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気候科学の原理 — 地球はどのように暖まるのか

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はじめに — 金星という警告

夜空でもっとも明るい星のように輝いて見える天体があります。星ではなく惑星、金星です。地球とよく似た大きさから、かつては「地球の双子」と呼ばれ、厚い雲の下に海や生命があるのではと想像した人も少なくありませんでした。

ところが一九六〇年代以降、探査機が送ってきたデータはまったく別の絵を描きました。金星の表面温度は平均およそ摂氏四六〇度。鉛が溶ける温度です。太陽により近い水星よりも熱いのです。なぜでしょうか。金星の厚い大気はほとんどが二酸化炭素でできており、この気体が惑星の逃がそうとする熱を閉じこめ、世界全体を巨大な温室に変えてしまったからです。

金星は極端な例です。地球が金星になることはありません。それでも金星は一つのことをはっきりと示します。惑星の温度を決めるのは太陽からの距離だけではない、ということを。大気に何が含まれているかが決定的なのだ、ということを。この文章では「地球はどのように暖まるのか」という問いを、物理の基本から順にたどってみます。政治的なスローガンではなく、検証された科学の言葉で。

この物語は決して最近になって急に現れたものではありません。その根は、百数十年前の科学者たちの静かな実験室にまでさかのぼります。本文に入る前に、この分野がどのように発展してきたのか、大きな筋をまず描いておきます。

[気候科学の大きな筋(単純化した年表)]

  一九世紀半ば  ティンダル、気体の赤外線吸収を実験で測定
  一九世紀末    アレニウス、二酸化炭素と気温の関係を手で計算
  二〇世紀半ば  マウナロアで二酸化炭素濃度の連続測定が始まる
  二〇世紀後半  人工衛星・氷床コアなど観測手段の飛躍的な発展
  二一世紀      世界の観測網と模型がいっそう精緻になる

この年表が語るのは、気候科学がある日突然つくられた主張ではなく、長い年月をかけて積み上げられてきた累積的な探究だということです。

第一部 温室効果 — 毛布をかけられた惑星

エネルギーの収支

地球の温度は、本質的には単純な会計の問題から始まります。入ってくるエネルギーと出ていくエネルギーの釣り合いです。

入ってくる側は太陽です。太陽は主に目に見える光、すなわち可視光線の形でエネルギーを注ぎます。この光の一部は雲や氷、明るい表面に当たってそのまま宇宙へ反射されます(この反射の割合をアルベドと呼びます)。残りは陸と海に吸収され、地表を暖めます。

アルベドという概念は、真夏に誰もが経験で知っています。照りつける日ざしの下で黒い服はすぐに熱くなりますが、白い服は比較的涼しいものです。暗い色は光をより多く吸収し、明るい色はより多く反射するからです。地球も同じです。白い雪と氷に覆われた場所は日光をよく反射して涼しく、暗い森や海はより多く吸収して暖かくなります。この単純な原理が、のちに見る氷-反射のフィードバックの土台になります。

出ていく側は地球そのものです。暖まった地表は熱を再び放ちますが、このときは可視光線ではなく赤外線の形です。暖かい物体が目に見えない赤外線を放つという事実は、赤外線カメラが暗闇のなかの人をとらえる原理と同じです。

もし大気がなかったとすれば計算は単純です。入った分だけ出ていき、地球の平均温度はおよそ氷点下一八度ほどになるはずです。海がまるごと凍りつく寒さです。ところが実際の地球の平均気温は約一五度。三三度の差はどこから来たのでしょうか。

この三三度という数字は、軽く受け流してよいものではありません。その差がなければ、いま私たちの知る海も、雨も、森も、そして生命も存在しがたかったでしょう。私たちが享受する温和な惑星は、まさにこの大気の毛布のおかげで成り立っています。続く話は、その毛布が何でできているのか、そしてなぜその厚さが問題になるのかについてのものです。

選択的に透明な大気

秘密は大気をなす気体の性質にあります。大気の大部分を占める窒素と酸素は、可視光線にも赤外線にもほとんど透明です。光がそのまま通り抜けます。

ところが二酸化炭素、水蒸気、メタンといった一部の気体は性質が違います。これらは太陽の可視光線はおおむね通しますが、地表が放つ赤外線を吸収し、四方へ放ち直します。そのうちの一部は再び地表へ戻ります。結果として熱がまっすぐ宇宙へ逃げず、大気のなかにより長くとどまります。これが温室効果です。

この仕組みは決して新しい仮説ではありません。一九世紀にはすでに基礎が築かれていました。一八五〇年代、英国の科学者ジョン・ティンダルは実験室でさまざまな気体がどれほど赤外線を吸収するかを測り、水蒸気と二酸化炭素が熱を閉じこめることを示しました。一八九六年にはスウェーデンの化学者スヴァンテ・アレニウスが、大気中の二酸化炭素濃度が変われば地表温度がどれほど変わるかを手で計算してみせました。コンピューターも人工衛星もない時代のことです。

ここで少し想像してみましょう。アレニウスは電卓すらなく、紙とペンだけで何万回もの計算をくり返してこの計算をやり遂げたと伝えられます。彼がこの作業に取り組んだ動機は、はじめから今日と同じ問題意識だったわけではありません。彼は純粋な科学的好奇心から、過去の氷期がどうして起こりえたのかを理解しようとしました。その過程で、二酸化炭素と気温の関係という深いつながりを発見したのです。

興味深いのは、こうして純粋な好奇心から出発した一九世紀の探究が、数十年のちに人類にとってもっとも重要な問いの一つの土台になったという事実です。基礎科学がしばしばそうであるように、当面の役立ちを問わずに投げかけられた問いが、はるか後年に思いがけない重みをもつようになったのです。

[温室効果の基本的な流れ]

   太陽 → 可視光線 → 大気を通過 → 地表が吸収(暖まる)
                                  赤外線を放出
                  ┌─────────────────────┴──────────────┐
                  ▼                                     ▼
        温室効果ガスが吸収・再放出                   一部は宇宙へ
        一部の赤外線が地表へ戻る → さらに加熱

ここで一つ、よくある誤解を正しておきます。温室効果そのものは悪いものではありません。むしろ温室効果がなければ地球は凍りついた惑星だったでしょう。問題は効果の存在ではなく、その効果を引き起こす気体の量が急速に変わっている点にあります。毛布が悪いのではなく、真夏に毛布を重ねていくことが問題なのです。

なぜ一部の気体だけが熱を閉じこめるのか

もう少し深く入ってみましょう。なぜ二酸化炭素は赤外線を吸収するのに、大気の大部分を占める窒素と酸素はそうできないのでしょうか。その答えは気体分子の形にあります。

光は揺れ動く電磁波です。そして分子も振動します。分子を、小さなおもりがばねでつながれたおもちゃだと想像してみましょう。ある分子は特定の拍子で震えるとき、ちょうど赤外線の拍子と合います。拍子が合うと、分子はその光のエネルギーを効率よく受け取ります。ブランコをちょうどよい瞬間に押すとよく揺れるのと同じ理屈です。

窒素や酸素のように同じ原子二つが単純にくっついた分子は、こうして赤外線と拍子を合わせるのが苦手です。いっぽう二酸化炭素や水蒸気のように、いくつもの原子が曲がったりねじれたりしてさまざまに振動できる分子は、赤外線とよく共鳴します。この微細な分子構造の違いが、結局は惑星全体の温度を三三度も引き上げる巨大な結果につながったのです。小さなものが大きなものを左右する、科学でよく出会う美しい場面です。

主な温室効果ガス

温室効果ガスにもいくつもの種類があり、それぞれ性質が異なります。

気体主な出どころ(自然・人間を含む)特徴
水蒸気海・湖の蒸発もっとも量の多い温室効果ガス。温度によって変わる
二酸化炭素呼吸、火山、化石燃料の燃焼など大気に長くとどまる
メタン湿地、家畜、一部の産業活動など量は少ないが分子あたりの効果が大きい
その他の気体さまざまな出どころ量はごく少ないが一部は効果が強い

ここで興味深い点があります。水蒸気はもっともありふれた温室効果ガスですが、その量は主に温度によって決まります。暖まれば蒸発が増えて水蒸気が多くなり、寒くなれば雨や雪としてすばやく抜けていきます。ですから水蒸気は変化を最初に引き起こす原因というより、ほかの要因が引き起こした変化を増幅する側に近いのです。この微妙な区別は、のちにフィードバックを語るときに再び登場します。

第二部 炭素循環 — 地球の呼吸

炭素はどこにあり、どこへ向かうのか

二酸化炭素が鍵であるなら、その炭素が地球をどう動くのかを知らねばなりません。炭素は一か所にじっとしてはいません。いくつもの貯蔵庫のあいだを絶えず行き来します。この流れを炭素循環と呼びます。

炭素の主な貯蔵庫は四つです。大気、海、陸の生物と土壌、そして地殻深くの岩石と化石燃料です。植物は光合成によって大気の二酸化炭素を取りこんで体をつくり、呼吸や分解によって一部を再び放ちます。海は表面で二酸化炭素を吸収したり放出したりをくり返します。こうして自然の炭素循環は、長らくおおむね釣り合いを保ってきました。入る分だけ出ていくように。

[炭素の主な貯蔵庫と流れ]

        大気 (二酸化炭素)
        ↑   ↓        ↑   ↓
   光合成/呼吸       海の吸収/放出
        ↑   ↓        ↑   ↓
   陸の生物・土壌      海・海洋生物

   ─────── 非常に遅い循環 ───────
        火山・風化 ↔ 岩石・化石燃料

速い循環と遅い循環

炭素循環には速さの異なる二つの流れがあります。速い循環は植物、動物、海の表面のあいだを、数年から数百年の単位で動きます。遅い循環は火山活動で炭素が噴き出し、岩石の風化で再び吸収される過程で、数万年から数百万年がかかります。

化石燃料が特別なのはここにあります。石炭、石油、天然ガスは、数億年かけて地中に埋もれた、遅い循環に属する炭素です。それを掘り出して燃やすと、本来は数百万年かけて少しずつ放たれるはずの炭素が、わずか数十年で大気へあふれ出します。自然の釣り合いが扱える速さをはるかに超えてしまうのです。

ここで「速さ」という言葉をかみしめてみる価値があります。自然は変化そのものに弱いわけではありません。むしろ自然は、遅い変化には驚くほどよく適応します。問題になるのは変化の大きさだけではなく、その速さです。同じ量の炭素でも、数百万年かけてゆっくり放たれるのと、数十年で一度にあふれ出るのとでは、まったく別の話です。氷河の移動のような遅い変化には生態系が追いつく時間がありますが、あまりに速い変化にはその余裕がありません。

海と陸の植物は、私たちが放った二酸化炭素のかなりの部分を吸収してくれます。これが一種の緩衝の役割を果たします。けれども吸収には限りがあり、海が二酸化炭素をより多く含むほど、海水は少しずつ酸性に近づきます。これを海洋酸性化と呼び、貝やサンゴのように炭酸カルシウムで殻や骨格をつくる生物には負担となります。

一枚の炭素の領収書

理解を助けるために、単純なたとえを挙げてみます。浴槽に水をためる場面を思い浮かべてみましょう。蛇口から水が入り、排水口から水が抜けます。入る量と出る量が同じなら、水位は一定に保たれます。自然の炭素循環は、長らくこうした釣り合いの状態に近いものでした。

ところが誰かが蛇口をより大きくひねったとしましょう。排水口の大きさはそのままなのに入ってくる水が増えれば、水位はじわじわと上がっていきます。化石燃料を燃やして余分に放つ炭素が、まさにこの「より大きくひねった蛇口」にあたります。海と植物という排水口がその一部をせっせと抜いていますが、入ってくる量すべてには追いつけません。その結果、大気という浴槽の水位、すなわち二酸化炭素濃度が上がっていくのです。

このたとえはもちろん単純化です。実際の炭素循環は浴槽よりはるかに複雑で、いくつもの貯蔵庫がたがいに影響を与え合います。けれども「釣り合っていた流れに片方が加わった」という核心を直観的に示してくれます。

海という巨大な緩衝器

炭素循環における海の役割は、とくに押さえておく価値があります。海は地球でもっとも大きな炭素貯蔵庫の一つであり、私たちが放った二酸化炭素のかなりの部分を黙々と吸収してきました。この巨大な緩衝器がなければ、大気の変化は今よりずっと急だったでしょう。

けれども、このありがたい役割には代償が伴います。海が二酸化炭素を吸収すると海水の化学的な性質が少しずつ変わり、先ほど述べた海洋酸性化が進みます。また暖まった水は冷たい水より気体を含みにくい傾向があるため、海がこれからも今のように寛大に炭素を吸収してくれるかは断言しがたいのです。海は無限の緩衝器ではなく、それ自身も変わりつつある巨大な伴侶です。

第三部 証拠 — 私たちはどうして知るのか

気候科学でもっとも大切な問いは、おそらくこれです。「それをどうして知るのか」。科学は権威ではなく証拠で語ります。いくつもの独立した証拠が同じ方向を指すとき、はじめて私たちは信頼を寄せます。

大気を直接測る

もっとも直接的な証拠は、大気そのものを測ったものです。一九五八年から、ハワイのマウナロア観測所では大気中の二酸化炭素濃度を着実に測ってきました。その結果として描かれた曲線は、のこぎりの歯のように季節とともに上下しながら、全体としては着実に上っていく形を見せます。この曲線は測定を始めた科学者の名にちなんで「キーリング曲線」と呼ばれます。測定以前の濃度は、氷に閉じこめられた空気の泡を分析して知ります。

温度、氷、海面

証拠の種類何を見るのか観察される傾向
地表・海洋の気温温度計と衛星で測る平均気温長期的に上昇傾向
氷河と氷床山岳氷河・極地の氷の量おおむね減少傾向
海面検潮儀と衛星高度計の測定徐々に上昇
海洋の熱量海水が含む熱の総量増加

この表の項目は、たがいに独立した方法で測られます。温度計を使う人と、氷河を測る人と、海の熱を測る人は別の道具を使います。それでも結果が一つの方向に集まるという点が重要です。

海面が上がるのには二つの理由があります。一つは陸の氷が溶けて海へ流れこむこと、もう一つは水が暖まると体積がわずかに増える熱膨張です。どちらも同じ方向に働きます。

熱膨張は直観に反して見えるかもしれないので、少しほぐして説明します。たいていの物質は暖まると分子がより活発に動き、たがいに少しずつ遠ざかります。その結果、同じ量の物質でも体積がわずかに大きくなります。海のような巨大な水のかたまりは、その「わずか」が積み重なって無視できない高さになります。氷が一滴も溶けなくても、海水が暖まるだけで海面は上がりうるのです。

散らばった証拠を集めると

これまでの証拠を一か所に集めてみましょう。大気を直接測った濃度、温度計と衛星の気温、氷河の量、海面、海が含む熱、そして氷床コアに閉じこめられた昔の大気まで。これらは、たがいに異なる学問分野の、異なる道具を使った人々が集めたものです。

過去の記録を読む

地質学者と気候学者は、直接の観測がなかった遠い過去の気候も読み解きます。南極とグリーンランドの氷を深く掘り、氷の柱を取り出すと、そのなかの空気の泡に昔の大気がそのまま閉じこめられています。木の年輪、サンゴの成長線、海や湖の底に積もった堆積物も、過去の気候を記録した一種の自然の日記です。こうした資料のおかげで、私たちは数十万年にわたる気温と二酸化炭素の関係をのぞき見ることができます。

氷床コアがとくに強力なのは、それが単なる推定ではなく、昔の空気そのものを含んでいるからです。数万年前のある日に降った雪が積み重なって押し固められ氷になる過程で、そのあいだの小さな空気の泡が封じこめられます。科学者はこの泡を分析して、当時の二酸化炭素濃度を直接測ることができます。まるで数万年前の大気を小さなガラス瓶に入れておいたようなものです。

証拠が一つの方向を指すとき

科学で信頼が積み上がるしかたを、もう一度強調したいと思います。ある一つの測定には、つねに誤差と限界があります。温度計一つ、観測所一つだけを見れば、疑いの余地が残ります。けれども、異なる道具を使った、たがいに独立した数多くの証拠が同じ結論に収束するとき、それを偶然や手違いだけで説明することはしだいに難しくなります。

これはちょうど、たがいを知らない複数の目撃者が同じ事件をよく似たかたちで証言する状況に似ています。一人の証言は誤りうるものの、連絡を取り合っていない一〇人が同じ絵を描くなら、私たちはその絵を真剣に受け止めます。気候科学の説得力は、ある一人の天才の主張ではなく、まさにこの証拠の合唱から生まれます。

こうした態度は、ひとり気候科学だけに当てはまるものではありません。科学全般が働くしかたが、もともとこうなのです。どれか一つの実験や一人の権威が真理を保証するわけではありません。異なる方法で、たがいに独立して到達した結果が同じ方向を指すとき、そしてその結果がくり返し再現されるとき、はじめて信頼が積み上がります。だから良い科学者は、自分の結論を疑う人を敵ではなく同僚とみなします。疑いと検証こそが、科学を堅固にする力だからです。

第四部 自然変動と人間の影響

気候は人間が現れるはるか前から変わってきました。氷期と間氷期が交互に訪れ、そのリズムには地球の軌道の周期的な変化、太陽活動の変化、巨大な火山噴火といった自然の要因が働いていました。とすれば、いまの変化もただ自然の一部ではないか、という問いはきわめて自然です。

科学者がこの問いに取り組むやり方は、一種の探偵の捜査に似ています。いくつもの容疑者(太陽、火山、軌道の変化、温室効果ガスなど)を並べ、それぞれが残す「指紋」を調べるのです。たとえばもし太陽が強くなったことが主な原因なら、大気のすべての層がともに暖まるはずです。ところが観測は別の様子を見せます。こうして手がかりを突き合わせていくと、自然の要因だけでは最近数十年の変化の幅と速さを説明しにくい、というのが多くの科学者の結論です。

「指紋」というたとえをもう少しほぐしてみます。良い探偵は、ただ「誰がやったか」を問うだけにとどまりません。各容疑者が真犯人ならどんな痕跡を残すはずかをまず突きつめたうえで、実際の現場の痕跡と照らし合わせます。太陽が犯人ならこんな痕跡が、火山が犯人ならあんな痕跡が残るはずだ、という具合です。そして、実際に観測された複数の痕跡の組み合わせが、どの容疑者ともっともよく合うかを見ます。

このやり方が強力なのは、各候補が異なる「指紋」を残すからです。一つの測定だけを見れば、いくつもの説明がすべて可能に見えることがあります。けれども複数の痕跡を同時に満たさねばならないという条件を課せば、可能な説明の幅はすばやく狭まります。科学的推論の妙味はまさにここにあります。

ここでバランスのとれた見方が大切です。自然変動はたしかに存在し、年ごとにばらつく変化のかなりの部分を説明します。ある年がとりわけ暑い、あるいは寒いことをそのまま大きな流れの証拠とするのは早計です。科学が注目するのは一年の天気ではなく、数十年にわたる趨勢です。天気と気候は違います。天気はその日の気分、気候は長く続く性格です。

天気と気候、その紛らわしい紙一重

この区別は日常でしばしば混同されます。とりわけ寒い冬が訪れると「地球が暖まると言っていたのにこれはどうしたことか」という声が出て、蒸し暑い夏にはその反対の声が出ます。どちらも一日や一季の天気で数十年の趨勢を判断しようとする、同じ種類の早計です。

たとえを一つ挙げてみます。散歩する人と、その人が連れている犬を思い浮かべてみましょう。犬は引き綱の許す範囲のなかをあちこち前後に駆けまわります。その動きだけを見ると、どこへ向かうのか見当がつきません。けれども一歩下がって人の歩みを見れば、全体がどの方向へゆっくり進んでいるのかがはっきり見えます。天気は犬のせわしない動き、気候は人の着実な歩みです。犬に目を奪われると方向を見失いやすいのです。

第五部 フィードバックとティッピングポイント — ひとりでに転がる変化

気候システムが興味深くも厄介なのはフィードバックゆえです。フィードバックとは、ある変化が別の変化を呼び、最初の変化を大きくしたり小さくしたりする折り返しの働きです。

変化を大きくする折り返し

代表的な例が氷と反射の関係です。明るい氷や雪は日光をよく反射します。ところが気温が上がって氷が溶けると、その下の暗い海や土がむき出しになります。暗い表面は日光をより多く吸収してさらに暖まり、すると周りの氷がまた溶けます。こうして変化がみずからをあおることを正のフィードバックといいます。

水蒸気も似ています。空気が暖まるとより多くの水蒸気を含めますが、水蒸気そのものが強力な温室効果ガスです。暖まれば水蒸気が増え、水蒸気が増えればさらに暖まる、という具合です。さきに第一部で、水蒸気は変化を最初に引き起こす原因というより増幅する側に近いと述べたのは、まさにこのフィードバックを指していたのです。

このように正のフィードバックは、小さな始まりを大きく膨らませることがあります。けれどもここで、よくある誤解の一つを警戒しなければなりません。正のフィードバックがあるからといって、変化が必ず際限なく暴走するわけではありません。あとに続く負のフィードバックがある程度ブレーキをかけるからです。システムの最終的なふるまいは、この押し引きすべての総和で決まります。

変化をやわらげる折り返しもある

幸い、すべてのフィードバックが変化を大きくするわけではありません。物体は暖まるほど多くの赤外線を放つので、地球が暖まれば宇宙へ放つ熱も増え、加熱を一部打ち消します。雲はとくに複雑です。ある雲は日光を反射して冷やす方向に、ある雲は熱を閉じこめて暖める方向に働きます。雲が全体としてどちらに傾くのかは、気候科学でいまなお活発に研究される難しい主題です。

ティッピングポイントという考え

ティッピングポイントとは、あるしきい値を越えると変化が戻りにくくなる点を指します。机の縁へコップを少しずつ押していくと、ある瞬間、手を離してもコップが止まらず落ちる点が訪れます。一部の科学者は、巨大な氷床や特定の生態系にそれと似たしきい値があるかもしれないと考えます。ただし、そのしきい値が正確にどこにあり、いつ越えるのかは不確実性の大きな領域です。この不確実性は「だから心配ない」という意味ではなく、むしろ慎重さを求める根拠として読まれることが多いのです。

ティッピングポイントという言葉はやや劇的に響くため、ときに誇張して使われることもあります。そこで二つのことをあわせて覚えておくのがよいでしょう。一方で、すべての変化がなめらかで戻せるわけではなく、一部の過程にはしきい値がありうるという点。他方で、そのしきい値の位置と時期についての科学の理解はまだ発展しつつあるという点。この二つのどちらか一方だけを強調すれば、片寄った絵になります。

[正のフィードバックの例: 氷-反射の折り返し]

  気温上昇 → 氷の減少 → 暗い表面の露出
       ↑                       │
       │                       ▼
       └──── より多くの日光を吸収 ←──┘
                (加熱が強まる)

折り返しは日常にもある

フィードバックという概念がなじみにくく感じられたら、日常の例を思い浮かべてみましょう。マイクをスピーカーに近づけると「キーン」という音がだんだん大きくなります。マイクが拾った音がスピーカーから出て、その音をマイクがまた拾ってさらに大きくする、みずから増幅する正のフィードバックです。

逆に家の温度調節装置は負のフィードバックの例です。部屋が暑くなりすぎると暖房を切り、寒くなりすぎるとまた入れて温度を一定に保ちます。変化をあおるのではなく、やわらげる方向に働くのです。

気候システムにはこの二種類のフィードバックがともに含まれています。あるものは変化を大きくし、あるものは小さくします。未来を予測しにくい理由の一つは、この数多くのフィードバックがどんな比率でかみ合うのかを正確に見積もるのが容易でないからです。気候科学のかなりの部分が、まさにこの折り返しの網を解きほぐす作業に注がれます。

第六部 変化が意味するもの

ここまで私たちは主に「なぜ」と「どのように」に集中してきました。ここで少し「では何が変わるのか」を落ち着いて見てみましょう。ただしここでも誇張や恐怖をあおらず、科学が比較的自信をもって語れる大きな絵だけを扱います。

平均ではなく分布が変わる

気温上昇を語るとき、しばしば「平均」に注目します。けれどもより重要なのは、分布全体が少しずつ移動するという点です。平均がわずかに上がるだけでも、とても暑い日の頻度は思いのほか大きく増えることがあります。

サイコロを思い浮かべてみましょう。サイコロの目を全体的に少し大きくするだけでも、とても大きな目が出る確率は目に見えて変わります。気候でも似ています。平均の小さな変化が、極端の頻度にはより大きく反映されることがあります。ですから科学者は、平均値一つよりも分布全体の変化をあわせて見ます。

水の循環が活発になる

暖まった空気はより多くの水蒸気を含めます。これは水の循環全体をより活発にする傾向があります。ある地域ではより強い雨が、別の地域ではより激しい干ばつが現れうるということです。ただし具体的にどの地域で何がどれほど変わるかは、さきに強調したように不確実性の大きな領域です。

適応というもう一つの軸

気候の議論はしばしば変化を減らす努力に集中しますが、それに劣らず重要なのが適応です。すでに起きた、そして起きつつある変化に社会がどう備え、適応するかという問題です。堤防を補強し、水の管理を改善し、暑さに弱い人々を守ることなどがこれにあたります。変化を減らすことと適応することは、たがいに対立するものではなく、ともに進む二つの軸です。

この適応の視点には、一つ慰めになる面もあります。人類はもともと適応の名手です。私たちは砂漠にも、極地にも、高い山にも都市を築いて暮らしてきました。問題を正確に理解するほど、それに合わせて賢く備える余地も大きくなります。その意味で、気候科学を理解することは悲観ではなく準備の出発点になりえます。何が起きるのか、そして何が不確かなのかをあわせて知ることは、漠然とした恐怖よりもはるかに頼もしい土台です。

第七部 不確実性の科学的な意味

日常で「不確実だ」という言葉は、しばしば「よく分からない」「信用できない」という意味で使われます。けれども科学において不確実性はそういう意味ではありません。それは、私たちが何をどれほど正確に知っているのかを正直に示すやり方です。

医師が「この薬はほとんどの患者に効くが個人差がある」と言うとき、それは無知の告白ではなく正直な情報です。気候科学も同じです。「温室効果ガスが地球を暖める」という基本の物理は非常によく確立されています。一方で「これから三〇年後、ある地域の降水量が正確にどれほど変わるか」といった具体的な予測には、より大きな不確実性が伴います。

この違いを日常の例に移してみます。私たちは「冬は夏より寒い」ことはほぼ確実に知っています。けれども「今年の一二月二五日の正確な気温」は自信をもって言いがたいものです。二つの言明はどちらも同じ気候に関するものですが、確実さの度合いはまったく違います。大きなパターンを堅固に知りつつ、細部の一点はぼんやりとしか知らないことは、矛盾ではなく自然なことです。

ですから誰かが「気候科学は不確かな部分があるから全部信用できない」と言うなら、それは「冬のある一日の気温を正確に知らないから、冬が夏より寒いことも知らない」と言うのに似た飛躍です。不確かな細部の存在が、堅固な大きな絵まで崩すわけではありません。

そこで科学者はしばしば一つの数字ではなく範囲で語ります。「これくらいからあれくらいのあいだである可能性が高い」という具合です。この範囲は弱点ではなく正直さの表れです。興味深いのは、不確実性が必ずしもよい知らせばかりではないということです。実際の結果が予測の範囲の楽観的な端にあるかもしれませんが、悲観的な端にあるかもしれないからです。

知っていることと知らないことの地図

このあたりで、私たちが何をどれほど知っているのかを大きな地図として整理しておくと役立ちます。よく確立されたものとまだ研究中のものを区別することは、科学を誇張も過小評価もしない正直な態度です。

理解の水準
非常によく確立温室効果ガスが赤外線を閉じこめて惑星を暖めるという基本の物理
かなり確立全地球平均気温が長期的に上昇してきた趨勢
活発に研究中雲が全体としてどの方向に働くか
不確実性が大きい特定の地域の遠い未来の降水量のような細部の予測

この表が示すように、「すべて分かっている」も「何も分からない」も、どちらも事実ではありません。真実はその中間のいくつもの層にまたがっています。良い科学的態度とは、確かなものは確かだと、不確かなものは不確かだと、正直に言うことです。

模型という道具

未来を見通すために、科学者は気候模型という道具を使います。模型という言葉に抵抗を覚える人もいます。「結局コンピューターが作った推測ではないか」というのです。けれども模型は占い師の予言ではなく、私たちが知る物理法則をコンピューター上で解き明かす計算です。

飛行機を設計するとき、技術者は実際に墜落させてみなくてもコンピューター上で空気の流れを計算して安全を吟味します。天気予報も大気の物理を解いて数日後を見通します。気候模型も同じ種類の道具です。ただ、扱う時間が数日ではなく数十年だという点が違うだけです。

模型の信頼度を検証する方法の一つが「過去当て」です。過去の条件を模型に入れて回したとき、実際に観測された過去の変化をよく再現するかを確かめるのです。もちろん模型は完璧ではなく、限界と誤差が確かにあります。ですから科学者は複数の模型の結果をあわせて比べ、その幅を不確実性の範囲として示します。模型は水晶玉ではなく、限界をはっきり抱えた正直な計算道具です。

単純さと複雑さのあいだ

ここで一つ、バランスを押さえておきたいと思います。気候システムは確かに非常に複雑です。海と大気、氷と生物、数多くのフィードバックが絡み合っています。だから細部の予測は難しく不確かです。

けれども同時に、もっとも底に横たわる原理は驚くほど単純です。入ってくるエネルギーと出ていくエネルギーの釣り合い、そして一部の気体がその釣り合いを変えるということ。複雑な細部に圧倒されてこの単純な骨組みを見失うことも、逆に単純な骨組みだけを見て複雑な細部の不確実性を無視することも、どちらもバランスを欠いた態度です。良い理解とは、この二つをともに抱くことです。大きな絵は堅固に、細部は謙虚に。

第八部 さまざまな視点を公正に

気候をめぐる社会の議論には、科学の部分と価値判断の部分が混じっています。この二つを区別することが、健全な議論の出発点です。

基本の物理、すなわち温室効果ガスが赤外線を閉じこめて惑星を暖めるという事実については、科学界の見解はかなり一致しています。一方で「ではどうすべきか」は科学だけでは答えられません。そこには経済、公平、技術、優先順位についての価値判断が入るからです。

  • 速さを重んじる視点: 危険は十分に立証されたので、速く強く対応すべきだと考えます。
  • 費用と現実を重んじる視点: エネルギー・産業転換の費用と社会的衝撃を慎重に量り、段階的に進むべきだと考えます。
  • 技術革新を重んじる視点: 規制よりも技術の発展と適応のほうが効果的な道だと考えます。
  • 途上国の公平を重んじる視点: 責任と負担をどう分けるかが核心だと考えます。
  • 適応を重んじる視点: 変化を減らす努力とともに、すでに起きている変化に社会をどう適応させるかが重要だと考えます。

これらの視点は、事実の否定というより優先順位と方法についての意見の違いである場合が多いのです。この文章は特定の政策を勧めません。ただ、事実と価値を混ぜないこと、そして自分と異なる視点にも合理的な根拠がありうると認めることが、よりよい対話への道だと信じます。

事実と価値を分ける練習

具体的な例で練習してみましょう。「この一世紀にわたって全地球平均気温が上昇してきた」という文は、事実に関する言明です。測定によって確かめたり反論したりできます。いっぽう「だから私たちはいますぐすべてを変えねばならない」という文は、価値と優先順位に関する判断です。同じ事実を受け入れる人どうしでも、この判断では分かれることがあります。

健全な議論は、この二つを混ぜないところから始まります。誰かが事実を否定するなら、証拠で答えればよいのです。けれども誰かが事実は認めつつ別の優先順位を示すなら、それは間違いではなく異なる価値判断かもしれません。相手を無条件に「科学を否定する人」と決めつけることも、逆に自分の価値判断を「唯一の科学的結論」であるかのように掲げることも、どちらも事実と価値の境界を曖昧にすることです。この境界をはっきり保つだけでも、対話の質は大きく変わります。

おわりに — 小さな惑星の帳簿

もう一度、はじめの金星に戻りましょう。金星は、大気の組成が惑星の運命をどう左右するかを示す巨大な自然の実験でした。地球は金星ではありませんが、同じ物理法則が両方の世界に当てはまります。

地球が暖まる物語は、結局のところ単純な会計に戻ります。入ってくる日光と出ていく赤外線、そしてそのあいだで毛布のように働く気体たち。この会計の基本は一九世紀の科学者の実験室ですでに輪郭が描かれ、今日では衛星と氷床コアと数千もの観測所がその帳簿を埋めています。

この文章で私たちは、いくつものたとえをともに通り抜けてきました。惑星を覆う毛布、ブランコの拍子、水をためる浴槽、犬を連れて散歩する人、そして散らばった証言を集める探偵まで。これらのたとえはすべて単純化であり、実際の自然はつねにそれより豊かで複雑です。けれども良いたとえは、複雑なものを手につかめるようにしてくれる橋です。橋を渡ったあとには、橋そのものが風景ではなかったことを思い出す謙虚さもまた必要です。

科学とは、この帳簿に記された数字をできるかぎり正直に読み解く営みです。その数字が私たちに何をせよと命じるわけではありません。それは私たち全員に残された選択です。ただ、よい選択はよい事実の上でのみ可能です。それこそが、気候科学が私たちに差し出す、静かでありながら重いメッセージなのでしょう。

この文章を通して一つのことが伝わったなら幸いです。気候科学は誰かのスローガンや信念の問題ではなく、一九世紀の実験室に始まり今日の数千の観測所へと続く、静かで累積的な探究だということです。その探究には非常に堅固な部分もあれば、いまだに謙虚であるべき部分もあります。その二つを区別する正直さこそが、科学のもっとも大きな美徳です。

夜空の金星をふたたび見上げるなら、いまやその明るい点が少し違って見えるかもしれません。それはただ美しい星ではなく、大気が惑星の運命をどう左右するかを黙々と示す巨大な教科書です。そして私たちが立つこの小さな惑星は、その教科書を読みながら自分の帳簿をみずからのぞきこむことのできる、宇宙でまれな場所なのでしょう。

宇宙の無数の惑星のなかで、自分がどのように暖まるのかをみずから問い、答えられる場所がはたしてどれほどあるでしょうか。その問いを投げかけられること自体が、もしかするとこの小さな惑星が抱くもっとも驚くべき能力かもしれません。落ち着いて、正直に、そして謙虚に。それがこの帳簿を読むもっともよい態度でしょう。

よく浮かぶ疑問

気候科学にはじめて触れるとき、誰もが一度は浮かべる疑問があります。バランスのとれた答えを短く整理してみます。

  • 「二酸化炭素は大気のごく小さな部分ではないか」 そのとおりです。二酸化炭素が大気に占める割合は小さいものです。けれども少ない量が大きな効果を生むことは自然によくあります。赤外線を閉じこめる力は量の絶対値ではなく、その気体の性質から来ます。料理に入れる塩が全体の小さな割合でも味を左右するのに似ています。

  • 「気候はいつも変わってきたのに、なぜ今が特別なのか」 気候が変わってきたのは事実です。科学が注目するのは変化の存在そのものではなく、最近の変化の速さとその原因です。自然の要因だけでは最近の変化の幅を説明しにくい、というのが多くの結論です。

  • 「寒い冬があれば矛盾ではないか」 さきに犬と散歩のたとえで見たように、一日や一季の天気と数十年の気候の趨勢は別の次元の話です。寒い日があっても大きな趨勢が否定されるわけではありません。

  • 「科学者の意見は本当に一致しているのか」 基本の物理についてはかなりの一致があります。いっぽう細部の未来予測や、何をすべきかについてはさまざまな見解が存在します。この二つの層を区別することが重要です。

  • 「火山一回が人間活動より多くの二酸化炭素を放つのではないか」 よく聞く話ですが、観測によれば世界の火山がふだん放つ二酸化炭素の量は、人間活動から出る量にくらべて小さいというのが多くの測定結果です。大きな火山噴火は短期的に別のしかたで影響を与えることもありますが、その様相はまた異なります。

  • 「植物が二酸化炭素を好むなら良いことではないか」 植物によっては一部の良い効果がありうるのは事実です。けれども植物の成長には二酸化炭素だけでなく、水、養分、適切な温度など多くの要因がともに必要です。一つの要因だけを取り出して単純に「良い」と結論づけるのは難しいのです。

主な用語の整理

長い文章を締めくくるにあたり、本文に登場した主な用語を一目で整理します。

用語一行の説明
アルベド表面が日光を反射する割合。明るいほど高い
温室効果一部の気体が赤外線を閉じこめて惑星を暖める働き
炭素循環炭素が大気・海・生物・岩石のあいだを行き来する流れ
海洋酸性化海が二酸化炭素を吸収して少しずつ酸性に近づく現象
フィードバックある変化が別の変化を呼び、もとの変化を大きくしたり小さくしたりする働き
ティッピングポイントあるしきい値を越えると変化が戻りにくくなる点

考えてみる問い

  • 大気がまったくない惑星と、厚い二酸化炭素の大気をもつ惑星では、昼と夜はどう違うでしょうか。月と金星をくらべて想像してみましょう。
  • 「天気」と「気候」の違いを家族に一文で説明するなら、どう言いますか。
  • 科学における「不確実だ」が「知らない」と違う理由を、日常の例で挙げられますか。
  • マイクとスピーカーの「キーン」という音のように、私たちの周りで正のフィードバックの例をもっと見つけられますか。
  • 家の温度調節装置のほかに、変化をやわらげる負のフィードバックの例を日常で探してみましょう。
  • 気候模型が「過去当て」で検証されるという点は、なぜ重要なのでしょうか。
  • 同じ事実を受け入れながらも、人によって異なる結論に至りうるのはなぜでしょうか。
  • 黒い服と白い服の違いでアルベドを説明するなら、ほかにどんな日常の例を挙げられますか。
  • 「変化の大きさ」と「変化の速さ」は、なぜ別々に考えるべきなのでしょうか。
  • アレニウスが純粋な好奇心から始めた研究が、はるか後年に大きな意味をもったように、当面の役立ちが分からない探究が価値ある理由は何でしょうか。
  • 良いたとえの利点と限界を、この文章に出たたとえの一つを選んで話してみましょう。
  • 海が「無限の緩衝器ではない」という言葉は、どういう意味でしょうか。
  • たがいに独立した複数の証拠が一つの方向を指すことが、なぜ一つの強力な証拠より信頼できるのか説明してみましょう。
  • 人類が「適応の名手」だったという点は、気候問題に向き合う私たちの態度にどんなバランスを与えうるでしょうか。
  • 「大きな絵は堅固に、細部は謙虚に」という態度を、気候以外の主題にも当てはめてみるなら、どんな例が浮かびますか。

参考資料