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分散ストレージ 2026 完全ガイド - Filecoin・Arweave・Storj・IPFS・Walrus (Sui)・Shadow Drive・Greenfield・EigenDA 深層解説
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- Youngju Kim
- @fjvbn20031
プロローグ — 「どこに置くか」が再び問いになった
クラウドの時代には「どこに置くか」はもはや問いではなかった。S3に投げ、必要ならCloudFrontでキャッシュする。それで終わり。だが2024年以降、風景は急速に変わった。
- 2024年11月、Sui上の
Walrusがメインネットを開き、「オンチェーンではないが、オンチェーンが保証するBLOB」という新しいカテゴリを持ち込んだ。 - 2024年、EigenDAがEigenLayerリステーキングの上で正式リリースされ、Ethereumロールアップのデータ可用性コストを1桁セント水準まで引き下げた。
- 2025年、Web3.Storageが
Storachaにリブランドし、「Filecoinの上のホットなS3互換ゲートウェイ」というアイデンティティを明確にした。 - 2025年、Arweaveエコシステム内でBundlrが
Irysに改名し、「データレイヤー1」を宣言した。 - 2026年初頭、FilecoinのFVM (Filecoin Virtual Machine) 上で動くデータDAOとコンピュート・オーバー・データ (CoD) ワークロードが日常となった。
本記事は2026年の分散ストレージスタックを最初から最後まで一息にまとめる。コンテンツアドレッシングとは何かから、Filecoin・Arweave・Storj・Walrus・Greenfield・EigenDA・Celestiaがそれぞれ何を得意とするか、そしてその間で「自分のデータをどこに置くべきか」を決めるマトリクスまで。
第1章 · コンテンツアドレッシング - すべての出発点
分散ストレージを理解するには、まず コンテンツアドレッシング (content-addressing) という一つの考え方を手にする必要がある。クラウドは「場所」を指す。例: s3://my-bucket/photos/cat.jpg。誰かがファイルをすり替えてもURLは同じだ。
コンテンツアドレッシングは正反対だ。データのハッシュがそのまま住所になる。
[Bytes] -- SHA-256 / Blake3 --> [Hash] --> [CID]
| |
v v
"11MBの猫の写真" bafybeigdyrzt5sfp7udm7hu76uh7y26nf...
CID (Content Identifier) は 自己検証可能 (self-verifying) である。受け取ったバイトを再ハッシュすれば嘘が即座にバレる。だからコンテンツアドレッシングの上では 誰が配送したかは重要ではない。 信頼の単位が「ホスト」から「コンテンツ」へ移る。
一行で覚える: 「ロケーションアドレッシングはホストを信じ、コンテンツアドレッシングはビットを信じる。」
第2章 · IPFSとlibp2p - 分散ファイルシステムの土台
IPFS (InterPlanetary File System) はコンテンツアドレッシングをP2Pネットワーク上に乗せたプロトコルだ。libp2p はその下に敷かれたモジュラーネットワーキングレイヤーで、Ethereum・Filecoin・Polkadot・Lodestarなど多数のプロジェクトが共通で使う。
2026年のIPFS実装の風景:
- Kubo (Go) — Protocol Labsのリファレンス実装。CLIとノードデーモン。安定だが重い。
- Helia (JS/TS) — ブラウザとNode.js両方で動くモジュラークライアント。2024-2026年の間にHeliaが事実上ウェブIPFSのデフォルトとなった。
- Iroh (Rust) — Number 0チームが作る次世代P2Pデータ転送。IPFS互換だが「もっと小さく速く」が目標。
// Helia例 - ブラウザでCIDからファイルを取得
import { createHelia } from 'helia'
import { unixfs } from '@helia/unixfs'
const helia = await createHelia()
const fs = unixfs(helia)
// CIDでファイルを読む
const cid = 'bafybeigdyrzt5sfp7udm7hu76uh7y26nf3efuylqabf3oclgtqy55fbzdi'
const decoder = new TextDecoder()
for await (const chunk of fs.cat(cid)) {
console.log(decoder.decode(chunk, { stream: true }))
}
IPFSの弱点は明確だ。パブリッシングは一度きりだが、ピン (pin) がなければデータはGCされる。つまりIPFSは「転送プロトコル」であり、永続性は別のレイヤーで買わなければならない。 だから次章のFilecoin・Arweave・Pinataが登場する。
第3章 · Filecoin - 分散コールドストレージの標準
Protocol LabsのFilecoinはIPFSの「永続性の欠如」問題に正面から取り組む。ストレージプロバイダー (SP) がデータを保管していることを暗号学的に証明すれば、その対価としてトークン報酬を受け取る。二つの証明が骨子だ。
- PoRep (Proof of Replication) — 「このSPがこのデータの固有な複製を実際にディスク上に作った」を一度きり証明する。シーリング (sealing) プロセスと呼ばれる。
- PoSt (Proof of Spacetime) — 「その複製が生きている」を一定の時間間隔で繰り返し証明する。24時間ウィンドウ、30分のチャレンジが基本。
2026年のFilecoinは単なるコールドストレージではない。
- FVM (Filecoin Virtual Machine) — 2023年にリリースされたEVM互換仮想マシン。スマートコントラクトがストレージディールとデータを直接扱う。
- データDAO — データのガバナンスをDAOに渡すパターン。CIDgravity、Lighthouse、Banyanなどのプロジェクトが土台を提供する。
- コンピュート・オーバー・データ — Bacalhauなどのプロジェクトが「データがある場所でコードを動かす」を実装する。AIデータセットと組み合わさると強力だ。
価格はコンピュート市場のように変動する。2026年5月時点で1 GiB-monthの平均価格は0.0001 FIL未満水準だが、実コストはSPごとに異なり、リトリーバル (retrieval) コストは別だ。
トークン表記は $FIL で、引用価格は市場レートに従う。
第4章 · Arweave - 「200年永続保存」という奇妙な賭け
Arweaveの賭けはシンプルだ。一度払えば、永遠に保管する。 どうやって? 200年分の保存コストを先に受け取ってendowment fundに入れ、そのファンドの収益でマイナーに支払う。ディスク価格が毎年下がるというムーア的仮定の上に立つ。
構造的には blockweave と呼ばれる変形ブロックチェーンだ。通常のブロックチェーンが「最新ブロック」を検証することを要求するのに対し、blockweaveは「任意の過去のブロック」を検証することを要求するPoA (Proof of Access) を使う。だからマイナーは過去のデータを持つインセンティブを得る。
エコシステムはチェーンだけではない:
- AR — Arweaveのネイティブトークン。永続保存決済はARで行う。
- Bundlr から Irys — 複数のトークンで永続保存を決済できるようにするL2。2025年にBundlrがIrysにリブランドし、「プログラマブル・データチェーン」という表現を使い始めた。
- Othent、ArConnect — 永続保存SaaSとウォレット拡張機能。
- ArDrive — 永続クラウドドライブUX。
ユースケースは明らかだ。NFTメタデータのIPFSピン消失問題、ジャーナリズムとアーカイブ、検閲耐性が必要な出版物。一つだけ落とし穴。「永続」の保証はendowment fundのファンディング仮定に依存する。100%数学的保証ではなく 経済的保証である。
トークンは $AR と書き、価格は別途確認すること。
第5章 · Storj DCS - S3互換の分散クラウド
Storjは別の方向に賭けた。ユーザー体験ではS3と区別がつかないようにする。 その上でバックエンドは世界中の分散ノード上のerasure codingで回る。
中心概念は三つ:
- Satellite — メタデータ・決済・SLAを管理する信頼されたコーディネーター。最初はStorjが運営するが、誰でも自分のサテライトを立てられる。
- Storage Node — 実際のディスク領域を貸すノード。報酬を受け取る。
- Erasure Coding — ファイルを80個のピースに分け、任意の29個が集まれば復元可能。ノードの半数が消えてもデータは生きる。
# uplink CLI - StorjはS3互換 + 独自CLI
uplink cp ./video.mp4 sj://my-bucket/video.mp4
uplink share --readonly sj://my-bucket/video.mp4
# あるいは s3cmd / aws-cli
aws s3 cp ./video.mp4 s3://my-bucket/ \
--endpoint-url https://gateway.storjshare.io
2026年5月時点で価格はストレージ4 USD/TB-month、エグレス7 USD/TBの水準で、AWS S3 Standard (約23/9) と比較して1桁低いコストだ。さらにエグレスが安いのが決定的だ。Storjは「動画ワークロードとバックアップ」に強い。
トークンは $STORJ、ERC-20だ。SNO (ノードオペレータ) に支払われ、一般ユーザーはカード/暗号資産の両方で決済できる。
第6章 · SiaとSkynet - 最古のP2Pクラウド
Siaは2015年から回る、分散ストレージのベテランだ。モデルは Renter-Hostコントラクト という直接マッチング市場である。
- ユーザー (Renter) はホストと 3か月間のコントラクト を結び、コラテラルを担保にファイルを保存する。
- ホストは storage proof を一定間隔で提出しないと報酬を受け取れない。
- Skynetはその上に乗せた CDNライクなゲートウェイレイヤー だったが、2022年にシャットダウンし、現在はSia本体とSkynetLabsの後続プロジェクト (例: FilebaseのRenterd Hosted) に吸収されている。
2026年時点でのSiaのポジションは明確だ。「堅固なP2P基盤 + S3互換ゲートウェイ (Filebase、Renterd Hosted)」 という組み合わせだ。セキュリティモデルは最も保守的で、価格はStorjと競合する。欠点は「DAppエコシステムの活気」がFilecoin・Arweaveに比べて薄いことだ。
第7章 · Walrus (Sui) - 2024年登場のダークホース
Mysten LabsがSui上に作ったWalrusは、2024年11月にメインネットを開き、一気に注目された。核心は RaptorQベースのerasure coding で、ノードの1/3が消えてもデータが生き、復旧コストが従来の2D RS比で1桁低い点だ。
設計の一行要約。「BLOBのメタデータはSuiオンチェーン、実際のバイトはオフチェーンノード間にerasure-codedされたshardとして分散。」
[ユーザー] -> [Publisher API] -> [BLOBを1024のRaptorQ shardにエンコード]
|
v
[ストレージノードクラスター]
| | | |
v v v v
shard shard shard ...
|
[ユーザー取得] <--- [Aggregator API] <-+
|
[Suiオンチェーン: メタデータ・決済・ライブネス証明]
特徴:
- 高可用性 — 99.999%の可用性を設計目標とする。Filecoinが「コールドストレージ」なら、Walrusは **「ウェブフレンドリーなホットストレージ」**だ。
- Sui統合 — Moveスマートコントラクト内でBLOBオブジェクトを直接扱う。NFT、ゲーム、ライブ動画、AIデータセットとの結合が自然。
- Sites — Walrus Sitesは静的サイトをBLOBとしてアップロードしSuiオブジェクトにマップして検閲耐性ホスティングを提供する。
2026年現在、Walrusは「Web3 dAppに最も自然に取り付くBLOBストア」という地位を急速に確立した。NFTメタデータ・SocialFi・ゲームアセット領域での採用が最強だ。
第8章 · Shadow Drive (Solana / GenesysGo)
Shadow DriveはGenesysGoがSolana上に作ったストレージレイヤーだ。Solanaの高速トランザクションと組み合わせ、NFTコレクション発行時にメタデータまで一つのチェーン内で処理するシナリオを狙う。
特徴:
- SHDWトークン で決済。トークン表記は
SHDW。 - イミュータブル/ミュータブルモード — 同じドライブ内でファイルを固定するか更新可能にするかのモードを選択。
- Solana RPC統合 — Helius・Tritonなどのインフラプロバイダがshadow Driveを推奨バックエンドに置く。
欠点は明確だ。Solanaエコシステム外では採用率が低く、Solana自体のダウンタイム問題が信頼性に影響する。
第9章 · BNB Greenfield - 取引所コインのストレージ挑戦
BNB Chainが2023年にローンチしたGreenfieldは、BNBエコシステム内で動く分散オブジェクトストレージだ。興味深いのは、オブジェクトの権限管理がBNB Smart Chainのスマートコントラクトと直接結びつく点だ。
- SP (Storage Provider) 26個 — 最初は26個の制限されたセットで開始し、段階的に拡大。
- S3互換API — Greenfield SDK + S3ゲートウェイ。
- クロスチェーンメッセージ — Greenfieldで起きたことがBNB Smart Chainコントラクトに即座に反映される。
Greenfieldの価値提案は「BNBエコシステム内での統合された価格性能」だ。外部採用は依然限定的だが、BNB上のゲーム・SocialFiプロジェクトがモジュラーとして採用する。
第10章 · EigenDAとモジュラーDAの台頭
ここからは趣が違うカテゴリだ。DA (Data Availability) は「長期保管」ではなく、**「ロールアップが提出したデータが短期間 (例: 2週間) で誰でも再取得できるという保証」**である。永続保存とは違う。
Ethereumメインネットにカルデータでデータを載せると高い。だからモジュラーDAレイヤーが登場した。
- EigenDA — EigenLayerリステーキングの上で動くDA。2024年正式リリース後、価格はメインネットカルデータ比10x-100x安い。Mantle、Celoなどのコール2が採用。
- Celestia — モジュラーDAの元祖。2023年メインネット。Mantle、Dymension、Manta Pacificが代表ユーザー。
- Avail — PolygonからスピンアウトしたDA。KZG証明ベース。
- NEAR DA — NEAR Protocol上で動くDA。Aurora・StarkNetの一部が使用。
[L2トランザクション] -> [L2シーケンサーがバッチを圧縮]
|
v
[DAレイヤーにBLOBを提出]
|
v
[L1 (Ethereum) にはcommitmentのみ]
|
v
[バリデータ/ユーザー = DAレイヤーから原本を取得 -> KZG/Reed-Solomonで検証]
2026年のパターンは明らかだ。**「新しいL2がDAとしてEigenDAを選ぶ」**が最も一般的なデフォルトになった。価格差が決定的だ。
第11章 · Cardano Hydra Data、Aleph.im - 他の賭け
- Cardano Hydra Data — Cardano上で動くデータ可用性ソリューション。Hydra HeadというL2上でデータストリーミングとBLOBを処理する。EUTXOモデルフレンドリー。
- Aleph.im — コンピュート + ストレージのハイブリッド。インデックス、dAppバックエンド、サーバーレス関数まで束ねたインフラトークン。2025年からAI推論ワークロードを強調する。
第12章 · ホットゲートウェイ - Pinata、Storacha、NFT.Storage
分散ストレージを直接触る機会のない開発者にとって、ゲートウェイ/SaaS が事実上のインターフェースだ。
- Pinata — IPFSピンSaaSのベテラン。JWTトークン、ゲートウェイドメイン、グループポリシーまで備えたフルスタック。NFTプロジェクトの半数がここにいる。
- Storacha (旧 Web3.Storage) — Protocol Labsの後継。UCAN (デリゲート可能なcapability) ベース認証、Filecoinバッキング。「Filecoinの上のホットS3互換」というアイデンティティが明確になった。
- NFT.Storage — 小さなNFTメタデータの無料ピン。2024-2025年の間にポリシー変更 (無料枠縮小) があったので、ビジネスで使う際は価格表を確認すべきだ。
- Quicknode IPFS — RPCインフラ会社QuicknodeがIPFSピン + ゲートウェイを提供。
- Filebase — Sia + Storj + IPFSをS3互換APIで束ねたマルチバックエンドSaaS。
// Storacha例 - UCANベースのアップロード
import { create } from '@storacha/client'
const client = await create()
await client.login('me@example.com')
const space = await client.createSpace('my-app')
await client.setCurrentSpace(space.did())
const file = new File(['hello world'], 'hello.txt')
const cid = await client.uploadFile(file)
console.log('CID:', cid.toString())
一行で覚える: 「インフラはコールド (Filecoin/Arweave) に置き、ゲートウェイはホット (Storacha/Pinata/Walrus) で使う。」
第13章 · データDAO - データそのものがガバナンスの対象となる時
Filecoinの上で育ったパターンで最も興味深いのがデータDAOだ。データセットの保管・アクセス・ライセンシングがDAOの意思決定対象となる。
- CIDgravity、Lighthouse、Banyan — データDAOインフラ。
- Numbers Protocol — 写真・動画の出所認証 + DAO。
- DIMO — 自動車データDAO。ユーザーが車両テレメトリを共有しトークンを得る。
- Hivemapper — ドライバーがダッシュカム映像を共有して地図を作る。HONEYトークン。
ここにVana、Ocean Protocolが組み合わさる。
- Ocean Protocol — データセットとアルゴリズムをNFTとしてトークン化するマーケットプレイス。Compute-to-Dataで「データを露出せずにアルゴリズムだけ運ぶ」。
- Vana — 2024-2025年に台頭した「AIデータDAO」インフラ。個人データをトークン化してLLM学習に使用する。
2026年のパターンは明白だ。AI学習データの所有と権利を巡るDAOトークン化が最も活発な領域である。
第14章 · 分散データベース - Ceramic、OrbitDB、Tableland
ストレージはBLOBで、データベースはクエリだ。二つは違う問題だ。
- Ceramic — ストリームベースの分散DB。2025年にComposeDBでGraphQLインターフェースを定着させた。
- OrbitDB — IPFSの上で動くP2P DB。Key-Value、Docstore、Eventlogなど多様なデータタイプ。
- GunDB — グラフベースのリアルタイムP2P DB。長く生き残るライブラリ。
- Tableland — 「オンチェーンSQL」。テーブル自体がEVM上のNFTだ。読みはバリデータネットワーク、書きはEVMトランザクション。
- Polybase / Borph — 2024-2025年の間にzkベース分散DBの新しい試み。
-- Tableland - オンチェーンテーブルを作る
CREATE TABLE my_users_5_42 (
id INTEGER PRIMARY KEY,
username TEXT NOT NULL,
joined_at INTEGER
);
-- データ挿入 - EVMトランザクション
INSERT INTO my_users_5_42 (id, username, joined_at)
VALUES (1, 'alice', 1716000000);
-- 読み - 無料、Tableland Gateway
SELECT * FROM my_users_5_42 WHERE id = 1;
選択基準の一行。ユーザープロファイル・SocialFiにはCeramic、NFTメタデータクエリにはTableland、P2P協業アプリにはOrbitDB/GunDB。
第15章 · CRDTと同期 - Y.js、Automerge、Replicache
データを「複数デバイスで同時編集するが、衝突は自動的に解決される必要がある」という問題がある。CRDT (Conflict-free Replicated Data Type) だ。
- Y.js — 2026年の事実上の標準。Figma、Linear、Notionなどのコラボツールの内部CRDTがY.jsかその影響を受けている。WebSocket・WebRTC・Hyperswarmどこにでもつく。
- Automerge — Ink and Switch研究所のCRDT。v2 (Rustコア) からパフォーマンスが本格的に向上した。
- Replicache / Reflect — Rocicorpが作る「クライアントファーストの同期エンジン」。CRDTではないが、似た問題を解く。
CRDT自体は分散ではない。しかし CRDT + libp2p + コンテンツアドレッシング の組み合わせが「サーバーレスの協業アプリ」を可能にする。2025-2026年の新パターン。
// Y.js + libp2pでP2P協業ドキュメント
import * as Y from 'yjs'
import { LibP2pProvider } from 'y-libp2p'
const doc = new Y.Doc()
const provider = new LibP2pProvider('shared-room', doc)
const ytext = doc.getText('content')
// 一方でテキストを追加
ytext.insert(0, 'Hello, decentralized world')
// 他のピアに自動同期 - サーバーなし
第16章 · 分散鍵 - Lit Protocol、Threshold (旧 NuCypher)
分散ストレージにデータを上げると「誰が読めるか」が問題になる。答えは分散鍵管理だ。
- Lit Protocol — MPCベースの閾値署名/暗復号。「条件が満たされれば鍵が解ける」アクセスコントロールコンディション。2025年V8から動作が安定した。
- Threshold Network (NuCypher + Keepの合併) — Proxy Re-Encryption (PRE) とtBTC (閾値ビットコインブリッジ)。データアクセスをデリゲート可能な権限として表現する。
// Lit Protocol - 「トークンN個以上を持つウォレットのみ復号」条件
const accessControlConditions = [
{
contractAddress: '0x...',
standardContractType: 'ERC721',
chain: 'ethereum',
method: 'balanceOf',
parameters: [':userAddress'],
returnValueTest: { comparator: '>=', value: '1' }
}
]
const { ciphertext, dataToEncryptHash } = await litClient.encrypt({
accessControlConditions,
dataToEncrypt: 'secret payload'
})
// ciphertextはIPFS/Walrusに上げても安全
ユースケース。NFTゲーティングコンテンツ、トークンゲーティング動画、DAOメンバーだけに見える文書。
第17章 · NFTメタデータ - 最も多い落とし穴とベストプラクティス
NFT発行者がよく落ちる落とし穴3つ。
- メタデータをHTTPS URLに置く — 運営者が消えるとNFTの絵が消える。2021-2022年によく起きた事故。
- IPFS CIDだけ置いてピンしない — Pinataの無料枠を超えるとGCされる。Filecoinバッキングがないと未来は不確かだ。
- メタデータJSONがmutable — 画像はIPFSだがmetadata JSONがmutable URLなら、JSONをすり替える詐欺が可能。
ベストプラクティス (2026年基準)。
- 画像 — IPFS CID + Filecoin/Storachaピン + Arweave二重バックアップ。
- メタデータJSON — IPFS CID (Arweave単一バックアップ、immutable)。
- コントラクト
tokenURI—ar://...またはipfs://...のいずれかで始まる。HTTPSゲートウェイは絶対に直接埋め込まないこと。
WalrusとFilecoinは両方ともNFTメタデータ保証に適するが、決済・アクセスパターンが違う。NFTコレクション発行時点ではWalrusがホットアクセスに強く、長期保存はFilecoinが価格性能に優れる。
第18章 · 日本・韓国プロジェクトの現在地
日本:
- Astar Network — Polkadotパラチェーン。PolkadotエコシステムのIPFS統合とFilecoin協業。
- Soneium — Sonyが2024年に発表したOP StackベースのL2。Sony Musicとゲームアセット NFTがコアユースケース。EigenDA・Celestiaがモジュラーオプションとして語られる。
- Oasys — ゲーム特化L1。メインネット + Verse Layer構造。Walrus・Shadow Driveのようなゲームフレンドリーストレージとの結合事例。
韓国:
- Kaia (旧 Klaytn + Finschia) — 2024年統合。LINEメッセンジャーとKakaoエコシステムをつなぐEVM互換チェーン。独自のストレージモジュールはないが、IPFSとFilecoinを統合したdAppが多数。
- BORA — Kakao Games傘下のゲーミングチェーン。NFTメタデータはIPFS + Arweave二重バックアップが標準。
- ICON — 韓国の生え抜きチェーン1世代。独自のIPC (ブロックチェーン間通信) とIPFS統合。
地域的パターンは一貫している。EVM互換チェーン + IPFS/Filecoinバッキング が日韓両方の基本セットで、ゲーム/エンターテインメント側でWalrus・EigenDAなどの新人が徐々に入る。
第19章 · 決定マトリクス - 「自分のデータをどこに置くか?」
本記事の核心1ページ。何をいつ使うか。
| シナリオ | 1次選択 | 2次バックアップ | 備考 |
|---|---|---|---|
| NFT画像 (永続) | Arweave | Filecoin + IPFS | ar:// 優先 |
| NFTメタデータJSON | IPFS + Storacha | Arweave | immutable CID |
| 動画/ポッドキャスト (ホット) | Storj | Storacha | egress費用が決定的 |
| バックアップ (コールド) | Filecoin | Sia (Filebase) | gas効率 |
| L2ロールアップDA | EigenDA | Celestia / Avail | 価格優先 |
| ゲームアセット (低遅延) | Walrus | Shadow Drive | ホットアクセス |
| AI学習データセット + DAO | Filecoin + Vana | Ocean Protocol | Compute-to-Data |
| 検閲耐性出版 | Arweave | IPFS + Filecoin | immutable |
| ユーザープロファイル (Web3 SocialFi) | Ceramic | Lens / Farcaster Hub | GraphQL |
| 協業ドキュメント (P2P) | Y.js + libp2p | OrbitDB | サーバーなし |
| トークンゲーティングコンテンツ | Walrus + Lit | IPFS + Lit | アクセスコントロール |
一行で覚える: 「一つのバックエンドだけ使うな。ホットとコールド、永続と一時、DAとBLOBは違う道具だ。」
第20章 · 運用の落とし穴 - 実戦で刺さるポイント
- CIDマイグレーション — CIDv0 (Qmで始まる) からCIDv1 (bで始まる) へ移る際、同じコンテンツなのにCIDが変わる。コントラクトの
tokenURIに埋まっていると面倒だ。最初からCIDv1を使え。 - ゲートウェイ依存 —
https://ipfs.io/ipfs/...のような公開ゲートウェイは無料だがSLAがない。本番にはセルフホストゲートウェイか、Pinata/Storachaの専用ゲートウェイを使うこと。 - 名前解決 (IPNS・DNSLink) — IPFSの可変名システム。IPNSは遅い。DNSLinkは実用的だがDNS制御が必要。ENSの
contenthashが最もエレガントだ。 - エグレス爆発 — トラフィックが急増するとPinata・Storachaの請求書が爆発する。CDNキャッシュ (Cloudflare Workers、Fastly) を前に置くパターンが標準。
- GDPRと永続保存の衝突 — Arweaveに個人情報を入れたら「忘れられる権利」を守れない。クライアント側暗号化で迂回するのが実質唯一の答え。
第21章 · 未来 - 2026年以降に何が来るか
- AIデータDAO — Vana・Filecoin・Oceanがこちらに急速に集まる。個人データのトークン化と推論に使われたデータへのロイヤリティが日常になる。
- Walrusのような新BLOBの普及 — Sui以外のチェーンに類似モデルが複製される。2026年下半期に類似アーキテクチャの新プロジェクトがさらに登場すると予想する。
- DAの標準化 — EigenDA、Celestia、Availが互換レイヤーで合意すれば、L2の立場からDAスイッチング費用がほぼゼロになる。
- クライアント側暗号化のデフォルト化 — Lit ProtocolとThresholdがSDKレベルでより深く統合されれば、「暗号化なしで上げるのが変な行為」になる。
- CRDT + IPFSのSaaS化 — サーバーレスの協業ツールが一般ユーザー市場に進入する。
一行で覚える: 「クラウドは消えない。ただその一部が『自分の鍵でロックされたP2Pデータ』に移るだけだ。」
エピローグ - 「保管」という言葉が単純すぎた
分散ストレージを初めて見ると「S3の代替」のように見える。だが少し覗くと明白になる。S3は一つの機能だけうまくこなすが、分散ストレージは保管・取得・証明・ライセンシング・アクセスコントロール・同期・DAを別々に解くべき問題にした。
これは欠点ではなく レイヤーが分離された という意味だ。それぞれのレイヤーが異なるトレードオフを持ち、だから違う道具が住む。そして2026年のマトリクスでその席がほぼすべて埋まった。
- 永続保存はArweaveが。
- コールド保管はFilecoinが。
- ホットS3互換はStorjとStorachaが。
- dAppフレンドリーBLOBはWalrusが。
- DAはEigenDAとCelestiaが。
- 分散鍵はLitとThresholdが。
- 協業同期はY.jsとOrbitDBが。
次の5年は「このレイヤーをどう滑らかに繋ぐか」がゲームだ。そしてそのゲームの入場券は 「コンテンツアドレッシングと自己検証」 という一つの考えから始まる。
References
- IPFS Documentation - Concepts and How It Works
- libp2p Specifications
- Filecoin Spec - Proof of Spacetime / PoRep
- Filecoin Virtual Machine (FVM) Docs
- Arweave Yellow Paper
- Irys (formerly Bundlr) Documentation
- Storj DCS Whitepaper
- Sia Network Documentation
- Walrus Protocol Whitepaper
- Sui Documentation - Move and Objects
- Shadow Drive on Solana
- BNB Greenfield Whitepaper
- EigenDA Documentation
- Celestia Documentation
- Avail Project Documentation
- NEAR Data Availability
- Storacha (formerly Web3.Storage)
- Pinata Cloud Documentation
- NFT.Storage Documentation
- Ceramic Network and ComposeDB
- Tableland Documentation
- OrbitDB Field Manual
- Y.js Documentation
- Automerge Documentation
- Lit Protocol Documentation
- Threshold Network (NuCypher merger)
- Ocean Protocol Compute-to-Data
- Vana - AI Data DAOs
- Kaia Network (Klaytn + Finschia merger)
- Soneium L2 by Sony