」と言われます。つくらなくてよい電気は、発電所も、送電線も、電池も必要としないからです。
エネルギー効率は華やかではありませんが、驚くほど強力です。白熱電球をLEDに変えれば、同じ明るさを出すのにかかる電気が何分の一かに減ります。建物に断熱をしっかり施せば暖房と冷房にかかるエネルギーが大きく減り、産業工程で捨てられる熱を回収して使い直せば、同じ製品をより少ないエネルギーでつくれます。こうした改善は、しばしば追加費用をかけても結局はエネルギー料金の節約で元が取れます。
とりわけ興味深いのは、電化そのものが効率を高めるという点です。ガソリン自動車は燃料が持つエネルギーの相当部分を熱として逃がしますが、電気モーターは同じ距離をはるかに少ないエネルギーで走ります。ガスボイラーの代わりにヒートポンプで暖房をすれば、電気一単位でそれより何倍もの熱をかき集められます。これは魔法ではなく、ヒートポンプが熱を「つくる」のではなく外の熱を「運んでくる」装置だからです。だから「すべてを電化しよう」という戦略は、ただきれいな電気を使おうというだけでなく、社会全体が同じ仕事をより少ないエネルギーでやり遂げるようにする効果もあわせて狙っています。
日常に見える転換
エネルギー転換は、遠い砂漠の鏡塔や海の上の風力団地でだけ起きることではありません。それは私たちの日常のあちこちへ静かに染み込んでいます。道を走る電気自動車、屋根の上の太陽光パネル、居間の片隅に置かれた家庭用電池、ガスボイラーに代わるヒートポンプが、みなその風景の一部です。
この変化の一つの興味深い特徴は、力が分散することです。過去のエネルギーは巨大な発電所や製油所のような少数の大施設から流れ出て、一方向に人々へ届きました。ところが屋根ごとにパネルが載り、車庫ごとに電池が入ると、ふつうの家庭が、エネルギーをただ消費するだけの立場から、自ら作り、貯め、売り返す小さな発電所へと変わります。こうした変化は、人々が自分のエネルギーとより能動的な関係を結ぶようにします。
もちろんこの風景がすべての人に同じように広がるわけではありません。屋根にパネルを付けたり電気自動車を買ったりできる人と、そうでない人とのあいだの格差も、新しい課題として浮かびます。借家に住む人、陽光のよく入らない家に住む人は、この恩恵から取り残されやすいのです。だから転換を設計するときには「誰がこの新しい風景の主になるのか」という問いもあわせて投げかけねばなりません。技術の変化が、ただちに公正な結果につながるわけではないからです。
この格差を縮めようとする試みも各地で続いています。複数の世帯が一緒に投資して恩恵を分かち合う共同体太陽光、借家に住む人も参加できる形の事業、暮らしの苦しい家庭の断熱と電化を助ける支援などです。こうした努力が語るのは、きれいなエネルギーへの転換が自動的にすべての人へ公平に届くわけではなく、公平さは別に設計して組み込むべき価値だ、という点です。よい転換は、技術と公平さを別々に切り離して考えはしません。
公正な転換 — 人の問題
エネルギー転換は技術とコストだけの問題ではありません。石炭の鉱山や火力発電所、製油所に頼って生きてきた地域と労働者にとって、転換とは仕事と共同体の運命がかかった事柄です。「公正な転換」という言い回しは、まさにこの点を指します。脱炭素が特定の地域や階層にだけ苦しみを押しつけないよう、転換のコストと恩恵を公正に分かち合おうという考えです。
歴史を振り返れば、ある産業が衰退するとき、その地域がともに崩れることは少なくありませんでした。イギリスの旧炭鉱地帯、アメリカのラストベルトがそうした例としてよく挙げられます。エネルギー転換を進める多くの政府や国際機関が、単に石炭を消すだけでなく、その地域に新しい産業と仕事を植え、労働者を再教育し、年金と生計を保障する政策をともに設計しようとする理由は、ここにあります。
この場面でも立場は分かれます。ある人々は「速く転換するほど気候の被害を減らせるのだから、速度を緩めてはならない」と強調します。別の人々は「転換の負担を最も弱い人々に押しつければ政治的な反発を招き、結局転換そのものが座礁する」として、速度より公正な分配を優先すべきだと考えます。二つの観点は、実のところ衝突するというより、ともに扱うべき二つの側面に近いものです。速くかつ公正な転換が可能か、それをどう設計するかが、核心の問いです。
公正な転換の重みは国ごとにずいぶん異なります。石炭に深く頼るポーランドやインドの一部の地域では、一つの町のほとんどすべての仕事が炭鉱と発電所に結びついていることもあります。こうした場所で発電所を閉じるとは、単に煙突を一つ消すことではなく、学校と商店と病院がともに揺らぐことです。逆に、陽光と風が豊かで産業構造が多様な地域では、転換の衝撃は比較的なだらかです。だから「公正な転換」は一つの公式ではなく、各地域の事情に合わせて作り直すべき生きた課題なのです。
興味深い事例もあります。ドイツの旧炭鉱地帯であるルール地方は、数十年にわたって産業を再編し、かつて石炭と鉄鋼の中心地だった場所を、大学と研究、文化の拠点へとゆっくり変えてきました。この過程が滑らかだったわけではありませんが、一つの地域が時間をかけて新しいアイデンティティを見いだせることを示しています。転換の速度に劣らず、転換を受け入れる時間と資源を人々に与えることが重要だ、という教訓です。
公正な転換には、仕事の量だけでなく質と場所の問題もあります。新しく生まれる再生可能エネルギーの仕事が、消える石炭の仕事と同じ地域に、同じ時期に、似た待遇で生まれてくれる保証はありません。風力団地の仕事が旧炭鉱の町ではなく遠く離れた海岸に生まれるなら、そこの人々には慰めになりません。だから政策は、単に「全体として仕事が増える」という統計に安住せず、具体的に誰の暮らしがどう変わるのかを見つめねばなりません。抽象的な平均の裏に隠れた個人の物語を見落とさないこと、それが公正な転換の核心です。
電気だけでは難しい領域 — 産業と輸送の宿題
先に少し触れたように、エネルギー転換の最も難しい部分はコンセントの外にあります。電気をきれいにする作業は速く進んでいますが、ある仕事はただ電気に変えるのが容易ではありません。こうした領域をよく「脱炭素が難しい部門」と呼びます。
代表的なのが製鉄です。鋼鉄は現代文明の骨格ですが、伝統的な製鉄は鉄鉱石から酸素を取り除くために石炭(コークス)を使い、その過程で膨大な二酸化炭素が出ます。これに代わる方法として水素を使って鉄を還元する技術が研究されています。水素をきれいにつくれさえすれば、煙突から出るのが二酸化炭素ではなく水になりえます。ただしまだ高く、大規模に検証する作業が残っています。
セメントも厄介です。セメントは石灰石を焼いてつくりますが、このとき燃料を燃やすことから出る二酸化炭素だけでなく、石灰石自体が化学的に分解して出る二酸化炭素があります。後者は燃料を変えても消えないので、炭素を捕まえて閉じ込める技術や新しい材料が必要です。
輸送でも趣が異なります。乗用車は電気自動車へ速く変わっていますが、大型貨物船や長距離航空機は重い電池では手に負えません。この領域では水素や、再生可能エネルギーでつくった合成燃料、あるいは植物から得た燃料といった代替が挙げられます。こうした燃料は既存のエンジンを大きく変えずに使えるという長所がありますが、まだ高いという限界があります。
こうした脱炭素が難しい領域を一か所に集めてみると、なぜこれらが厄介なのかが明らかになります。
- 製鉄: 鉄鉱石から酸素を取るのに石炭を使ってきた。水素還元が代替として研究中
- セメント: 石灰石が化学的に分解して出る二酸化炭素が燃料とは別に発生
- 長距離航空: 重い電池では難しく、合成燃料やバイオ燃料が挙げられる
- 大型海運: 似た理由で水素、アンモニアなど新しい燃料が候補
- 高温産業熱: 非常に高い温度が必要で、単純な電化が厄介
要点はこうです。エネルギー転換は一つの技術がすべてを解決する物語ではなく、各領域に合った異なる解を組み合わせる巨大なモザイクに近いのです。「電化できるものは電化し、電化が難しいものは水素や他の手段で解く」という具合の組み合わせが描かれつつあります。
鉱物と供給網 — 転換の新しい地政学
化石燃料時代の権力が石油とガスの埋まる土地を中心に編まれていたとすれば、再生可能エネルギーの時代には別の資源が重要になります。電池にはリチウムとコバルト、ニッケルが入り、風力タービンと電気モーターには希土類と呼ばれる金属が使われ、電線には膨大な量の銅が必要です。だからある人々は、エネルギー転換を「燃料の政治」から「鉱物の政治」への移動だと表現します。
この変化は新しい機会であり、新しい危険でもあります。一部の鉱物は特定の国に埋蔵や加工が大きく偏っているため、供給が一か所に縛られると価格が揺れたりボトルネックが生じたりしえます。一方で、いったん掘った化石燃料は燃やせば消えますが、鉱物は使い終えた電池からふたたび回収して再利用できるという違いもあります。だから再利用産業と都市鉱山が長期的に重要な役割を果たすと期待されています。
この場面もまた、均衡の取れた視線が必要です。「再生可能エネルギーは鉱物の採掘のせいで結局きれいではない」という断定と、「鉱物の問題はまったく心配ない」という楽観は、どちらも一方に偏っています。鉱物の採掘には環境と人権の面で真剣な課題が伴い、同時に化石燃料を掘って燃やすのにかかる量と比べれば、その規模と性格が異なるという点も事実です。二つの事実をともに見ることが、正直な出発点です。
国ごとに異なる道 — 唯一の正解はない
エネルギー転換には、すべての人に当てはまる一つの青写真がありません。各国が持つ陽光と風、川と山、既存の産業と発電設備、そして社会が何をより重んじるかによって道が分かれます。いくつかの対照的な事例を見れば、この点が明らかになります。
| 事例 | 際立つ特徴 | 核心の課題 |
|---|---|---|
| 陽光の豊かな地域 | 昼間の太陽光が非常に安い | 夕方のピークを埋める貯蔵と網 |
| 風の強い海岸地域 | 洋上風力の大きな潜在力 | 送電線の建設と深い海の技術 |
| 原子力の比重が大きい国 | 安定した低炭素のベース電力 | 老朽設備の管理と新規建設の費用 |
| 水力の豊かな地域 | 調整できる清浄な電力 | 干ばつと生態系への影響 |
| 石炭依存の大きい地域 | 安い既存電力と多くの仕事 | 公正な転換と再教育 |
この表が語るのは、ある一つの国でうまくいった方法が、別の国でもそのまま通じる保証はない、という点です。アイスランドのように地中の熱(地熱)を豊かに持つ国はその道を行き、ノルウェーのように水力が豊かな国はまた別の道を行きます。よい政策の議論は「どの国が正解か」を問うより、「わたしたちの条件で最も合理的な組み合わせは何か」を問うところから始まります。
ここには、豊かな国と発展途上国とのあいだの視点の違いも横たわっています。すでに工業化を終えた国々は、過去に多くの化石燃料を燃やして富を築きました。一方、これから成長しようとする国々は、より多くのエネルギーが切実に必要です。こうした国々に「いますぐ化石燃料を止めよ」とだけ言うのは、公正でなく聞こえうるのです。だから国際的な議論では、きれいな技術の費用を下げ、資金と技術を分かち合い、成長と脱炭素を同時に追求できるよう助けることが、重要な主題として扱われます。エネルギー転換は、一つの国の中の公正さだけでなく、国々のあいだの公正さという、より広い問いともつながっています。
速度とコストをめぐる議論
エネルギー転換の方向については比較的広い共感がありますが、その速度とコストをめぐっては、いまも活発な議論が交わされています。この議論をどちらか一方に断定するのではなく、主な立場を整理してみます。
速い転換を主張する側の根拠はこうです。気候変動の被害は時間がたつほど大きくなるので、遅らせるほど将来に支払う代償が大きくなります。再生可能エネルギーのコストはすでに十分に低くなったので、ためらう理由はありません。また、いったん方向を定めれば産業と投資がそちらへ傾き、規模の経済が働くので、思いきって押し進めるほどコストはより速く下がる、とみます。
慎重な速度を主張する側は別の点を強調します。電気供給の信頼性が揺らげば病院や工場が止まり、人々の暮らしが直接おびやかされるので、安定性を確保しながら段階的に進むべきだ、というのです。また、エネルギー価格が急騰すれば貧しい家庭が最も大きな打撃を受けるので、負担可能性(アフォーダビリティ)もともに考慮すべきだとみます。化石燃料の設備をあまりに速く廃棄すれば座礁資産が生まれ、供給網と鉱物の確保が追いつかなければボトルネックが生じる、という点も指摘します。
この二つの立場は、たいてい「どれだけ速く」と「どんな順序で」という問いで分かれます。興味深いことに、両方とも事実に根拠を置いており、どちらも不合理ではありません。現実の政策は、たいていこの二つの関心を秤にかけながらつくられます。信頼性と負担可能性を守りながらも脱炭素を十分に速く進める道を見つけること、それがエネルギー政策の核心の課題です。
この議論をより健全にする一つの方法は、相手が何をより恐れているのかを汲み取ってみることです。速い転換を主張する人は気候の被害という危険をより大きく見ます。慎重な速度を主張する人は停電と価格の急騰という危険をより大きく見ます。どちらも実在する危険であり、どちらを無視しても人が傷つきます。だから生産的な議論は「誰が正しく誰が誤りか」ではなく「この二つの危険を同時に減らすにはどんな設計が必要か」を問うところから始まります。相手を敵ではなく、別の危険を警戒する同僚と見るとき、はじめてより良い政策の余地が開かれます。
転換のコストを計るとき、しばしば忘れられる点が一つあります。化石燃料にも見えないコストが伴うという事実です。大気汚染による健康被害、気候変動による災害、燃料価格の変動性は、いずれも電気料金の請求書には記されませんが、社会がどこかで支払うコストです。したがって公正な比較をするには、再生可能エネルギーの間欠性のコストだけでなく、化石燃料の隠れたコストもともに秤に載せなければなりません。
もう一つ押さえておくべき点は、「コスト」という言葉そのものが、誰の、いつのコストかによって変わる、ということです。いま今月の電気料金という短い視野で見るコストと、数十年にわたる社会全体のコストとは異なりえます。初期投資の大きいきれいなエネルギーは初年度の負担が大きいものの燃料費がほとんどかからないので、長い目で見ればむしろ安いことがあります。逆に、いまは見慣れて安く見える道が、遠い将来により大きな請求書となって返ってくることもあります。だから転換をめぐるコストの議論は、結局「わたしたちはどれだけ遠い未来まで計算に入れるのか」という、価値に関する問いと切り離せません。純粋に客観的な数字だけでは答えが出ない理由は、ここにあります。
転換の足跡 — 簡単な年表
次は、エネルギー転換をめぐる大きな流れをおおまかに整理した年表です。(各項目の正確な時点や数値は資料によって異なることがあるので、大きな流れとして読んでいただければ幸いです。)
1839年 ベクレル、光が電気をつくる光電効果を観察
1954年 ベル研究所、実用的なシリコン太陽電池を披露
1956年 地質学者ハバート、「石油ピーク」の概念を提示
1970年代 石油危機により代替エネルギーへの関心が高まる
1990年代 風力と太陽光がニッチ市場でゆっくり成長
2000年代 ドイツの固定価格買取制度が太陽光需要を育てる
2010年代 太陽光と風力のコストが劇的に低下
2015年 パリ協定で世界が脱炭素目標に合意
2020年代 多くの地域で新規再生可能エネルギーが最も安い電源に
2020年代 電池貯蔵と電力網の拡張が核心の課題として浮上
転換の動力 — 誰がこの変化を押すのか
この巨大な変化を押す力は何でしょうか。大きく三つの筋に分けて見ることができます。
第一はコストです。先に見たように再生可能エネルギーが十分に安くなると、いまや環境のための犠牲ではなく、単に経済的に合理的な選択になった場合が多くなりました。企業が自分の工場に太陽光を付ける理由が、理想のためではなく電気料金を節約するためである場合が増えています。
第二は政策です。各国の政府は、炭素に価格を付けたり、再生可能エネルギーを支援したり、化石燃料発電の新規建設を制限したりする形で方向を設定します。こうした政策は、市場が反映しきれない将来の危険と社会的コストを価格に引き込む役割を果たします。ただし政策は政権と世論によって変わりやすく、その不確実性が投資をためらわせる要因になることもあります。
第三は技術と金融です。ある技術が十分に成熟すると資本が集まり、資本が集まると規模の経済と学習効果でふたたびコストが下がる好循環が生まれます。逆に金利が高くなると、初期投資の大きい再生可能エネルギーや原子力のような事業は負担が大きくなります。だからエネルギー転換の速度は、技術だけでなくその時代の金融環境にも少なからず左右されます。
この三つの力は互いに絡み合っています。コストが下がれば政策がより大胆になり、政策が安定すれば資本がより集まり、資本が集まればふたたびコストが下がります。エネルギー転換を単に「善い行いか否か」の問題としてだけ見れば、この動学を見落とします。それは道徳の問題でありながら、同時に経済と工学と政治がかみ合った複雑なシステムの問題なのです。
この動力がどう絡み合うかを、転換を押す力と足を引っぱる力に分けて整理すると、次のようになります。
転換を加速する要因としては、こうしたものが挙げられます。
- 再生可能エネルギーと電池のコストの持続的な低下
- 大量生産から来る規模の経済と学習効果
- きれいなエネルギーへの企業と消費者の需要の増加
- 安定した長期的な政策と炭素価格の信号
- 電気自動車やヒートポンプのような電化技術の普及
逆に、転換の速度を遅らせる要因としては、こうしたものがあります。
- 送電線と電力網の建設の遅れ
- 核心の鉱物と供給網のボトルネック
- 政策の不確実性と頻繁な方向転換
- 高い金利による初期投資の負担
- 既存産業と地域の仕事への懸念
この一覧が示すように、転換の速度は、ある一つではなく多くの力の綱引きで決まります。どの国が速く進みどの国が遅く行くのかは、これらの力の均衡がそこでどう取られているかを見れば、おおむね説明できます。
よくある誤解
エネルギー転換をめぐっては、両極端の誇張がよくあります。いくつかを落ち着いて確かめてみます。
「再生可能エネルギーは高く、補助金がなければ成り立たない」という言葉は、いまや大半の地域で事実とかけ離れています。新しく建てる発電所だけをみれば、太陽光と風力が最も安い場合が多いのです。ただし間欠性を補うコストを含めると絵はより複雑になるので、単純化を戒める必要があります。
逆に「再生可能エネルギーだけで今すぐすべてを解決できる」という言葉も誇張です。電気の部門は速く変わっていますが、製鉄やセメント、長距離輸送、航空のように脱炭素が難しい領域がいまも残っています。これらの領域は、水素、炭素回収、新しい工程といった別の解を必要とします。
「原子力が答えだ」あるいは「原子力は絶対にだめだ」という断定もまた、先に見たように一面だけを見たものです。国ごとに条件が異なり、合理的な答えもそれだけ多様です。
「電気自動車は石炭で充電するので結局より汚い」という主張もよく聞かれます。これは一部の真実を含んでいますが、全体の絵を見ればおおむね事実と異なります。電気モーターの効率があまりに高いので、電気を比較的汚い方式でつくる地域でさえ、同じ距離を走るときに出す温室効果ガスがガソリン車より少ない場合が多いという分析があります。さらに、電力網がきれいになるほど、その上を走る電気自動車もともにきれいになります。一度つくられたガソリン車が一生ガソリンだけを燃やすのとは違う点です。
最後に、「再生可能エネルギーは天候に左右されるので決して信じられない」という断定も行きすぎです。確かに変動性は実在する課題ですが、先に見たように、貯蔵、分散、接続、需要調整、バックアップという複数の道具を編んでその変動を治める方法が速く発展しています。問題は「不可能か」ではなく「いくらのコストで、どれだけ速くできるか」です。そしてその答えは、すでに進行中の数多くの現場の経験を通じて少しずつ埋められています。
こうした誤解がしぶといのには理由があります。エネルギーはあまりに複雑な主題なので、一片の事実だけを切り取れば正反対の結論をもっともらしく作れるからです。だからある主張に出会ったときは「その言葉がどの時点、どの地域、どんな条件の話か」をあわせて問う習慣が役立ちます。正しい答えはたいてい「いつもそうだ」や「決してそうでない」ではなく、「こういう条件ではこうで、ああいう条件ではああだ」という形を取ります。
紛らわしい用語
エネルギー転換を扱った記事や討論を追っていると、似たような用語がよく出てきます。いくつかを短く整理しておくと、話を追うのがずっと楽になります。
まず「ベースロード」という言葉があります。一日中ほぼ一定に保たれる最小限の電力需要を指し、伝統的には原子力や石炭のように点けっぱなしにする発電源がこの部分を担いました。再生可能エネルギーが増えるにつれ、この概念そのものを考え直すべきだという議論も活発です。
「容量」と「発電量」はよく混同されます。容量は発電所が最大で出せる出力の大きさで、発電量は実際に一定期間に作り出した電気の総量です。太陽光は容量が大きくても夜は発電量が0なので、二つの数字を区別しないと誤解が生じます。
「利用率」は、ある発電所が自分の容量をどれだけ十分に使ったかを示す比率です。いつも点けておく原子力は利用率が高く、陽光に頼る太陽光は相対的に低くなります。ただし利用率が低いからといって悪い発電源だという意味ではありません。作る電気が十分に安ければ、低い利用率でも十分に経済的でありうるからです。
最後に「脱炭素」と「カーボンニュートラル」は似ていますが異なります。脱炭素が排出そのものを減らしていく過程だとすれば、カーボンニュートラルは減らして残った排出を吸収や除去で相殺し、正味排出を0に合わせる状態を指します。完全に0にしにくい領域が残るため、この二つを一緒に語る場合が多いのです。
小さなクイズ
下の問題で、これまでの内容を軽く点検してみてください。答えはすぐ下にあります。
問1. 2010年から2020年のあいだにコストが約90パーセントほど下がったとよく引用される発電源は何でしょうか。
問2. 数日から数週間にわたって曇り、風のない時期をドイツで呼ぶ言葉は何でしょうか。
問3. 陽光と風のよい辺ぴな地域の電気を都市へ送るのに、しばしば最大のボトルネックになるものは何でしょうか。
問4. 脱炭素のコストと恩恵を特定の地域や階層に押しつけないようにしようという考えを指す言い回しは何でしょうか。
問5. 太陽光が多く普及した地域で、日中はぐっと落ち込み夕方には急に立ち上がる電力需要の曲線をよく何と呼ぶでしょうか。
問6. 電気一単位でそれより何倍もの熱をかき集めて暖房をする、熱をつくるより運ぶ装置は何でしょうか。
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答えです。
答1. 大規模な太陽光発電です。同じ期間に陸上風力も半分以下まで下がりました。
答2. ドゥンケルフラウテ、つまり暗くて風のない時期です。季節単位の貯蔵という難しい課題と直結します。
答3. 電力網、とりわけ新しい送電線の建設です。許可と同意の手続きにより、パネルの設置よりはるかに遅く進みます。
答4. 公正な転換です。
答5. ダックカーブです。昼の余る電気を夕方へ移すことがなぜ重要かをよく示します。
答6. ヒートポンプです。外の熱を引き入れて運ぶので、電気を直接熱に変えるよりはるかに効率が高いのです。
核心を五行で
長い話を追っていただきお疲れさまでした。全体を五つに絞ると、こうなります。
- 太陽光と風力のコストは一世代のうちに崩れるように下がり、いまや多くの場所で最も安い新規電源になりました。
- 最大の技術的宿題は、気まぐれな陽光と風を治める間欠性であり、貯蔵と電力網と需要調整がそれを解く道具です。
- 原子力、そして転換の速度とコストをめぐる議論は両方とも真剣な根拠を持つので、一方に断定するより危険をともに秤にかけるべきです。
- 製鉄やセメント、長距離輸送のように電化が難しい領域には、水素や炭素回収といった別の解が必要です。
- 転換は技術だけの問題ではなく、仕事と公正さがかかった人の問題であり、その設計の質が転換の成否を分けます。
結びに — わたしたちが投げかける問い
エネルギー転換は単なる技術の入れ替えではなく、ある社会が何のために何を引き受けるかを定める巨大な選択です。太陽光と風力のコストが崩れたおかげで、出発点は一世代前よりはるかに有利になりました。しかし、間欠性をどう埋めるか、電力網をどれだけ速く広げるか、原子力をどこまで活用するか、そして転換の負担を誰が負うかについては、いまも答えをつくっている最中です。
本稿がどちらか一方の結論を強いないようにしてきた理由は、ここにあります。速い脱炭素を強調する立場と、信頼性と負担可能性を強調する立場は、互いに異なる危険をより大きく見ているだけで、どちらも真剣な根拠をもっています。よい政策は一方を無視するところから生まれるのではなく、二つの関心を率直に秤にかけるところから生まれます。
少し大きな絵で見れば、いまのエネルギー転換は、人類が経てきた多くの転換のなかで最も意識的で意図的なものである点で特別です。薪から石炭へ、石炭から石油への移動は、おおむねより便利で安い燃料を追った結果でした。それらの転換には気候を守るという目的がありませんでした。一方いまの転換は、一方でコストという市場の力に押されながらも、他方で未来の世代と地球のためにという明確な意図をあわせて抱いています。これは人類が初めて、ただより楽だからではなく責任のためにエネルギーの土台を変えようとする出来事なのかもしれません。
だからといって、この転換が順調だという保証はありません。技術の進歩が約束をすべて守るか、政治が一貫した方向を保つか、負担が公正に分かたれるかは、すべてこれから人々が下す選択にかかっています。だからエネルギー転換は専門家だけの領域ではなく、わたしたち全員の日常と投票と消費がともに作っていく物語です。
最後に、ともに考えてみたい問いをいくつか残します。わたしの住む地域の電気は、いま何でつくられているでしょうか。わたしたちの社会は、信頼性とコスト、そして脱炭素の速度のうち、何を最も大切にしているでしょうか。そして、その選択のコストと恩恵は、誰に回っているでしょうか。答えの定まった問いではありませんが、ともに問いはじめるだけでも、化石燃料の先にある世界をより鮮明に描いてみることができるでしょう。
参考資料
- International Energy Agency (IEA), World Energy Outlook および関連報告書: https://www.iea.org
- International Renewable Energy Agency (IRENA), Renewable Power Generation Costs: https://www.irena.org
- Our World in Data, Energy と Electricity のセクション: https://ourworldindata.org/energy
- Intergovernmental Panel on Climate Change (IPCC), Assessment Reports: https://www.ipcc.ch
- National Renewable Energy Laboratory (NREL): https://www.nrel.gov
- Encyclopaedia Britannica, Renewable energy および Nuclear power の項目: https://www.britannica.com
- Nature, エネルギーと気候に関する研究と解説: https://www.nature.com
- U.S. Energy Information Administration (EIA), エネルギー統計と分析: https://www.eia.gov